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ラジオ


「深夜4時を回りました。みなさんこんぴれーしょん☆早原オーツキです!今週もはじまりました、『早原オーツキのもえもえ文芸部☆』この番組は新人声優の早原オーツキが事務所の推しにもめげずがんばっていくブラック企業系ラジオ番組です。…いや~、今週は凹みましたよー。まさかね、オーディション自体がドッキリだなんて思いもしないじゃないですかぁ。音響監督さんもやけに恥ずかしい台詞ばかり振ってくると思ったら、ねぇ!もう今週仕事の連絡以外マネージャーさんと口きいてないですからねー。…あ、これ知らないって方は私のブログのー、四日前あたりの記事でちょっと愚痴っぽいこと書いてるんで見て頂いたらと思うんですけど。…いっやー、社会ってツラい!思えば最近はこのラジオの名目の『ブラック企業系』ってのも形骸化してきたとこありましたからねー。油断してきたところに一杯喰わされた感じですよー。でもね、やっぱ大きな原作のアニメは気合入りますよ。私ももう一年ですか?こういうラジオやらせていただいて、Twitterのフォローもようやく4ケタに突入しましてね、小さいながらも声優として進んでる実感があってのこれですからね~。

 ……え?ま、まぁ『これを掴んで人気声優に!』て魂胆がなかったと言えば嘘になりますよ。いやだってそうじゃないですか?主役のつもりで受けてましたからね?……はい、そうです。実際受かったと思ってました。『受かったよ』って嘘告知される前からそう思ってましたよー…。自惚れっすよ自惚れ。まぁ、そう調子に乗ってるうちはドッキリで笑いものにしかされないんだなっていうこのね、ハイ、いい教訓になったと思います。ハイ。いやほんと反省してますよー。

 というわけで、今週のメールテーマは、『最近騙されたこと』です。皆さんもあるんじゃないですか?下駄箱にラブレター入ってて、待ち合わせ場所にソワソワしながら言ったらリア充に笑いものにされたとか。あるっしょー?え、ない?ないひとはハナシ作って送ること!最近メールの集まりが非常に悪いです。…元から悪いけどさぁ。メールアドレスはすべて小文字でblack_haya@●●.netです。お間違えの無いようにー。ではでは今週も、世間の荒波に流されていくよ~☆」


 いっやー、まじありえないよねアレは。二十歳も越えてない女の子を晒し者にして何が楽しいんだか…。本当につらかったな。

 僕は画面にいる女の子に話しかけている。最近のラジオはパーソナリティのリアルタイムの姿がPCの画面に表示される仕組みとなっている。パーソナリティの声のみならず、番組中の服装、表情、仕草さえも眼で楽しむことが出来るというわけである。この映像はすごい。まるで目の前にいて彼女としゃべっているかのような気分にさせられる。

 僕は大きな液晶モニターを購入し、彼女の姿が原寸大で映し出されるように調整した画面でこのラジオを聴いている。自室の内装も、映し出されるスタジオと同系統の配色・配置にすると、そのまま僕の部屋に彼女が存在することが可能となるわけだ。こうして僕は今日も深夜4時、彼女を迎え入れて愚痴をきいてあげている。

 早原オーツキは毎週金曜日、かならずこの時間にやってくる。駆け出しの新人声優である彼女だが、毎週この時間まで仕事をしているのだ。最初に彼女がやってきたときは非常識なやつだなと思った。眠い目をこすりながら彼女の甲高い声を聴いた。普通なら速攻で家からたたき出すだろう。場合によっては警察だ。しかし、僕はなんだかんだ彼女がやってくるのを許してしまっている。いけないなぁと自分でも思う。だが、彼女がたよるのは僕しかいないのだ。捨て猫を家に上げたような気分でいたが、だんだん情が移ってしまった。

 出会ってまもないころ、彼女は何を言っているかよくわからなかった。すぐ噛むし、話の要領を得ないものが多かった。だけど、僕が順序立てて話すことを教えたら、だんだんとリラックスして、わかりやすい話し方でしゃべってくれるようになった。そしてそのかわり、愚痴が多くなった。オーディションに落ち続けたことや、声優らしくない体力系の仕事に対する不満、Twitterのフォロワー数が伸びないことなど。ひとつひとつちゃんと聞いてやって、ときには怒ることもありながら、一年近く、僕らはこの逢瀬を続けていた。


「それじゃあメールを紹介しますねー。ラジオネーム、不況のマイナスイオンさん、ありがとうございまーす。『オーツキちゃん、こんぴれーしょん☆』…こんぴれーしょん☆『最近騙されたこと…ですが、やはりオーツキちゃんが先々週のゲストさんの曲をひとつも聞いてないのにべた褒めしまくってたことでしょうか。3曲目はカラオケバージョンのはずなのにどうしてボーカルのシャウトがかっこいいと思われたんですか?ゲストさんも顔ひきつってましたよね。もしかして前からゲストさんのCDはきいてないのでしょうか?』……ということで…。まさかの私に矛先が行くパターンですよこれ。作家さんなんでこのメール選んじゃったの?だーかーらー、それは放送終わった後に謝ったじゃないですか。プロデューサーさんにもゲストさんにもレコード会社の方にもマネージャーさんにもその都度土下座したじゃないですかあ。

