ご主人様に尽くします
「君、採用」
「あ、ありがとうございます」
フェブカ領主に就任して初めて人員募集をかけたシグルドの目にかなった男、それがニャルマーである。
ニャルマーはとある商家の三男に生まれた男で、今回の領主館での募集も実家のつてを辿ってきたのだが、シグルドとニャルマーの出会いはこの採用の場が初対面ではなかった。
***
「ニャルマーさん」
その語尾にはハートマークが確実についている。
「な、なんでしょうか?」
名を呼ばれたその男はびくびくとしながら、名前を呼んだ女を見ていた。
女はそれはもう嬉しそうな顔で男の首に手を回した。
「な、な、な、なんでしょー!!」
男らしい顔ながら、どこか涼しげな優男。商家の三男坊で自分の親を手伝う男は近隣の妙齢の女には良い獲物と言われていた。結婚相手として。
少し気弱なところがある彼は要件があって家の外に出ると、高確率でちょっと強気な女に絡まれていた。
今日も今日とて一番上の兄に用事を頼まれ、近所に出た帰りを狙われ、かつ、こうして女に絡まれている。
「結婚して?」
「そ、それは、いつもお断り申し上げて」
「だめ?」
女特有の暖かく柔らかな感触に仄かに甘く香る体臭、近所で評判のちょっとした美人。
「ディアリナさん……いけませんよ」
「なんで?」
「だってシユージさん、私のこと嫌いじゃないですか!」
女、ディアリナの父シユージは界隈でも有名な筋肉推奨者。もとい、優男嫌い。従って、ニャルマーを好む娘とは良く対立していた。
「お父さんと結婚するわけじゃないもの。いいじゃない」
「わ、私は家族、友人、皆に祝福される結婚がしたいので、そういう考えの方とは結婚できません」
ニャルマーはディアリナを振りほどくと脱兎のごとく逃げ出した。
できないと断言されて呆然とした女は数秒後には鬼の形相で男を追い始めた。
「ニャールーマー!!」
「勘弁して下さいぃー!」
***
「君、こっち」
「は、はい!」
ニャルマーは物陰から小さな声で呼ばれた。
物陰に居たのは茶色い髪の男と華やかな金髪の男。身なりは一般的な男の服装の二人だが、どこそこ良い所の人間だろうと言う感じがした。
ニャルマーは男達の指示に従い、男達の方へと歩み寄る。
「はぁ、はぁ……た、た、助かりました」
息も切れ切れのニャルマーはお礼を言う。
その脇を気が付かない女が走りさった。
「何をして、女にあんな顔で追いかけられてるんだ? 優男」
金髪の男がにやけた顔で聞く。
「結婚を断ったんです」
「妊娠でもさせたんだろ」
「まさか! 私から指一本触ることなんてありませんし、妊娠なんてありえません。結婚もしてない女性に触るなんて」
ニャルマーに必死の物言いに金髪の男は仰け反った。
「では、なぜ追いかけられているのですか?」
茶髪の男が聞き直す。
「彼女は私が外を出歩くと絡んできては結婚しろと言うのですが、彼女の父親は私の様な優男が嫌いなので、それを理由に今日はきっぱりとお断りしたのですが、猛然と追い立てられてしまいました」
「それだけにしては、ものすごい形相だったが」
「それだけも何も、彼女達は私が家を出るたびに」
「――彼女達?」
金髪の男は首を傾げたが、ニャルマーの一言に今度は茶髪の男が首を傾げる。
「私は普段、父の店の奥向きの仕事をしているのですが、偶に父や兄の様で外に出ると今日のディアリナのように必ず誰か女性が現れてはお付き合いや結婚を迫られるのです。偶にしか家から出ないのに必ずですよ。怖いじゃないですか!」
ニャルマーの必死の物言いに男達は確かにと頷いた。
「もう家で仕事をするのも限界かもしれません。どこか遠くで引き籠った仕事をしたい」
「ま、がんばれ」
「気を落とさないでとは言えませんが、近々領主館で仕事を募集するという噂があります。応募したらいかがでしょうか」
orzの形で嘆くニャルマーに金髪の男は軽く、茶髪の男は慰めるように言ったのだった。
***
女性達に一方的に追いかけられるニャルマーに限界を感じた彼の父は、自分の片腕たる長男にニャルマーを領主館へ働きに出そうではないかと尋ねた。
「そうですねぇ。ここのところ激化しているようですし、ニャァも憔悴してますから、ここいらが限界かもしれないですねぇ。しかし、ニャァを手放すとなると後二人ほど奥向き用の人間を雇わないと。ニャァはあれでいて有能ですし」
父親は長男の言葉に確かにと頷く。
「ニャルンは確かに仕事ができるからね。だけど、この前の騒ぎもある。ニャルンはこのままだと女性不信に陥りそうだ」
「いえいえ、もうすでにニャァは女性不信じゃないかと」
親子は顔を見合わせた。
「避難させてやろう」
「そう……ですね」
と、こうしてニャルマーが領主館の職員募集に応募することになったのだった。
***
ニャルマーが面接に入ったその部屋には彼を街中で助けた茶髪の男がいた。
「私はフェブカ領主のシグルド。ようこそ、ニャルマー」
「あ、あなたは」
「君のお父上から事務仕事に有能な三男の避難させてもらえないかと頼まれてね」
茶髪の男ことシグルドは机に両肘をつき、組んだ手に顎をのせて笑った。
「君、採用」
ニャルマーの領主館採用が決まった瞬間だった。
その後。
「アルフレド様、どうぞ」
「ん、ありがとうなニャルマー」
アルフレドの前に飲み物を置き、ニャルマーは扉の脇に控えた。
「シグルド、ニャルマーどうよ」
「ニャルマーは有能ですよ。引退した父の執事にはまだ及びませんが、この前は盗賊ギルドに入ってあの情報をくれたんですよ。できるでしょう?」
「へぇー。あれ?すっげぇ助かったよ。ふーん……ニャルマー助かったぜ」
ニャルマーの持ってきたワインを一口飲むと彼に乾杯するかのように杯を掲げ、ニャルマーは口角を上げ、静かに微笑んだ。
女難のニャルマー。
上司運の良さが女運を下げているのではないのかなと(笑)