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美しき双子  作者: アホロ
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 ある昼下がり、一人王宮内を歩くレイがいた。いつも隣にいるメイはそこにおらず、無表情ではあるがどことなく不機嫌そうに感じられる。そんなレイに気付いた年若いメイドは声をかけた。

「あらレイ様。今日はお一人なんですか?」


 そっくりだった双子も十年経つと、家族以外見分けがつかなくなっていたのが嘘のように、ほとんどの人が見分けがつくようになった。まだ幼さが残る体ではあるが、レイは男としてしっかりとした体つきに変化しており身長も伸びていた。メイは自分の身長を追い抜いたレイに対抗意識を燃やし、身長が伸びるようにとありとあらゆる方法を試しているのだが、一向にレイを抜かす兆しは見えない。そんなレイを家族全員が微笑ましく見ているのは、また別の話である。


 そうして成長したレイとメイは、見る人全てが納得するほどに美しくなっていた。赤子の頃から可愛いと持て囃されてはいたが、今では美しいと形容するに相応しい容貌をしていた。陶器のような白い滑らかな頬に、サラサラと風に揺れる癖のない亜麻色の髪。同色の長い睫毛で覆われているのは、宝石のように美しい瞳。その美貌はウォルト王国だけでなく、他国にも知れ渡るほどだった。



 声をかけられたレイは歩みを止めると、メイドに深い藍色の瞳を向けた。その美しい藍にメイドは一瞬息を飲む。メイと一緒であればよく表情を変えるレイであるが、今はメイがそばにいないため無表情である。よってその冷たく見える表情が、更に美しさを際立たせていた。

 そんな神のように美しいレイと今は二人きりの状態であることに気付いたメイドは、自分でも理解できない焦燥感に見るからに動揺し始めた。

 急に視線を彷徨わせるメイドをレイは無表情のまま見つめる。その感情の読めない瞳に見つめられてメイドは更に動揺するが、それを悟られないためか、一つ咳払いをすると右往左往していた視線をレイに定めた。


 --相手は十歳児よ。いくら綺麗だからってこんな子供に動揺するなんてどうかしてるわ。


 自分を鎮めながら、未だ見つめてくるレイと視線を合わせるためにしゃがみ込む。間近で見るとより一層その美しさに見とれてしまいそうになるが、なんとか笑顔を作って口を開く。

「メイ様と今日は一緒じゃないのですか?」

 メイ、とその名を口に出すと、レイの瞳に一瞬だけ感情が浮かぶ。しかしそれにメイドが気付いた様子はなく、笑顔を張り付けたままレイの言葉を待っているだけであった。そんなメイドから窓の外に視線を移すと、小鳥が一羽木の枝に留まっていた。その小鳥に視線を留めたままレイは口を開く。

「メイは、今日神殿に行っている」


 常に同じ行動をしてきたレイとメイだが、ここ最近は別々の行動が多くなっていた。魔術の稽古や座学の勉強は今まで通り一緒だが、剣術に関してはレイは本格的に、メイは嗜む程度になった。そしてメイは剣術の代わりに弓を習うようになった。その弓の稽古にレイも参加しようとするのだが、決まって何故か母親であるミリーは良い顔をしなかった。それに気付いたメイは、レイに弓の稽古に参加することを禁止したのだった。

 そのことでさえ不愉快であるのに、更に今日もメイは神殿にミリーと一緒に訪問しに行っており、レイは王であるガイアと一緒に執務内容を学ぶという別行動になっていた。そんなレイがここに一人でいるということは、抜け出してきたと考えられる。そんなことを知らないメイドは、そうなんですか、と軽く相槌を打った。

「では寂しいですね。あぁ、でももう十歳になられたのですもの、いつも一緒は流石に嫌になってしまいますよね」

ふふふ、と笑いながらしゃべるメイドに、レイは不思議なものを見るような瞳を向ける。微笑みを浮かべるメイドに、レイは首を傾げて疑問を口にした。

「何故嫌になる?」

急に自分に向けられた藍色の瞳と質問に、メイドは目を軽く見開く。吸い込まれそうな瞳を次第にうっとりと眺めながら、ほぼ無意識にその問いに答える。

「だっていくら双子だからって、いつも一緒だと嫌になりませんか? 比較されることもあるでしょうし。レイ様ももう小さな子供ではないのですから、一人になりたい時だってあるのではないですか?」

