表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

第14話 亀裂。

 思ってもみなかった。まさか、見られていたなんて。

 教室に入ると、私のグループは窓際に固まっていた。彼女たちは私の姿を視界にとらえるとちらりと視線を向けたが、露骨に目を逸らし、何もなかったかのようにお喋りを再開した。全身から血の気が引き、暗い穴にどこまでも落ちてゆくような気持ちになった。何で? 私、何かした? 通学バッグを机の上に置き、脈が速くなってゆくのを抑えようと椅子に座り、深呼吸をした。教科書を机の中にしまいながら、どうしようかな、と考える。皆の目が私に向けられているようで、後ろのロッカーまで行くのにも酷く緊張した。しゃがんで一番下にあるロッカーの鍵の番号を合わせて扉を開き、教科書を数冊取り出して床に置き、ロッカーを閉める。教科書を胸に抱いて立ち上がると、すぐ後ろに彼女たちが立っていて、心臓が飛び上がった。先頭にいるのはリーダー格の子だ。焼けた肌に真っ黒に縁取られたアイライン、その目で見つめられるとやっぱり怖い。彼女はしゃがれた声で言った。

「ねえ、希里さあ、昨日中崎先輩と一緒にいたんだって?」

 ――そういうことか。リーダー格の子の後ろに隠れるようにして私を見ているナツエがいた。その瞳は、心なしか潤んでいた。私はリーダー格の子の言葉を無視してナツエに近寄った。怯えているのは一目瞭然だった。この子は自分から何かを言える性格ではない。

「見てたの?」

 ナツエが小さな口を開いた。

「うん。何でよ、だって希里……」

 ナツエはこうやって語尾を濁す癖がある。直接責めることが出来ないから、グループの子たちに話したんだよね。

「希里、ナツエの気持ち知っているよね? それなのに、最低だよお前」

 リーダー格の子はナツエを隠すようにした。一歩離れたところにいるもう一人の仲間の冗談好きは黙ってやり取りを見守っていた。

「違う、誤解だって。先輩が話があるって言って、話していただけなの」

「何が誤解だよ。暗いところで二人きりなんて、おかしすぎるんだよ。何やってたんだよ」

 何もやっていませんから。どう説明すれば分かってもらえるのだろう。

 ふと窓辺にいる派手な女の子たちの五人グループに目をやると、小さなパックに入った飲み物を飲んだりしてお喋りをしながらも、こちらを興味津々な顔で見ていた。私たちのことを話しているのかもね。

 ここで冗談好きが初めて口を開いた。

「しかも希里ちん、温美と仲良くしてるんでしょ?」

 私はなるほどと思った。自分たちの考えに合わない者は、排除にかかるということか。この年頃の子が他人の悪口を好きなのは結束するためだ。自分と同じことを思っていると安心して仲間意識が芽生え、グループを作る。もちろん抜け駆けする者には容赦ない、誰にも話さず先輩と二人きりになってしまった私がいい例だ。けれど、その結束した絆がもろいのを私は知っている。だからこそ、嫌になる。

「だってあっちゃん、良いところもあるし」

 危険な発言だというのは分かっている。でも嘘は吐きたくなかった。もう周りに無理やり合わせて後悔するのは嫌だった。さあ、絶縁宣言くるか?

「あっそ」

 リーダー格の子が吐き捨てた。

「中崎先輩とは、本当に何もなかった。信じてもらえないとは思うけどね」

 私も負けじと吐き捨てる。絶望的な場面に直面すると、怖いものなんてないことがよく分かった。「喧嘩かよ」と面白そうに言う声がどこからか聞こえてきた。馬鹿らしい。何もかも馬鹿らしい。でも、これから私は休み時間を独りで過ごすことになるのかと考えると泣きたくなる。私は伏し目がちのナツエの目をじっと見つめていた。自分で何も言えないのなら黙っていればいいものを、仲間に言いつけるなんてずるい奴だ。誰も口を開こうとしない。

「疑うなら本人に訊いてみればいいじゃない。私は、もう言うことはないんだけど」

 早くこの不穏な空気から抜け出したい。私からこんな言葉が出るなんて、自分に非がないと思うと強気になれることを学んだ。

「いいよじゃあ」

 リーダー格の子がパンダのような目をしょぼしょぼさせながら、私の隣をすり抜け教室から出ていった。冗談好きとナツエも慌てて後を追う。何が「いいよ」なのか分からないが、私は自分の席に戻って教科書を机の中に入れると、勢いよく机に突っ伏した。額がぶつかってじんじんする、しかし気持ちを切り替えるのには最適だ。

