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外法<下駄の男シリーズ④>  作者: めけめけ
第2章 怨念
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第13話 向日葵

 夏休み、ボクはどこにも遊びに行かず、ずっと姉さんの看病をしていた。看病といっても子供のボクにできることは何もなかった。結局、父親の言うとおりに祈るしかなかった。ただ、ただ、祈るしかなかった。


「姉ちゃん、具合はどうだい。ボクは一生懸命にお祈りをしたんだよ少しは楽になったかい?」

 最近、姉さんはトイレに立つのもままならない。誰がどう見ても日に日に弱っていっている。

「ありがとう。今朝はだいぶよくてよ。お前に病気を移したら大変。姉ちゃんは大丈夫だから、お前は外に遊びにでも言ってらっしゃいな。せっかくの夏休みよ」

「いいよ。外は暑いし、ボク、虫取りも川遊びも好きじゃないから」

「男の子はね。天気のいい日には外に出て遊ぶものなのよ。そうね。朝顔の花が見たいわ。朝顔の花を摘んできてくれる?」

「朝顔なら向こう隣の鉢植えに……」

「あら、だめよ。人様の朝顔の花を摘んできてはだめよ」

「わかったよ。確か学校に行く途中の土手まで行ってくるよ」

 ボクは家を飛び出し、朝顔を探しに行った。通学路の川沿いの土手にフェンスが設置してあった。そこをずっと探していると、紫色のきれいな朝顔が咲いていた。ボクはそれを二つほど摘んで、走って家に帰った。


「姉ちゃん、ほら、朝顔だよ」

「まぁ、素敵な朝顔ね。ゴホン、ゴホン……」

「姉ちゃん大丈夫かい?」

「大丈夫、朝顔の花の香りが、咳きを楽にしてくれるわ」

「本当かい。そしたら、ボク、朝顔をもっといっぱい摘んで来てあげるよ」

「姉ちゃんは、これで十分よ。それより今度は向日葵が見たいわ」

「向日葵かい?」

「そう。向日葵を見ていると、なんだかとっても元気になるわ」

「わかったよ。どんな向日葵がいいんだい」

「そうね。茎が太くて葉が青々して、大きな花を咲かしている向日葵がいいわね」

「それなら裏の山に行く途中の原っぱに咲いているのがこのあたりじゃ一番大きいや。待っててね。すぐにとってきてあげる」


 ボクはまた家を飛び出した。乾いた咳を押し殺している姉さんに『いってきます』と大きな声をかけたけど、姉さんは胸を押さえながらやさしく微笑んで見送ってくれた。『いてらっしゃい』と言おうとして、また咳き込んで布団にもぐりこんだ。それでも、ボクはうれしくて、姉さんに喜んでもらえるとうれしくて、振り返りもせず裏山に向かって走っていった。


 夏の太陽がぎらぎらと照りつける。草花や土の香りが鼻をつく。入道雲がボクを見下ろし、風は遠くを走る列車の音を運んでくる。田畑を抜けて、裏山の手前に広がる原っぱに20本ほど向日葵が咲いていた。どれも背が高く、ボクの手は、向日葵の花に届きやしなかった。

「これにしよう! これが一番茎が太くて、葉が青くて、花が大きいや」


 向日葵の茎に手をかけて、思いっきり引っ張る。だけど向日葵はびくともしない。根は深く引っこ抜けない。茎は太くて折れない、花に手を伸ばしても触れるのが精一杯だ。

「どうしよう。これじゃあ、家に持っていけない」


 途方にくれたボクは、仕方がないので、茎が細く、背が低い小さな向日葵を探し回った。

「これなら取れるかなぁ」

 裏山の入り口そばにある物置小屋のすぐそばに、ボクの背よりも小さな向日葵を見つけた。日当たりが悪いせいか、茎は細く、葉はしおれ、花は元気がなく小さかった。それでもその向日葵を引っこ抜くには骨が折れた。

「仕方がないやぁ。ボクには大きな向日葵は取れないもの」


 帰り道、大きな向日葵を恨めしく眺めながら、とぼとぼと歩いて帰った。

「姉ちゃん、ただいま」

 姉さんは眠っているらしく、返事がなかった。

 それでもボクは、いや、だからこそ、姉さんが眠っているからこそ、しゃべりだした。

「ごめんよ、姉ちゃん。大きい向日葵はまだ花が咲いてなかったから、小さい向日葵を持ってきたよ。花がちゃんと咲いている向日葵では、これが一番大きかったんだよ」


 姉さんの布団の横には、すっかりしおれてしぼんでしまった朝顔が二つ落ちていた。それは置いてあるのでもなく、捨ててあるのでもなく、茎から切り落とされて、ぐったりとしているようにボクには見えた。ボクは向日葵がそんなことにならないようにと、家の中に会った空き瓶に水を入れてそこに向日葵を差して、姉さんの頭のすぐ上に置いた。


 するとどういうわけだか、なんだかとてもいけないことをしているような気がして、怖くなってボクはその部屋をそのままにして、出て行った。

「そうだ。四葉のクローバーを探しに行こう。そうしたらきっと姉さん、喜ぶにちがいないやぁ」


 ボクは夕暮れ時まであちこちの原っぱで四葉のクローバーを探しまわった。だけど、どうしても四葉のクローバーを見つけることができなかった。しかたがないので、ボクはあの大きな向日葵をもう一度取れないかと見に行った。するとどういうわけだか、あの大きな向日葵はすっかり元気をなくして花を地面に向けてうなだれていた。


「これじゃあ、取れたとしても姉さん喜ばないやぁ」

 それはもしかしたら自分が茎を引っ張ったり、ねじろうとしたりしたせいだと、そう思う気持ちをごまかしながらボクは家に帰ってきた。

「ただいまぁあ」

 家の中はシーンとしている。そしてガランとしている。まるで生きているものがそこにはいないような雰囲気だった。もう何年も誰も住んでいない空き家の玄関に立っているような感覚に襲われた。

「姉ちゃん起きたかい。それともまだ寝ているのかい」

 恐ろしいほどに返事がなかった。ボクはすっかり怖くなって、大声で叫んだ。

「姉ちゃん。姉ちゃん、寝ているの?」


 姉ちゃん、姉ちゃん……


 自分の声が聞こえた。いや、それもやはり夢であって、実際に声は聞こえていなかったのかもしれない。

「姉さん……」

 狩野紫明は、ソファから起き上がり、洗面所で顔を洗った。

「いよいよだな。こういう時はいつも姉さんの夢を見る」

 狩野紫明は、洗面台の鏡に映る自分に向かって言い聞かせた。

「復讐するは我にあり……」








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