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第4話 テーブルテニス。

 放課後、三々五々にクラスメイトは教室から出たり、お喋りをしたりする。

「部活頑張ってねー」

 先輩に恋心を抱いているらしいナツエ以外の友達は部活に入ってないので、二人は手を振って教室から出て行った。私の所属するグループ。遠くから見ると、何だか不思議な感じだ。私はロッカーの鍵を開け、ディズニーランドに行ったときに購入したお土産が入っていたカラフルな袋を取り出し、自分の机に置いた。窓の外を見るとサッカー部がボールを蹴っていた。太陽に目がくらむ。卓球は室内スポーツなのが救いだ。

 廊下側の席の女の子が扉を閉める。教室にはまだ女子数人が残っていて、それは全員、部活のために着替える人達だ。この学校には何故か更衣室がない。だから、掃除が終わると男子は退散、というのが暗黙の了解だった。

 袋から体育着を出してすっぽりと被る。みんな真剣な顔をして着替え始めているこの時だけは異様な静けさだ。

「やだー、ボタン取れない」

 声のあがった方を見ると、バスケ部の派手な女の子がYシャツを脱ぐのに苦戦している。その光景に私は無性に腹が立った。馬鹿じゃないの? 何を言ったって、どんなにもがいたって、駄目な時は駄目なんだから――。

 いらだった気持ちのまま着替え終わると、私は髪の毛をしばり直した。あっちゃんが体育着の裾をハーフパンツの上に出しながらこちらへ寄ってくる。

「希里、体育館まで一緒に行こう」

「うん。ちょっと待って」

 通学バッグから靴下を出す。くるぶしソックスというやつだ。机に手を付き、くるぶしソックスに履き替える。ゴムの跡がくっきり付いていて嫌なのだけれど、紺ソックスのまま部活をやると皆から浮いてしまう。開いたままのバッグに紺ソックスを突っ込み、脇に掛けてある体育館履きの入った青い袋を手に取った。あっちゃんはチョークの粉が落ちた黒板の脇を通り抜けて戸を開ける。ふとあることを思い出して私は振り返った。もう教室には私達しかいない。私のグループに所属する卓球部のあの子はどこへ行った? ナツエの机の横にはまだ体育館履きの袋が掛けられている。

 廊下に出ると、思ったより沢山の生徒達がグループになってたわむれていた。騒々しくて私はまた苛々する。何となく後ろを向いたとき、私は見てしまった。ナツエがトイレから出てきたところを。あっちゃんとナツエの仲はあまり良くない。だからいくら同じグループだとはいえ、あっちゃんから離れることも、一緒に行こうと誘うことも出来なかった。私はナツエと目が合わないように前を向き、体育館履きを引きずるあっちゃんの後を黙って付いていった。

体育館は熱気がこもっていた。整然と緑色の卓球台が三台並んでいる。もちろんこれだけじゃ足りない。端であぐらをかいている先輩たちに挨拶をして、奥にあるほの暗い倉庫に入ると、一年生がタイヤのついた卓球台を二人一組になって運び出しているところだった。

「希里ー、どうして朝練来なかったの?」

 畳まれたマットの上に腰かけている部員が訊いてきた。

「ごめんごめん」

 申し訳なさそうに謝る。演じるのは得意だと自分でも思う。

次に卓球台を運び出そうとしているのは美咲だった。いくらタイヤが付いているといっても一人では重すぎる、私は手伝おうと近寄った。すると、美咲は私の隣にいるあっちゃんに声をかけた。

「温美、そっち持って」

 火傷をしたみたいに胸がひりひりした。運ぼうとして出した手を引っ込めて美咲を見つめたが、彼女は目を合わせないつもりらしく、顔を逸らした。

「月岡、邪魔」

 倉庫に入ってきた一年男子が、立ち尽くす私にふてぶてしく言い放つ。月岡、というのは私の姓。美咲に「良い名字だね」と言われた記憶がよみがえった。私は体育館の様子を見て、もうこれ以上卓球台はいらないだろうと判断した。

 倉庫から出ると後ろから肩を叩かれた。ナツエが微笑を浮かべている。

「来て」

そう言って背を向け歩き出す。私は仕方なく付いてゆく。女子の先輩とは正反対の端っこに、男子の先輩が固まっていた。そこからかなり離れたところで立ち止まり、小さく言う。