 今も心はずっしりと重いが、不思議と後悔は残っておらずすっきりとした気持ちで、窓から流れてくる暖かい風が心地よいとさえ思った。

 グループの子たちの声がして私は顔を上げる。教室に戻ってきたんだ、しかし私には目もくれず窓際でお喋りを始める。まるで私なんか存在しないかのように。

 本当に存在を消せたらいいのにね。

 また突っ伏すのも不自然なので、携帯電話をいじることにした。寂しさを紛らわすため、独りでも平気だと装うため。携帯電話OKな高校で本当に良かった。天気予報のサイトを回ってみたり、メールを読み返してみたり。そういえば、昼休みどうしよう。独りきりで弁当を食べるなんて耐え切れるだろうか。トイレ、という単語が頭をよぎった。しかしすぐさま、派手な子たちが化粧直しをしていたり、五限目に体育があったら更衣室として使う人もいることがあるのを思い出したので諦めた。第一、トイレで食べるなんてそれこそ泣きたくなる。

 ネット小説を読んでいたら携帯電話が震えた。届いた新着メールを開くと、送信者はあっちゃんだった。私はあっちゃんの姿を捜した。すると前の扉の前でグループの子たちと一緒にいるのを見つけた。グループの子は自由気ままに携帯電話をいじったり黒板に落書きをしていたりする。携帯電話を持ったあっちゃんと目が合うと、深く頷いて目を細め微笑んだ。不覚にもじんときてしまい、さりげなく目をこする。もう一度画面に目をやった。

『大丈夫?』

 短い文面だったけど、嬉しかった。


 休み時間、中崎先輩にメールを送ってみようと携帯電話を開くと、知らないアドレスから新着メールが届いていた。誰からだろうと不審に思いながらもメールを開く。中崎先輩からアドレス変更の知らせだった。それならメールが送りやすい。アドレスをクリックして返信する。唇を触りながら何と入力するか悩み、結局思い付いたことをそのまま打った。グループから弾かれちゃったんですけど、どうすればいいですかね? こんな感じ。普通ならこんなこと相談しない。でも先輩にならいいと思った。頭に乗せられた大きな手の感触は今でも覚えている。少しだけドキドキしながら送信した。

 また意味もなくサイトを回っているうちにメールが返ってきたので唇をぎゅっと結ぶ。内容は、先輩らしかった。

『負けるな。悔いのないように、自分の思った通りに行動を起こすんだ。月岡さんは独りじゃないから』

 でも、例え今私が泣き出したとしても先輩は助けには来てくれないんだよね。一つ下の階の恋人でも何でもない先輩は、近いようでずっと遠い存在だ。

 周りを見渡すと、女の子のほとんどがグループで固まってけたたましい笑い声を発している。中には、それじゃあ一緒にいる意味ないんじゃない? というような会話の少ない、それぞれが好き勝手なことをしているグループもあるけれど。あっちゃんのグループが代表的だ。

 それに対して男の子はグループというものがあまりなく、席に着いたまま音楽を聴いている人や、近くの席の男の子とお菓子を食べている人なんかがいる。男の子が羨ましい。

 独りでいるのが苦しいわけじゃない、独りなのを皆に見られることが苦しいんだ。決して自分から孤独を選んだわけじゃないから、私は空気に圧迫されてゆく。自分が少しずつ死んでゆく。

 私は携帯電話に付いたイルカのストラップを握り締めた。私と美咲を繋げる唯一の物。桃色の方を買った美咲は、今も携帯電話に付けているのだろうか。何となく付けていない気がした。

 グループの中にいるときは、会話が途切れるのが嫌だから必死にどうでもいいことを喋って、つまらない話にも笑い声を上げて。そういえば、今までどんな話をしたのかほとんど覚えていない。けれど一緒にいるときは確かに楽しかった。ふざけ合ったり、割り勘でお好み焼きを食べたり、皆といると美咲や中崎くんのことも忘れられた。やっぱり、このままじゃいけない。今日中にグループの子たちときちんと話そうと思った。悔いを残したくないから。しかし、なかなか勇気が出ない。席を立つタイミングを見計らっているうちにチャイムが鳴ってしまう。それの繰り返しだ。何て言えば分かってくれるのか、まずはそれを考えてからだ。机の上に置いた腕に顔を乗せ、横を向いてグループを観察する。私がいなくても楽しそう、けれどわざとこちらを見ないようにしているのだと分かった。

 答えが出せないままついに昼休みが来てしまった。自分のグループとは一緒に食べられるわけないし、他のグループに混ざるというのも到底無理な話だ。だからって独りで食べるなんて、皆の視線が痛い、痛すぎる。私は財布を手に持ち、ジュースを買いに行くのを装って教室を出た。私の行くところは、卓球部員しか通らない管理棟一階にある部室しかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