 ……いや、マジ私もうあそこで仕事できなくなっちゃったんですからー、もう十分じゃないですか?十分じゃないですか?」


 なんだこのメールは!馬鹿にしやがって。いいか、オーツキは聴く価値のないものは聴かねーんだ!出しても2000もいかないポンコツの曲なんかこっちが願い下げなんだよ。それをさも聴いてました風にしゃべってやってるあの娘の優しさを考えたことあんのかよおい。揚げ足ばっかとりやがって。この野郎さてはあの歌手の信者か?やっろー、やり方が汚いんだこの…

 オーツキ、いいよ、お前は悪くないってこないだ言ったろ?十分だよ。だから俺といるときは我慢しなくていい。…枕の上、座りづらくないか?足くずしてもいいんだぞ。いや、いいよ。大丈夫だよ。明日は仕事ないんだ。


「それでは次のメール、紹介したいと思います。ラジ××、×××…『早原さんこんぴろぴろー』…こんぴろぴろー☆『メー××ーマ××××…………』それはほんとうに大変でしたよねー」


 そうなんだ、ほんとひどいやつらがいてね、


「いやでも今日の私見てくださいよ!こんなでもお仕事やってるんですから!×××さんもがんばって♪笑顔、笑顔」


 そうだな…。笑顔を忘れちゃ駄目だ。でも、本当に笑えるのは君の前だけだよ。


「えー、そんな淋しいこと言わないでくださいよ。それってちょっと愛重いかもー」


 いやでもしょうがないだろう。俺は君のために生きてるんだから。


「ホントですかー?ホントにそう思ってますー?」


 本当だよ。毎週毎週いつも君が来るのを待ってる。この日はずっと空けてるんだ。前に言ったじゃないか。


「えーでもそれだけじゃあ、ダメー。」


 え?


「みてるよ」


 僕はいつのまにか、早原オーツキと会話をしていた。いや、それはいつも僕が個人的に行っている妄想だ。彼女と僕がふたりきりでしゃべっているんだという都合のいい…しかし、いまは


「こんなときだけ覚めないでよ。いつも聴いてるよ。××さん。毎回メールも送らずにアドバイスありがとね。ねえ、私いまあなたの部屋にいるの?ベッドに座ってる?あぐらかいて?…ハッ」


 画面上の彼女はわけのわからないことを言っている。僕の本名を知っている。まて、僕がしゃべっていたのは現実の早原オーツキじゃない。あくまでそこにいると仮定した彼女の絵に好き勝手していただけだ。そんなこと、本人が知ってるはずがないのだ。この画面は嘘だ。いや、これがもし本当なら彼女は何を言っている?僕の本名がネットで流されてるぞ?おい


「そりゃ流れてるでしょ。あなたの住所も言おうか?毎週仕事を終えてから行ってたもんね。もうそらで言えるよ?」


 まて、ちょっとまて。おかしいじゃないか。お前に何の関係があったっていうんだ?僕はラジオをただ聞いてるだけだぞ。なんでこんなとこで晒されるいわれが


「だかぁら、都合の悪い時だけ妄想解かないでよ。さっきまですっごく親身になって私の話聴いてくれてたじゃない。私、あなたしかいないの。だからね、私もあなたを私だけのものにしようと思ってて、さ!」


 !?…地震だ!それも半端ない…思わずベッドの淵にしがみつく。画面の景色は揺れに合わせて動き、早原オーツキはどんどん縮尺が大きくなっているように見える。


「ねぇ?わかる?」


 大きな大きな瞳がこちらをのぞいていた。それしか画面にはなかった。


「画面じゃないんだ。じつは。これ、窓なんだよね。こっちからも、すごく小さいけどあなたのこと見えてたの。ぶつぶつ言っててよくわかんないけど、ずっとこの時間にここにいてくれるの、あなただけなんだぁ。だから、持って帰ることにしようって。ねえ、いままで私で好きに遊ばせてあげたからさ、今度は私が遊ばせてよ。いっぱい愚痴言うし、ゲームもいっしょにするし、ストレス発散につきあってもらうし、いいよね?それ本望でしょ」


 彼女の声はこの部屋中に反響しすぎてよくわからない。僕が自分の部屋だと思っていたスペースは、どうやら彼女にとって小さな菓子箱サイズしかないらしい。でも、彼女に答えよう。本望だ。君とふたりきりでいることを僕はついに達成したのだ。彼女の玩具になろうとかまうものか。どうやら僕と彼女の大きさはとてつもなく差があるようだが、多少のハンデだ、こんなもの。そうだ、ついに僕らは通じたんだ。なぁ! ぐらっ…


「あっ」


「いっけね。落としちゃった。ほんとダメだなぁ私。食事の席でもいっつも粗相しちゃうし…あぁやだやだ。…あ、箱つぶれてら。……えぇと、××さーん?いるー?」


「やべ。首とれてるよぉー。脆いなー。だめだめこんなんじゃ」


「せっかくいいの見つけたと思ったんだけどなあー。またイチから探さないと…。ほんっと最悪」



オーツキ、いるぞ、おーつき、まだ


「すいませーん、これ処分しといてもらっていいですかー?」


「…というわけで来週のこの時間も、私、早原オーツキにお付き合いください!ではみなさんまったぬーん☆」

 

なんか感想くれると嬉しいです。書きたいことを書きました。

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[一言] お、面白かった。 文章は唐辺の人めいているのに、そこはかとなく漂う乙一の気配。ファンの為せる業なんでしょうか。 「Twitterで好き勝手に喋っていたら、有名人に晒し上げされてしまいました…
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