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美しき双子  作者: アホロ
6/15

見やすいように少し書き方を変えてみました。

 執務が終わって自身の寝室へ帰ろうと廊下を進むガイアを、か細い声が呼び止める。最近は国を挙げての豊穣祭が近いこともあり、仕事が終わるのも日付が変わってからがほとんどだった。今日も当然日付が変わっており、疲労が滲む表情を驚きに変えると、声をかけてきた人物に顔を向けた。


「どうした? こんな遅くに」


 廊下の先に立っていたのは、彼が愛してやまない王妃であるミリーであった。昼は暑くても夜は幾分か冷える。それなのにミリーは寝間着にガウン一枚だけである。そのことにガイアは一瞬眉を潜めると、歩きながら着ていた上着を一枚脱いでミリーの肩に掛けた。


「夜は冷える。そんな薄着で出歩くんじゃない」

「あ、ありがとう」


 今宵は見事な満月だ。その満月の光を背に向けたミリーの表情は逆光で少々見えにくい。なんだか思いつめた表情に見えたガイアは、もう一度質問しようと口を開こうとした。しかしそれより早く、ミリーがガイアの腕を引く。


「少し、歩きながら話したいことがあるの。いい?」


きょとんと目を丸くするガイアを不安そうに見つめるミリー。そんなミリーにすぐさま嬉しそうな笑顔を向けると、「もちろん」とガイアはミリーの腰に手を回した。忙しくてミリーと時間を作る余裕のなかったガイアにとって、このお誘いはありがたいものであった。


 深夜の満月と僅かな明かりだけが照らす中庭を、二人は寄り添いながら歩く。昼と違って風が運ぶ花の微かな匂いと、虫の声が無言の二人を包み込んだ。どちらも言葉を発することはないが、今のこの雰囲気を逆に大切にするかのように二人はゆっくりと歩を進める。暫くして庭の端に建てられている東屋に辿り着くと、隣り合うように腰を下ろした。ミリーはガイアの肩に凭れ掛かるように頭を寄せると、自身のお腹を撫でながら柔らかな声でしゃべり出した。


「実はね、あなたに報告したいことがあって」

「ん? なんだ?」


ガイアの視線が自分に向けられていることを感じたまま、ミリーは夜の庭の景色をその目に映す。ふと昼間のメイの言葉を思い出して、ミリーは小さく笑い声を漏らした。


「ミリー?」


遠くを見ながら急に笑い出した妻を、ガイアは怪訝な顔で見下ろす。そんな夫を笑みを充分に含んだ顔で見上げると、夫の手を取り自身のお腹に当てた。


「赤ちゃんが出来たの」


 恥ずかしそうに、嬉しそうに口にしたミリーの言葉に、ガイアは時が止まったかのように一瞬動きを止める。そしてすぐさま寄りかかっていた妻の肩を鷲掴みにすると、正面から向き合うようにした。


「ほ、本当か!?」

「えぇ、本当よ」


夫の態度にくすくすと笑いながらミリーはしっかりと頷く。ガイアは肩から手を離すと、恐る恐るミリーのお腹に再度手を当て、優しく円を描くように撫でる。その表情は王とも男とも違う、我が子を思う父親の顔だった。


「ありがとう、ミリー。まさか子がまた出来るとは思わなかった」

「そうね。私もそう思っていたわ。メイとレイは双子だったしね。もう子は出来ないと思っていたのだけど」


また思い出したように笑い出したミリーに、ガイアは首を傾げる。そんなガイアにミリーは昼間のことを話した。


「なるほどなぁ。じゃあ、メイの願いが届いたのかもな。あいつ、アイサのこといっつも構ってたもんな」

「そうね。ねぇ、知ってる? 民の間ではメイは愛を司る慈愛の女神なんて言われてるみたいなのよ。レイは武を司る美貌の男神なんですって。笑っちゃうわよね」

「女神と男神か。女神の願いなら天も叶えるしかないと思ったのかな」

「そうかもね」


二人でミリーのお腹を撫でながら、くすくすと笑いあう。笑いが納まると、ガイアは一緒に撫でていたミリーの手を握りしめた。


「本当に、ありがとう。俺は幸せ者だな。愛しい妻と、可愛い子供達と。更にもう一人家族が増えるなんて。こんなに嬉しいことってないよ」



 近親婚を繰り返しているのが原因で、ウォルト王国の王族では子供が出来にくいのが常だった。現にガイアには兄妹がおらず、ガイアの父もそうであった。今回ミリーに双子が生まれたのも奇跡と言われており、更にもう一人子供が出来たことは前代未聞としか言いようがないほどだった。

 手を握りしめたまま、空いた方の手でガイアはミリーを抱き寄せる。ミリーはガイアの鎖骨辺りに額を付けると、気付かれないように深く深呼吸をした。そしてそのまま口を開く。


「ガイア、実はもう一つ聞いて欲しいことがあるの。このままでいい。聞いて」


緊張を孕んだような硬いミリーの声に、ガイアはただ頷く。それを感じたミリーは再度口を開いた。


「今まで子供が出来にくいのって、近親婚で血が近いからと言われていたでしょう? 確かにそれもあると思うの。けれど私とガイアの関係って従妹で、前王と前王妃の関係も従妹で私たちと同じでしょ? けれど子供はガイア一人だった。私の体質のせいかとも思ったのだけど、一つ思ったことがあるの」


