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気ままに行こう!  作者: 空魚
失われた都
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失われた都-3

 光の渦を通り抜けるとその先には静かに凪ぐ海原が広がっていた。海は吸い込まれそうな程の神秘的な青い輝きを放っている。空には満天の星が瞬いていた。一歩踏み出すごとに光の粒子が周りを浮遊し、わたしの足を支える。わずかな不安を抱えながらも、わたしは空中にかかる見えない架け橋を歩いていった。

 しばらく進んで行くと遠く霞んでいた影像は次第にくっきりとした輪郭を表した。時代を経た白亜の柱が海中から幾つもそびえ立っているのが見える。あるものは崩落しかけた建物を支え、またあるものは途中から欠け落ちていた。豪奢な彫刻の施された大理石の噴水の跡もある。所々珊瑚やフジツボに彩られたその場所には様々な色に輝く小魚が群れていた。濃い海の匂いが鼻をつく。海中なのか陸上なのかひどく曖昧なその場所へ降り立ち、わたしは辺りを見回した。

「あなたが第一の試練を乗り越えたお方ですね」

 不意に声が響き渡り身構える。注意深く気配を探ると、その声の主は朽ちた建物の影から姿を現した。

「お初にお目にかかります」

 それは闇色のドレスを身に纏った美しい女の人だった。彼女は恭しく一礼すると足場の悪さをものともせず、優雅な足取りでわたしの前に移動した。

「こちらへおいでください。ご案内いたします」

 夜を写し取ったような艶やかな髪を揺らめかせ、返事も待たずに歩き出す女の人。わたしは慌てて相手の後を追った。

「ねえ、どこへ行くの?」

 問いかけてもその人は答えることなく先へ歩いて行く。何度声をかけても彼女はわたしの声など聞こえていないようだった。

 これ以上問いかけても無駄だと悟り、口をつぐむ。黙々と歩きながらわたしは再び周りの景色に意識を向けた。

 石畳の道は街の中央部まで伸びているようだった。道には轍の跡があり、以前はここを馬車が頻繁に行き来していたことを窺わせる。だが、今となってはその道も海藻や珊瑚に浸食され、海の藻屑になる寸前のように見えた。

「……それにしてもこんなに立派な都市がどうして滅びたりしたんだろう……」

 沈黙が徐々に重くなり、わたしはぼそりと呟いた。ここはハーディーが言ったように、蜃気楼の中に迷い込んだような錯覚を起こさせる。現実の時間とはかけ離れた時間に取り残され、静かに終わりを待つようなもの悲しさがある。これだけの規模の都市が何故うち捨てられたのか。誰も顧みる者がいなかったのか。考えれば考えるほど疑問が増す。この場所は人間が精霊から奪った都だとあいつは言っていたけれど、そのことと何か関係があるのだろうか。

「……聞いても教えてくれないわよね、きっと」

 海蛍が青い燐光を放ちながらわたしと女の人の間を浮遊して行く。非現実的な風景の中を歩みつつ、わたしは前を行く人の背中を見つめた。

 この人は一体誰なんだろう。外見は多く見積もっても二十代半ばくらいだ。古の建物群には他に人のいる気配がないのに、何故この人は一人でこんな場所にいるのだろうか。

「到着いたしました」

 物思いにふけっていたとき、突然前を行く人の歩みが止まった。つられて立ち止まり、辺りを見回す。建物群はいつの間にか後方へ遠ざかり、外れにある広場に出たようだった。

「二つ目の試練はこちらから受けて戴きます」

 振り返り、背後へ手を差し伸べる案内者。そこには『孤影の碑』と同じような彫刻が施された水晶の扉があった。時折翡翠色に輝いて見えるその扉はほんの少しだけ内側に開いている。不思議なことに扉自体は向こう側が透けて見えていたが、開いた部分には闇が凝り、先に何があるのか全く見えなかった。

「二つ目の試練って、試練はその後幾つあるの?」

 答えてくれるかはわからなかったが一応尋ねてみる。と、女の人はわたしの目を真っ向から見返して答えた。

「表向きには後一つ。望む者には後二つ」

「内容は?」

「現時点ではお答えできません」

 感情を一切廃した無表情の案内者に溜め息を吐く。何だか人形を相手に話をしているみたいだ。

「他に何か質問はございますか?」

 問われてわたしはしばらく考えた。ここまでの経緯を考えるに、この人は本当に必要なことしか答えてはくれないだろう。となると、聞けることは限られてくる。

「……二つ目の試練の内容は?」

「精神に関するものです」

 詳細を説明するつもりはないようで、彼女はそれ以上答えなかった。とにかく今は二つ目の試練に挑むしかないらしい。

 わたしは扉の前に歩み寄るとその取っ手に手をかけた。ひんやりとした感触が右手に広がる。それをゆっくりと押し出し、わたしは扉の中へ足を踏み入れた。扉は侵入者を受け入れるや否や静かに閉まり、わたしを暗闇の中に閉じ込めた。

 つかの間、わたしは上も下もわからない暗闇の中でじっと目を懲らしていた。だが、唐突に強烈な目眩に襲われ、あえなく意識を失った。

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