「あの人。中崎先輩」

「どの人?」

「あの、左の方に座ってる。あ、今ボール触ってる」

 分かった。眉毛がきりっとしていて、鼻が外国人並に高い二年生。内心ほっとした。だって、中崎くんとは全然違う顔だから。たまたま名字が一緒なだけだ。私は確信した。

「確かにカッコいいね」

 と言ってあげる。ほら、嬉しそうな顔。恋する乙女、か。私だって恋愛くらいしたことはある。ただ、告白するだのされただの、その辺りは私にとって未知の領域だ。

「そこの二人、遊んでないでネット出して」

 いつの間にか部長が来ていて声を飛ばした。私たちは返事をし、速足で倉庫に行きネットの入ったかごを取りに行った。

 部員達は一枚の紙を覗き込む。マスに部員の名前が書いてある。試合表だ。普通は同じ学年同士で試合をするはずなのだが、この紙には一年女子、一年男子、そして二年男子の名前が書いてある。無理もない、男子二年は二人しか部員がいないのだから。三試合目に、中崎先輩とぶつかる。そして、五試合目は。

 美咲。

 彼女は他の部員に笑顔で何か話した後、壁に立てかけてある黒い長方形のラケットケースからラケットを取り出した。グリップを握り器用にくるりと回す姿につい見とれてしまう。その姿を見て、私はラケットを部室に置きっぱなしだということに気が付いた。もう一度試合表を見て一試合目は出る番ではないことを確認すると,誰にも気付かれないように体育館の隅を歩き出口に向かった。

 出てからは小走りだ、だって部室にラケットを忘れてくるなんて情けなさすぎるではないか。体育館履きを履いたままだから先生に見つかったら叱られる。一段飛ばしで階段を降りる私を、すれ違った生徒が驚き顔で見ていた。体育館履きをきゅっとならし、階段が途切れたところで右に曲がる。廊下は暗く、点滅している蛍光灯もある。いくつか並んでいる戸の奥はどれもが今は使われていない教室で、部室も元は教室だったと聞いている。肩で息をしながら、手書きで『卓球室』と書かれた紙がガラスに貼ってある戸を開ける。狭い部室には、気がところどころ腐っている卓球台が二つ置いてあり、壁一面を支配している棚には私のラケットケースだけが寂しげに置いてあった。

 ラケットケースをしっかりと胸に抱えて出て行こうとしたとき、棚の片隅に何やら色とりどりの小さい文字が並んでいることに気がついた。近付くと、ああ、これは女卓の名前が書いてあるのだと分かった。一年女子の九つの名前が羅列している。もう一つ分かったのは、美咲の字だっていうこと。赤色でみさき、と書かれた横には、

『一番のトラブルメーカー! みんなゴメンね(><)』

 だって。急いでいるくせに、私は全てのコメントに目を通す。あっちゃんの名前の横にはこう書かれてある。

『天然ちゃんキタ――笑 優しくていい子だよ♪』

 ちょっと笑えた。ピンクの文字、あっちゃんに似合っている。最後に私は、一番下の黒い文字を黙読した。

『きり マジメな女の子! めちゃ卓球うまいよ♪』 

 目頭が熱くなる。私は歯を食いしばり、逃げるように部室を後にした。来た時と同じように小走りで階段を上がる。途中、腕で乱暴に目をこすった。褒めたりなんかしないでよ、音符マークなんか使わないでよ……。

 私に希望を抱かせないでよ。


「あっ、希里どこ行ってたの?」

 体育館に入るなり、他の部員の横に座ってタオルで汗を拭いていたあっちゃんが声をかけてきた。ちょうど試合が終わった後なのだろう、頬が紅潮している。

「ラケット。取りに行ってたの」

 ラケットケースを掲げて無理に笑う。

「マジで? 希里ウケるしー」

 私は苦笑した。いつからだろう、こうやって人と接することに緊張するようになったのは。美咲に避けられ始めて、からの気がする。

「月岡さん」

 振り返ると、卓球台の横にある椅子に座った一年女子が得点板を持って私を見ていた。向こう側には一年の女の子がボールを台の上でもてあそびながら立っている。私の対戦相手だ、急いで準備をしなければ。

「よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げる。先輩も間延びした声で言い、さあ、試合が始まる。何度かネットにボールがすれてぽろっと相手のコートに落ちて点を取り、結局私が勝利した。ずるい勝ち方が得意なんだよね、私。休む暇もなく他の人と二試合目、一年男子。彼は高校生になってから卓球を始めたのだろう、勝つのは簡単だった。そして少し休んだ後、三試合目が始まる。相手は、そう、中崎先輩だ。

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