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「きゃあ~! 見て見て、レイ! とっても、とぉっってもかわいいよ!」
暑い日差しが差し込む中庭で、レイとメイ、そしてミリーが仲良く戯れていた。花を摘んで冠を作るレイの傍でメイは柔らかな芝生の上に座り込んでいる。そんな二人を日陰で侍女とお茶を飲みながら眺めるミリーの顔には、微笑みが浮かんでいる。
比較的中庭でこのように過ごしている三人だが、今回はいつもと違うことがあった。それはメイが今現在抱き締めているものである。
「かわいいなぁ、かわいいなぁ」
「そう? 僕はメイの方がかわいいけど」
「もう! レイは何を言ったってそればっかり! お世辞もいい加減にしてよね」
お世辞じゃないんだけど。
そう言いながら作った花冠をメイの頭上に載せながらレイは溜息を吐く。メイは花冠を手に取ると、素晴らしい出来に目を見張りレイを見遣る。そして「すごいね!」と笑顔を向けると、自身の腕の中にいる少女にその花冠を載せた。
「うん! 私よりもとっても似合う! お姫様みたいだよ」
キラキラと輝く笑顔を自分ではなく、腕の中の少女に向けるメイにレイは不服そうな顔をする。その表情を隠すことなく、メイの腕の中で笑っている少女にレイは視線を向けた。
二人の母親であるミリーよりも濃い蜂蜜色の髪に、薄い水色の瞳をした可愛らしい少女。今はレイがメイのために作った花冠を頭に載せて、嬉しそうに笑っている。
彼女はアイサ。アイサ・アルメリア・アダーソン。アダーソン公爵の娘であり、ミリーの姪にあたる。今日はアイサの父であり、ミリーの兄であるサルドに連れられて王宮に来ていたところ、メイに見つかり中庭で遊んでいる最中であった。
「レイにいさまは、つくるのがおじょうずなんですね」
「そう、そうなの! レイは何でも出来るんだよ。それに比べて私は……」
表情を曇らせて苦笑するメイに、レイが声をかけようと口を開く。しかしそれよりも先にアイサの高い声がその場に響いた。
「そんなことないですっ。メイねえさまだって、いろいろなことができるではないですかっ!」
「そ、そうかな?」
「そうですっ。レイにいさまも、メイねえさまも、アイサのじまんのおにいさまとおねえさまですっ!!」
「ア、アイサっ!!」
顔を赤くして一生懸命力説するアイサに、メイは藍と紫の瞳をうるうるとさせると、ぎゅうっと抱き締める。「メ、メイねえさま、くるしぃ」と声を出すアイサに気付き慌てて距離を取るメイに、レイは溜息を吐くとにこやかに微笑んだ。
「アイサの言うとおりだよ。僕は確かに何でも出来るけど、メイにはメイにしか出来ないことだってたくさんあるんだから。もっと自信を持ちなよ」
「レイ……、否定はしないんだね。でも、ありがと」
レイの微笑みに釣られるようにメイも笑顔を浮かべると、レイは撫でるようにメイの頭から頬へと手を滑らす。そして自分を見つめる水色の瞳に気付くと、その手をアイサの頭の上に載せた。
「アイサはちゃんと僕たちを見ているんだね。偉い偉い」
ぽんぽんと頭を軽く叩くレイに、アイサは「こどもあつかいしないで!」と頬を膨らませるが、その顔には隠しきれない嬉しさが滲み出ている。そんなアイサを愛おしげにメイは見つめると、思い立ったように急に立ち上がった。そのことにバランスを崩したアイサを支えるように、レイが軽く抱きとめる。
「ちょっと、メイ。急になんなの」
「ごめん、レイ! ちょっと待ってて!」
そう言うが早いか、メイはミリーのいる場所まで走り出した。そんなメイに仕方ないなぁ、と言いながらも笑顔を浮かべるレイを、アイサは熱の篭った瞳で見上げる。偶然に抱きとめられたこの瞬間を大切にするかのように、アイサはレイの服をその小さな手で握り締めた。その仕草に気付いたレイは、一瞬だけその手に視線を向けるだけであった。
置いてきたそんな二人を知るはずもなく、メイはミリーの元まで息を切らせて辿り着くと、その勢いのまま口を開く。
「母様っ!」
「なあに? そんなに急いでどうしたの?」
一部始終を見ていたミリーは、くすくすと笑いながらメイに椅子に座るように促す。自分とは対照的に穏やかなミリーにメイは戸惑うように椅子に座る。すると待ち構えていたかのように目の前に紅茶が用意された。飲みなさい、と目で語るミリーに従うように口を付けると、適度な温度に冷やされていた紅茶が喉を潤していく。思っていた以上に喉が渇いていたことに気付くと、メイは一気に紅茶を飲み干した。
「で? 何をそんなに急いでいたの?」
飲み終わって一息吐いたころを見計らってミリーが口を開く。姿勢を正すようにメイは背筋を伸ばすと、ミリーにしっかりと視線を合わせた。日陰に入ったことにより薄らとしかわからなくなった紫と藍の瞳が、まっすぐにミリーを見つめる。
