第15話 帰路
「結局収穫は何もなし。俺たちはいったい何を一日やっていたんだか」
後藤刑事は苦虫を噛みつぶしたような顔をしたまま、笠井町海浜公園から笠井町駅に向かって車を走らせていた。
「その、謎の少女って、いったいなんなんでしょうね」
鳴門刑事は後藤が会ったという少女に興味を示しながら車を運転していた。
「まぁ、あれだ。お前たちが近づこうとしても、彼女を捉えることはできんじゃろうな」
後部座席でミネラルウォーターを飲みながら下駄の男は鼻歌交じりに答えた。
「狩野紫明とはいったい何者なんですかね。少女は事件に何か関与したわけではないですから、別にいいですけど……」
不機嫌な後藤刑事の気を散らそうと、鳴門刑事は話題を変えた。
「簡単に言えば雇われの殺し屋じゃよ。権藤に恨みがある者の魂を利用して、呪詛によって殺害した。いったいどんな奴が依頼主であったのか、はたしてあの男もそこまでは知らんのじゃろうなぁ」
「呪詛を使った暗殺って、そんなの警察じゃ、取り締まれないじゃないですか」
「目には目を、歯には歯をじゃよ。ワシが目を光らせている限り、奴はこれ以上、仕事をすることはあるまい」
後藤刑事は、下駄の男が最初からこうなることをわかって、自分たちを動かしたのかと思うと、それも、これも、どれも納得がいかなかった。
「奴に仕事を依頼した奴を見つけない事には、真の事件の解決には至らない。それがわかっているのなら、もう少しあの男に話を聞きたかったものです。奴と依頼主の間にまったく接点がないわけではないでしょう」
下駄の男は外の景色を眺めながら呟くように答えた。
「それはそうじゃ。じゃが、奴が生きている限り、話を聞きだせる可能性は常にあるわけじゃ……死んでしまっては、そうもいくまいがのぉ」
後藤が声を荒げる。
「あんたがそれを言うのかい!」
それもそうである。そもそもこの事件は下駄の男が死者の魂――姉 浩子を権藤に殺された坂口由紀子から事情を聞き、事件の糸口を見つけたのである。それはこの世の理から外れた”外法”であり、下駄の男はそれを勝手にやった上に後藤らを事件に巻き込んだのである。
「あんなもん、毎回、やれるわけなかろうが! 身が持たんし、金が持たん。だいたいあれをやるために、ワシがどんだけ苦労したのか、私財をはたいたのか、お前たちにはわからんじゃろう! なんなら請求書を警察署に送りつけでもしたら、誰かが払ってくれるとでのいうのかのぉ」
下駄の男も負けじと応戦する。
「まぁ、まぁ、二人とも。当面これで、この街が平和になるのなら、それはそれで、いいじゃないですか」
鳴門が止めに入る。
「チッ、クソジジィが……」
後藤刑事は舌打ち交じりに愚痴をこぼす。
「はぁ……、どうかのぉ。ことはそうも、簡単にはいかんじゃろうな」
下駄の男は、鳴門に向かってため息交じりに答える。それはわざと後藤を無視するようでもあった。
「ふんっ」
後藤は苛立ちを敢えて隠さずにいる。下駄の男が言わんとしていることは、後藤もわかっているという態度である。しばしの沈黙の後、鳴門が口を開く。
「まだ、何か、起きるのですか。この街で」
「起きるな」
下駄の男が低い声で答える。
「どうしてです?」
鳴門の問いに下駄の男はすぐに答えない。代わりに後藤が口を開く。
「つまりだ。むしろ奴らの動きが活発になるやもしれないということだ。狩野紫明は一つの駒にすぎないのだろう。どんなに常識を超えた力を持っていようと、所詮は人間だ。依頼主はおそらく紫明の弱みに付け込んで、仕事を依頼した可能性がある。こういう悪さをする奴は似た手口を繰り返す。その場合、同じ奴を使い続けることはないだろう。実際、俺たちはあの男に接触をしようと試みた。もしあの男とこれ以上、警察の人間が接触を試みた場合、下手をすれば、狩野紫明は消されるだろうな」
