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外法<下駄の男シリーズ④>  作者: めけめけ
第1章 呪詛
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第5話 書画

 江戸川区と荒川をはさんで隣、江東区の東側は近年再開発が進み、川沿いにマンションが次々と建設されている。住居と同時に巨大なショッピングモールも建設され、急激に賑やかになってきている。そのショッピングモールの中に巨大な絵が展示されていた。『絵』といっても、それは一風変わったものであり、見る者を惹きつける魅力にあふれていた。『一風かわっている』というのは、その絵に意味があることであり、それが見る者の絵に関する知識にどんなに差があっても、ほとんど同じ意味が理解できるというものである。


 つまりは、それは『絵』であり、『書』である。


 縦の長さ5メートル、横の幅3メートルの巨大な和紙に、『感謝』という文字が縦に書かれている。それは『書』である。しかし、『感謝』の『感』の文字のつくり、『口』の部位がにっこりと笑っている顔に見えるように目と口が書き足され、顔の頬の部分には朱の色が使われている。ほかの部位も人の顔や姿に見えるように筆が入れられていて、全体的に物語のある『絵』となっている。つまりこれは『書』であると同時に『絵』でもある。


 その書画が4階建てのショッピングモールの吹き抜けの部分につるされるような形で展示してある。その書画のすぐ下に仮設パネルと机と椅子が設置してある。


 『書画家 田中太山 名前の詩 特設会場』


 そこに一人の男がノートパソコンを開き、キーを叩いている。上下紺色の作務衣を身にまとい、草履をはいている。作務衣から太く鍛えられた腕が見えている。手首には黒いリストバンド。頭はそり上げ、黒縁のメガネのレンズにパソコンの画面が映りこんでいる。キーを入力するたびに男の口元が動く。どうやら声を出しながら文章を書いているようだった。


「……という事で、本日の書道塾画像すべて出揃いました! お越しいただいた皆様本当にありがとうございましたm(__)m また来月の書道塾もお楽しみに……っと。よしできたぞ。保存っと」

「相変わらずの様子じゃのぉ。たいしゃん」

 突然背後から声をかけられ、男は――書画家 田中太山は、身体をビクッとさせ、慌てて後ろを振り返る。メガネが少し下にずれた。

「わぁ、わぁ、びっくりしたなぁー。もう。師匠! 師匠じゃないですか! お久しぶりっす」


 田中太山が師匠と呼ぶ男。その男は田中太山と同じように頭髪はなく、紺色の作務衣を着ていたがメガネはかけておらず、草履ではなく下駄を履いていた。その男は田中太山よりもはるかに年齢が上のように見えた。他人がこの光景を見れば、それは文字通り師匠と弟子にしか見えない。

「誰が師匠じゃ! わしはお前さんを弟子にした覚えなんぞないぞい!」

「ナニ言っているんすかー師匠」

 田中太山は椅子から立ち上がり、彼が師匠と呼ぶ男に近づき握手をしようと手を差し出した。師匠と呼ばれた男は、何やら機嫌を損ねたらしく、それに応じようとしない。田中太山はそんな様子を無視して、『師匠』の右手を両手で包み込むように握りしめ、頭を下げた。

「師匠! ご無沙汰しております」

「やめんかい! ふざけおって、気色が悪い。男の手なぞ握って何が楽しいぞ!」

「かっ、かっ、かっ、かっ。相変わらずですね師匠。その様子じゃ夜の方も相変わらず『師匠』であらせられるのですね」

「うるさいわい! 余計なお世話じゃ! 大体お主を連れていったのはあの夜だけじゃろうに。なんでお主に師匠呼ばわりされなきゃならんのだ!」


 田中太山は少しずれ落ちたメガネをもとの位置に戻しながら、師匠の耳元で囁いた。

「今晩のお誘いでしたら、夜11時以降でしたら都合が付きますが」

「えーい。うるさいわい。この生臭坊主が! わしは女遊びをするために、お主に会いに来たわけではないわ!」

「えっ! 違うんですか。それ以外にないと思ってたんですが」

「ふん! 感謝せい! 仕事の依頼じゃ」

「あっ。それはそれはありがたい。感謝。感謝です」

「前にも頼んだが、またちぃと字を書いてもらおうと思ってな」

「字というと、例のアレですか?」

「あぁ。そういうことじゃ。とりあえず、これが見本じゃ。できれば今すぐ書いてほしい。3枚。できれば5枚欲しい」

「えっ。ここでですか? それはちょっと」

「今日は雨で客足も少なかろう。 ちゃっちゃっとやってくれんかのぉ」

「いやいや、師匠。そういう問題じゃ……」

「いやか?」

「いえ。いやとかそういう問題じゃなく……そのぉ準備が」

「やはり、人前では書けんか」

「書けません」

「そうか」

「ですから、少しお時間を……1時間、いや2時間ほどいただけませんか。主催者側に話を通してきますから」

「そうか。すまんな。無理を言ってしまって」

「しかし、師匠。師匠の書もなかなかのものです。普通であればこれで十分かと」

「いや。わしがわざわざお前さんに会いに来たのはそれだけではないんじゃ」

「といいますと?」

「たいしゃん。いつまで東京にいる?」

「ここで今日から3日間イベントです。そのあと小田原で1日。その次の日は大阪です」

「なんとかならんか?」

「はぁ?」

「もう一日関東にいる日にちを伸ばせないかと言っておる」

「大阪は前のりの予定ですから、まぁできなくはないですが」

「すまんがそうしてくれ。礼は後でする。いい店を紹介してやるわ」

「そんなぁ。悪いなぁ。気を使っていただいちゃってぇ」

「馬鹿もん。その分しっかり働いてもらうぞい!」

「師匠のためなら何でもします! 師匠!」

「だ、だからその師匠というのをやめんかい。それにキャラが被りすぎじゃ。髪の毛をはやすなり、ほかの和装に変えるなり、なんとかできんのか!」

「いえいえ。もうこのスタイルは変えられませんよ。すっかり定着しちゃってますから」

「わしのマネなんぞしてもしょうもないじゃろうに」


 師匠――下駄の男は禿げ上がった頭をなぜながら、田中太山を見上げた。

「じゃぁ、ちょっくら時間をつぶしてくるかのぉ。2時間か。1時過ぎでいいか」

「はい。その時間にはきっちりと仕上げます」

「すまんが、頼む」

 下駄の男――尾上弥太郎は田中太山に字を書くように依頼をした。それは田中太山の裏の仕事。まじないごとに使う書画の依頼であった。




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