頬を微かに赤らめたメイドはすらすらと言葉を並べる。その顔には興奮と言っていいほどの感情が見て取れて、レイは傍目からは分からない程度に眉を寄せた。


 --こいつもか。いつもそうだ。自分が誰かと話す時は大抵こんな顔になる。


 変わらず無表情に見えるその顔のままでいると、何も気付いた様子のないメイドはそのまましゃべり続ける。しかし次に発した言葉に、レイは見るからに表情を変化させた。瞳を鋭く眇めたその顔は、不愉快という言葉がぴったりと当てはまるものだった。

「それに、メイ様は両目で異なった色を持っておりますし、魔力ばかりが高くて扱いが得意ではないともお聞きしました。その理由も両目の色が違うからだという話ではないですか。やはり“悪魔の子”というのは本当なのかもしれませんね。そんなメイ様といつも一緒では大変ではないですか?」

「“悪魔の子”?」

「えぇ、そう……で、す」

 ほぼ無意識に状態だったメイドに、氷のように冷たい声が突き刺さる。その声で意識をはっきりさせたメイドは、目の前の美貌が先ほどとは打って変わって不愉快なことに気付き、今ほどの自分の言葉を思い出して口を覆う。射るような冷たい藍に、背筋に冷や汗が流れ落ちた。

 そんな緊張に体を強張らせたメイドを嘲笑するように、レイは笑った。その壮絶な笑みにメイドは知らず知らず背筋を伸ばす。

「そんな馬鹿なことを言っている奴が未だにいるなんて、ね。それに僕がメイと一緒にいて嫌になる? そんなことあるわけないじゃないか」

「も、申し訳」

「何を謝ろうとしているの? 今言ったことがお前の本心なんでしょ? なら謝る必要なんてないじゃない」

「で、ですが」

「でもそうだね。僕のメイにそんば馬鹿げたことを言った罪は償ってもらわないと僕の気が済まないな」

 顔を青白くさせて戸惑うメイドに、レイは楽しげに笑いながら人差し指をメイドに向ける。「レ、レイ様」と脅えるメイドを無視してレイは小さく口を動かした。

「そんなに“悪魔の子”という言葉が好きなら、お前がなればいい」


 そうレイが告げると、メイドの姿が見る見るうちに変わっていく。焦げ茶色だった髪の毛は艶のない真っ黒な髪に。薄茶色だった瞳は赤黒い瞳に。そばかすが浮かぶ白い肌はくすんだ灰色の肌に。女性らしい丸みを帯びた体は、骨と皮だけの痩せこけた体に。清潔感漂う整えられた爪は、伸びてぼろぼろの爪に。

 自分の爪や肌の色が変わり始めたことに気付いたメイドは悲鳴を上げる。その声も女性とは思えない低くしわがれた声になっていた。悲鳴というより雄叫びに近い声を出す目の前のメイドを、レイは鬱陶しそうに見ると更に人差し指を真横に動かす。すると聞くに堪えない雄叫びが、一瞬にして聞こえなくなった。自分の声を発することも出来なくなったメイドは、混乱したように自分の喉に手を当てる。その顔には黒い涙が流れていた。

 そんなさっきまでと同一人物とは思えないほどに姿を変えたメイドを見て、レイは満足そうに笑顔を見せる。まるで神と、その神に許しを乞う醜い悪魔のように、二人の姿は対照的だった。


「うん、いいね。醜くて見るに堪えない、まるでお前の心と同じようだよ。お前は一生その姿で暮らしなさい。それが僕が与えるお前の罪の償いだよ。あぁでも、討伐されてすぐに死んでしまうかもしれないね」

まぁ、それでもいいか。とくすくす笑うレイを、絶望に染まった赤黒い瞳でメイドは見つめる。それに気付いたレイは、汚いものでも見るように顔を顰めた。

「お前ごときが僕とメイの名前を口にするのも不愉快だ。さっさと消えてしまえ」

そう言い終わった瞬間、そこには最初からレイしかいなかったかのようにメイドの姿が掻き消えた。目の前のものがいなくなったことにレイは一度溜息を漏らすと、また窓の外に視線を移す。

「僕のメイを傷つける要素がある奴は、徹底的に排除しないとね」

 薄らと微笑む表情を最初のように無表情に戻す。そして顔とは裏腹に忌々しげに小さく声を漏らす。


「他にも僕とメイを引き離す奴等を排除しないと」


 窓の外から視線を外したレイは何事もなかったかのように歩き出す。そこには小鳥を閉じ込める籠が枝に架かっていたが、小鳥は飛び立った後のようで中には何もおらず、枝がただ揺れているだけであった。




 そしてその日一人のメイドが姿を消した。その後、醜い悪魔のようなものが発見され討伐されたという知らせが王を始め、レイの耳にも入ったのであった。


 

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