細々と話すミリーの言葉に、何を? とガイアは相槌を打つ。その声は迷惑そうでも、いい加減そうでもなく真剣なものだった。


「もしかして魔力が高い者同士だと子供が出来にくいのかもしれない。ガザル様もネリア様も魔力がとても高かったでしょう? そう考えると、ガイアが生まれたことが本当の奇跡だったのかもしれないわね。けれど私はこの目から分かるように、魔力がそんなに高くない。そして私の母もそう。父は明るい藍色、母は私と似たような水色。だから母は私と兄と二人生めたのではないかしら。魔力がそんなに高くなかったから。私が今三人目の子供を宿すことが出来たのも、ガイアと違って魔力が低いからだと思うの。あとこれも仮設なんだけど、子供が出来るには子種が必要よね? もしかしたら子種と一緒に魔力も相手の体内に入ってしまうのではないかしら。それが魔力が高い人同士だと打ち消しあってしまう。結果、子種もろとも消してしまう。でもどちらか一人の魔力が低いと、うまい具合に体内に馴染むのではないかしら」


 ミリーは思っていたことを一通り話し終わり口を閉じる。そうするとまた虫の声だけが響く静寂に包まれたが、今度はガイアがそれを破った。


「なるほどな。確かにミリーの言うことも一理ある。俺が出来たのも、聞いた話によると母上の体調が悪い時にやったかららしいし」

「え?」

「ん? 聞いたことなかったか? 父上も母上も子が出来なくて精神的に参っていたらしいんだ。で、いつの時代も同じだが、母上は特に他の連中から色々と言われていたらしい。そんな時に風邪を引いたんだかなんだかで体調を崩して寝込んでいたところに、父上がほぼ無理矢理行為に及んだらしい。まぁ、父上も別の連中から色々言われて、今回出来なかったら側妃を宛がうと言われていたみたいだから必死だったんだろう」


苦笑しながら話す内容にミリーは顔を顰める。体調が悪い上での行為など、苦痛以外何ものでもないというのに。抗議を含んだ瞳でミリーはガイアを見上げると、ガイアは更に苦笑して宥めるようにミリーの背中を撫でた。


「だが、もしかしたらそれが良かったんだろう。体調が悪いと魔力の制御が利かないというか、一時的に弱まるからな。ミリーの話が正しいのならば、そのおかげで魔力が馴染んで俺が出来たんだろう」


その後のフォローが大変だったらしいがな、と聞かされた話を思い出したガイアは遠い目をしながらぽつりと呟く。そんなの当然だわ、とミリーは思ったが、あえて口に出さず軽く相槌を打つだけだった。

 そして一度口を開くと再度閉ざす。躊躇するようにまた開くと、ミリーは一番伝えたかったことをやっと口に出した。


「それでね、メイとレイのことなんだけど。前に私二人の結婚について言ったことがあったじゃない? それでね、今回の私が言うように子供が出来ることが魔力と関係しているのなら、二人なら尚更出来ないと思うの。だから思ったんだけど、レイにはアイサと結婚してもらうのはどうかしら? メイは勿論可愛がっているし、レイも可愛がっているみたいだし。まぁ、メイほどじゃないけど」

「あれがメイ以上に誰かを愛することはないと思うけどな。でも、それはいいかもしれないな。アイサは俺から見てもレイに対して恋愛感情を抱いているみたいだし、サルドも反対はしないだろう」

「そうね。兄さんも義姉さんも、反対はしないと思うわ。悔しそうな顔はするだろうけど」

「あぁ、そうだな」


 アイサの父であり、ミリーの兄であるサルドの悔しそうな顔を想像して二人はまたも笑いあう。この話を聞けば必ず渋るだろうが、娘を溺愛しているサルドのこと、アイサの幸せを願って了承するに決まっている。何より、王家に嫁ぐのであれば遠くに行かないで済むし、いつでも会うことが出来るのだから。


「じゃあ後でサルドにも言ってみるよ」

「え、いいの? 私の話を信じてくれるの?」


ごく自然に了承とも取れる回答に、ミリーは目を丸める。そして大きな瞳を不安に揺らしながら、ガイアを見上げた。そんなミリーをガイアは安心させるように微笑むと、包むように抱き締める。


「ミリーの言うことも一理あるし、メイとレイを必ず結婚させなければならないって決まりもないしな。それに結婚させて子が出来ないのも、これ以上レイの束縛が強くなるのも困るしな」


 眉尻を下げて溜息を吐くガイアの表情は心底困ったようなものだった。ミリーは抱き締められているためその表情を見ることが出来なかったが、声の抑揚でなんとなく想像することが出来たのか、「そうね」と苦笑を漏らした。


「あの子達にはまだ言わない方がいいかもしれないわね。特にレイは反発しそうだし」

「そうだな。正直何をするか想像もつかないしな」

「……そうね」

「まぁ、豊穣祭が終わって一段落してからでいいだろう。あと、レイはアイサがいるからいいとして、メイはどうするかだな。今のところ他国でもレイとメイが結婚するって話が広まっているみたいだから、お互いにそういった話が全然ないんだよな」

「あぁ、それなら。シュトレーンの皇子はどうかしら? 今回の豊穣祭に確か来る予定なのよね? 確か歳が近かったと思ったのだけど」

「そういえばそうだな。とりあえず会ってみて、それからだな」

「そうね」


 それきり言葉を発せずにただ抱き締めあう二人を、満月の光と虫の声だけが包み込む。穏やかな雰囲気の中、口づけを交わした二人を嗜めるように一陣の冷たい風が通り抜けた。その風に追い立てられるかのように、ガイアはミリーの腰に手を回しながら寝室へと歩き出したのだった。


 そして誰もいなくなった庭には変わらず月の光と虫の声、そして眠りについたように花びらを閉ざす花達だけがそこに存在している。ただそこに、二人が去った後にどこからともなく赤い花びらが舞い落ちた。まるで血のような花びらが、赤くその場に落ちたのだった。

※ガザル→前王(ガイアの父)

 ネリア→前王妃(ガイアの母)

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