後藤がそこまで事情を察したのは、武井徹の目を見たからである。あれは戦場に生きる男の目。修羅場に足を踏み入れた男の佇まいである。
「武井はどうやら腹をくくったらしい。こっちの世界<暴力団抗争>でも、これからいろいろと動きがあるだろうな。おそらく呪術を使った暗殺のことを知る者は、こっちの世界で少ないだろう」
下駄の男が話に割って入る。
「呪術を使える者の中でも、暴力団関係者と直接パイプを持っている者は少ない。じゃが実績があれば、これをビジネスとして推し進める者もあらわれるじゃろうし、そうなればこういう事件が同時多発的に増えるかもしれんということじゃわい」
下駄の男はペットボトルの水を飲み干し、大きくため息をついた。
「やれやれじゃ。これから忙しくなるのぉ。仕方ない。今夜はうまい酒でも飲みに行くかのぉ。どうじゃい。たまにはワシに美味い酒でも馳走せんか?」
誰も答える者は居なかった。
信号待ち
三人を乗せた車の前を独りの少女が横断歩道を横切る。
その少女は……
彼女は、まるでフランス人形のような、透き通った白い肌をしている。
髪の毛は少し重たく感じるくらいに黒々としている。
目はパッチリとしている。
瞳はどことなく日本人のそれとは違うような、色素の薄い色をしているように、後藤には見えた。
「なぁ、今の……」
後藤は煙草を灰皿に押し付けながら言った。
「ええ、確かに似ているような、似ていないような」
鳴門刑事は見えなくなった少女の姿を目で追いながら言った。
「ああいう娘と、一度ゆっくりと酒を飲んでみたいものじゃ」
下駄の男は、何か懐かしい物でも見るような目をしながら言った。
「今日よかったら、あのバーに行ってみませんか?」
鳴門は運転席から後部座席の下駄の男をルームミラー越しに見ながら言った。
「あのバーッて、エメラルドバーか」
後藤は気が進まないようだった。
「まぁ、会えるとは限りませんが」
下駄の男は返事をしない。後藤は下駄の男を無視して鳴門に小声で言う。
「そうだな。気晴らしに行ってみるのもいいか。それにしても、お前、ああいうのが好みなのか」
鳴門はあからさまに慌てた様子で、後藤から目を逸らす。
「違いますって、ぜんぜん、そんなんじゃないですって」
信号が変わり、車がゆっくりと走り出す。
下駄の男は、ビルの谷間から時折見える、スカイツリー――闇の塔に思いを馳せていた。
おわり
2017/10/24 校正(特に会話部分)
あとがき
この物語を書き始めて、4年の歳月が流れました。この物語はシリーズの第4部にあたり、第3部の解決編となります。
そして実はすでに書き終え、他のサイトで発表している短編「猫」と「蟲使い」へとつながっていきます。
また本作品の中に登場する謎の少女ミサは、「なろう」では短編集『休日、事務所のソファーにて』に収録されている『魔法少女シリーズ』からのスピンオフということもあり、作品を書き上げることに置いては、ある種の”足かせ”になったのは事実ですが、”何事も初めてはある”ということで、苦しくも楽しい体験でした。
これでようやく、双方の作品は本丸に向けて突き進むことになります。笠井町を追い出された狩野紫明は、今後ミサとの絡みを経て、また下駄の男シリーズへと帰ってくるというのが、当初の予定でしたが、話してどうなることか。
そして下駄の男と『闇の塔』との関わりは、今後どうなっていくのか。笠井町という箱庭の世界の物語から、いよいよ大規模な呪術抗争へと、発展していく・・・のかもしれません
乞うご期待!
2017/10/24 笠井町のモデルになった西葛西あたりで