「あのね、アイサがとってもかわいいの」
「そうね、かわいいわね」
「うん、そうなの。母様みたいな蜂蜜色の髪の毛も、薄い青空みたいな水色も、とっても、とってもかわいくて、お姫様みたいなの」
「そう。私もメイのサラサラの亜麻色の髪の毛も、宝石みたいに輝くサファイアとアメジストみたいな瞳も、すべてが愛しくてかわいくて仕方ないわよ」
「あ、ありがとう」
ミリーの言葉にメイは頬を赤くする。そんなメイをミリーと侍女が微笑ましく見つめていることに気付くと、「そうじゃなくて!」と顔を赤くしながら顔の前で両手を振った。
「私のことは今はいいの。母様にそう言ってもらえるのは、す、すごく嬉しいんだけどね? 今はそうじゃなくて、えっと」
顔の前に掲げていた両手をそっと腿の上に下ろす。そして再びミリーをまっすぐ見つめると、唇を潤すように一瞬だけ舐めた。
「母様、私ね、アイサみたいな妹が欲しいの。アイサはアイサでもちろん本当の妹のように思っているし、これからもそう接するつもりだよ? でも、やっぱりアイサはうちの子じゃないじゃない? 自分の家に帰ってしまうよね? それが嫌なの。ずっと一緒にいたいの。側で面倒をみていたいんだ。レイのことが不満なんじゃなくて、えっと、なんていうのかな。レイは私よりもお兄ちゃんみたいで。一緒の歳なのにさ。まぁ、いつも頼っちゃう私も悪いんだけど。でね、だからね、えっと。私も頼ってもらいたいんだ」
たどたどしく言葉を繋げるメイに、ミリーは軽く目を見開く。言い終わってはにかむように笑うメイは、歳相応に可愛らしかった。最近大人びてあまり子供らしくない双子を心配していたミリーは、まだまだ子供だと実感することが出来て顔を綻ばす。そして自身のお腹の上に右手を添えた。
「そうね。メイがレイに頼られることなんてほとんど無いものね」
「そ、それはそうなんだけど。他にも理由があって」
「あら、なぁに?」
「私たちの髪の色とか目の色はどっちかっていうと、父様に似ているでしょう? だからね、母様に似た妹が欲しいの。私、母様の色、とっても好きなんだ」
恥ずかしげに話すメイを、ミリーはすぐさま立ち上がると強い力で抱き締めた。突然の行為に戸惑うも、メイはそのままミリーの背中に手を伸ばす。
「ありがとう、メイ。ありがとう」
「え、う、うん」
ミリーの容姿は蜂蜜を溶かしたような淡い金色の髪に、湖のような薄い青の瞳をしている。ウォルト王国では青の瞳を持つものが魔力が高いと言われており、青の中でも深い色になるほど魔力も高くなっていく。現王であるガイアも深い藍色をしており、歴代の王族の中でも五本の指に入るほどの魔力の高さを誇っている。また、近親婚を繰り返している王族では必然的に青の瞳を持つ子供が生まれることが多く、民の間では青の瞳を持つものこそが王族の証と言われているほどであった。
双子のレイも例に漏れず魔力が高く、メイに至っては今までで一番魔力が高いと言われていた祖母を抜いて歴代一位の高さと言われている。そんな二人の子供を持つミリーは、反するように薄い青の瞳をしていた。その色からも分かるように、魔力もそんなに高くなかった。当然ガイアとミリーが結婚することに、他の魔力至上主義の貴族からは多大な反感があったが、ちょうどガイアと釣り合う年齢の人物がミリーの他にいなかったため、渋々ながら二人が結婚することに納得したのだった。
結婚してからも風当たりが強いミリーを守るように、ガイアはミリーの側を離れず側妃も持たず、ただミリーだけを愛した。その溺愛とも呼べるガイアの愛に、ミリーは少しずつ自身の瞳の色について考えなくなってはいたのだが、やはり今でもちくちくと嫌味を言われることはあった。
『何も恥じることなんてない。お前の瞳は、とても美しい。誰も踏み入れたことのない湖のように、深く神秘的だ。その瞳に見つめられるだけで、俺はお前のすべてに包まれているような気になるんだ。まるで湖に浮かんでいるようにな。美しく、気高く、俺の、俺だけのミリー』
愛してる、と瞼にキスを落としながらそう何度も言ってくれたガイアの言葉を思い出す。今抱き締めているこの子も、ガイアと同じように言ってくれた。自分の嫌いなこの色を、好きだと。そのことが嬉しくて嬉しくて、ミリーはただメイを抱き締める。
そっと距離を開けてメイを見つめるミリーの瞳は本当に湖のように澄んで潤んでいて、メイはその美しさに見惚れた。そしてミリーは泣き笑いのような表情を浮かべると、「そうね、妹、欲しいわね」と囁くように優しく言う。そんなミリーを眩しそうにメイは見つめ、笑う。
「はい。母様似の、かわいい妹。きっと、とってもかわいいです」
その瞬間、ミリーの湖の瞳から一滴の雫が零れ落ちた。