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第3話 教室という箱。

 教室に入ると何人かが私に視線を向けたが、自分には関係がないと判断したのか再びお喋りにふけっていた。しかしそうでない人もいる。自分の机に通学バッグを置いたとき、髪を二つに結んだ女の子が仲間の輪から抜けてこちらに歩いてきた。私にメールを送ってきたあっちゃんだ。ふくよかな身体で狭い机と机との間を通り抜けてくる。

「希里、どうしたの?」

 とあっちゃんは始めに言った。

「寝坊だよ」

 メールでも言ったじゃないか。私はバッグを開け、五冊ほど入った教科書やノートなんかを取り出した。

「うん、だけど……本当に聞いてた? 学年部長から」

 私の手からノートが落ちた。パタンという音が響く。私は腰を曲げて床に落ちたノートを拾い、何気ないふうを装って訊く。

「え、どういう意味?」

「うーん、何か、希里って美咲ちゃんのこと……」

 あっちゃんは語尾を濁す。

「……何」

 続きを促すと、あっちゃんは言いづらそうな様子で、しかし決心したのか小声で言った。

「避けてるように見えるからさあ」

 耳の奥がキーンと鳴った気がした。私は笑って否定する。

「そんなことないよ、全然」

「そう? じゃあ明日も朝練やるから来てね」

 そう話を切り上げると、あっちゃんは自分の所属するグループへ帰ってゆく。私じゃあ、ない。避けているのは、美咲の方なのに。

 バッグを机の脇にかけると、教室の中を見回して自分のグループを探した。しかしどこにも見当たらなく、血の気が引くような感覚に襲われた。まさか、いや、私は何もしていない。自分を落ち着かせようと席に着き、生ぬるい机に顔を突っ伏した。何だか私、まるで友達のいない子みたい。だからって本を読んだりするのは、もっとそれらしく見えてきてしまう。携帯電話をいじろうかと考え始めた時、背中に軽い衝撃を受けた。私は顔を上げて振り向いた。

「びっくりした?」

 私の所属するグループの三人が笑顔を浮かべてたたずんでいた。

「まあ、ね」

 自分の声色は淡々としていた。大抵のことでは私は驚かない。そう心に決めていたから。

 私の所属するグループは、化粧の濃いクラスでもリーダー格の子、大人しいが運動神経の良い卓球部の子、頭が良いのにふざけたり冗談ばかり言う子、そして自分、で成り立っている。どうやってこのメンバーになったかというと、席が近かったり同じ部活だったりでだ。趣味も考え方も全く合わない。でも別に不満はない。そこそこ楽しいから。

「トイレ行ってたからさあ」

 いなかった理由について聞いていないのに彼女達は説明し始める。私はその言葉を軽く流し、一番気になっていることを尋ねてみた。

「朝練、どうだった」

「ああ、中崎先輩と伊田先輩も隣の卓球台でラリーしてたよ」

 卓球部の子、ナツエが爪をいじりながら答えた。中崎、と聞き私の胸がにわかに波立つ。そんな、別段珍しい名字でもないかと自分に言い聞かせた。

「そんな人いたっけ」

 と私は首を傾げてみた。そしたら男子の二年生だよ、と教えてくれた。中崎先輩の方はなかなか格好良い、とも。

「もしかしてさー、ナツエって中崎先輩のこと好きなの?」

 すかさず冗談好きが口を挟む。女子高生というものは、総じて恋愛話が好きなんだな。

「まさかっ!」

 しかし彼女の耳はあからさまに赤くなっていた。

「……マジなんだ」

 これには一同びっくりした。恋に興味があまりなさそうな子だったから。一斉に質問しだす仲間たち、それは私も例外ではない。男子の部員とは大体プレーする場所が分けられていて、日に日に暑さが募ってくるこの季節になっても、一年男子はともかく、先輩となるとほとんど顔が浮かばなかった。私が入部してもうすぐ二ヶ月が立つというのに。

 恋愛話も盛り上がってきた頃、予鈴がなったとほぼ同時に担任が教室に入ってきた。口数も髪の毛も少ない、英語を受け持っている先生。ちなみに年齢不詳。生徒達は「また後で」などと言葉を交わして渋々席に着く。私の席は窓際で、しかも後ろの方なのをいいことに、授業中でも窓の外をぼんやりと眺めることが多かった。と、携帯電話が震えた。私は連絡事項を話す先生をちらちら見ながら、見つからないよう机の下で携帯電話を開いた。あっちゃんからだった。

『今日は体育館で試合やるって』

 とメールに書かれてある。斜め前の席に座るあっちゃんに視線を向けると、向こうも私の方を見ていた。目が合うと、いたずらがばれた子どものようににやりと笑った。私は心の中で呟く。

 教えてくれて、ありがとう。


 私が卓球を始めたのは、実は美咲の影響だ。中学校に入学し、初対面ばかりのクラスで一番初めに話した女の子、それが美咲だった。私より一つ前の席で、後ろを振り向いて、

「よろしくね」

 と言ってくれたっけ。あの頃は髪も肩辺りまでしかなく、色素の薄い髪がとても綺麗だと思った。美咲は小学校卒業と同時にお父さんの仕事の都合で引っ越し、この地にやってきたらしい。だからこの中学に知っている人は全くいなくて、私の方も新しいクラスに親しい人は一人もいなかったから、私たちは段々親密になっていった。あれは、四月の終わりだったと思う。

「希里ちゃん何の部活に入る?」

 美咲がそう訊いてきた。部活は全員加入しなければいけない。分からないなあ、と答えると美咲の瞳が輝いた。

「じゃあ、一緒に卓球部入ろうよ。あたし、小学生のとき卓球部だったの」

 卓球部、地味だけど楽そうだ。私は二つ返事で承知し、入部することとなった。

 そうして卓球部に入っても、私はなかなか上達しなかった。美咲はさすが小学生のときからやっているだけあって、女卓の一年の中では一番に下回転サーブが出来るようになった。それに対して私は、フットワークやスマッシュについて顧問の先生に注意されるばかり。しまいには補習なるものまでさせられた。嫌で嫌で、何度も辞めたくなった。でも、美咲がいたおかげもあり私は卓球を辞めず、次第にラリーが続く楽しさや点を取れたときの快感なんかに気付いてしまって、部活に入らなくてもよい高校生になってまでも私は卓球を続けている。

いや、理由はそれだけじゃないんだ。美咲と同じ部活に入ったら、元の仲に戻れるのではないかと密かに期待していたのだから。……そんなの、有り得ないのに。

 チャイムが鳴り、朝読書の時間が終わった。私の机には冒頭のページが開かれている。先生が教室から出て行くと、皆はまたグループで固まって喋りだす。私も席を立ち仲間の元へ行く。沈んだ気持ちを隠すかのように、私はいつもより高いテンションで面白いことを言って皆を笑わせた。

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