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気ままに行こう!  作者: 空魚
失われた都
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失われた都-2

 その場所に辿り着いたのは月が天頂にさしかかる頃だった。海は比較的穏やかで、月光を反射して銀の砂粒を闇の中にこぼしたように見える。冷えた夜風が海から吹き付け、髪を揺らした。

「ここが『孤影の碑』」

 そこは岬の先端に海風に削り取られたような細長い岩がある以外、これといった特徴もない場所だった。ただ、月光に照らし出されたその様は海に身を投げようとしている人の後ろ姿にも似ていて『孤影の碑』と呼ばれるにふさわしい雰囲気を醸し出していた。

 岩に歩み寄って尋ねると、マリンはその岩の根元部分に腰を落として答えた。

「ええ。ここには昔から様々な逸話が残されています」

 言いながら、地面の砂を手で払いのけるマリン。わたしは背後からそれを覗き込んだ。

「手形?」

 砂の下から現れたのはわずかながら人工物の形跡をとどめる石版だった。石の表面には幾つかの小さなくぼみと複雑な幾何学模様が刻まれている。だが、そのほとんどの部分は風化し、平らにすり減っていた。

「そう。それは一種の鍵」

 振り仰ぐとハーディーは微かな微笑みを浮かべた。

「レン、そのくぼみに手を合わせて」

 視線を戻し、改めてそのくぼみを見やる。どれだけの人がここに手を置いたのか、その部分だけは摩耗して艶を放っていた。

「どうぞ」

 マリンがわたしに場所を譲るため後ろに退いた。わたしは石版の前に進み出ると、くぼみにそっと右手を置いた。

「えっ……」

 途端、胸の辺りがカッと熱くなった。無防備だっただけにそれはひどく衝撃的で、一瞬目の前が真っ白になる。現状を把握しかね、わたしは目を見開いた。

「嬢ちゃんっ!」

 ゼンが叫ぶ。が、それも霞んでしまうほどの質量の翡翠色のまばゆい光が目を襲った。石版の幾何学模様の上にその光は走って行く。崖上の地面に広範囲に渡って広がって行く光に、マリンが戸惑うように「レンさん!」と名を呼ぶのが聞こえた。

「マリン、下がって!」

 目眩ましを喰らって目を細めながらも、わたしはマリンを後ろへ下がらせた。光は初めの輝きは失ったものの、幾何学模様の上を滑るように流れている。風になびく薄手の羽衣のようなそれは、何かの意志を持つように脈動していた。

「レン、来るよ」

 背後からハーディーの忠告が聞こえた。聞こえたと同時に、目に見えないほどの早さで何かが肩の上に突き出された。

「わた、し?」

 目にしたものをどう受け止めていいのか困惑する。が、そいつは考える間を与えず、突き出した短剣を水平に薙いだ。慌ててその攻撃を避けると、すぐに次の一打がわたしを襲った。

「……っ」

 削げた髪が宙を舞う。突然現れたそいつは無言で次々と攻撃を仕掛けてきた。わたしは後ろへ押されながら相手の様子をさぐった。

 わたしと全く同じ姿をしたそいつは攻撃パターンまで丸写しだった。違いがあるとすれば動く度にその輪郭がぶれることぐらい。体は光の粒子で構成されているようで、夜にも関わらずぼんやりと浮き上がって見えた。けれどそれは単純な幻ではない。攻撃を避けきれずに手傷を負い、わたしは自分も短剣を抜いて応戦した。

「おい、ハルディクス。これはどういうことだ」

 ゼンが苛立ち紛れにハーディーを問い詰める声がする。

 偽者(コピー)の短剣を弾き、わたしは相手の間合いに入り込んだ。が、読まれていたのか胴を蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられる。強かに打った左手に鋭い痛みが走ったが、構わず体を起こす。乾いた土の匂いが鼻梁に流れ込んだ。駆け寄る攻撃者の姿が目の端に映る。態勢を整え、相手を迎え撃つ。

「すでに試練は始まっているのさ」

 ハーディーが答える声が海風に乗って聞こえてきた。なるほど、そういうことか。

 得心し、わたしは素早く繰り出される多重攻撃を受け流しながら相手の隙を窺った。自分の動きを客観的に見るなんて不思議な感じだ。脇の甘さや不十分な足運び。スピードだけに重点を置いた攻撃。思った以上に残念な動きにいたたまれなくなる。

「レンさん、頑張って!」

 マリンの声援が飛ぶ。

 額に浮いた汗を拭うこともせず相手に切り込む。偽者が見せる動きの至らなさに気を配りながら。が、同時に相手の行動パターンも変化し始めた。格段に動きの粗が少なくなる。こいつ、わたしの動きを完璧に反映しているのか。苦々しく感じながらもわたしは攻撃を重ねていった。互いに一歩も譲る気配はない。わたしと偽者の戦闘は平行線をたどった。

「……ったく、キリがないわ」

 いい加減しびれを切らし、足を大きく踏み出す。同じタイミングで攻撃を仕掛けてきた相手の切っ先を真っ向から受け止める。激しい鍔迫り合いに歯を食いしばりつつ、さらに一歩、足を前に踏み出した。と、不意に相手の力がそれ、わたしは前のめりに倒れかけた。バランスを崩したところへ偽者の短剣が振り下ろされる。

「嬢ちゃん!」

 すんでのところで攻撃をかわし、わたしは地面を転がった。手早く火球の呪文(スペル)を唱え、相手に向かって解き放つ。

「嘘!」

 だが、炎は思うような軌道を描かなかった。螺旋を描いて夜空に消えゆく炎を呆然と見やる。その隙を突くように間合いを詰めた偽者はそれまで無表情だった顔にうっすらと笑みを浮かべた。

「まさかこいつ」

 はたと気付き、顔をしかめる。こいつはわたし自身だ。炎の精霊がわざと火球の軌道をそらしたことからも間違いない。

「あんたは何のために力を得るの?」

 偽者は忍び笑いを漏らしながら短剣を振るった。生身のわたしとは違い、一向に体力の衰えを感じさせない。

「誰のために戦うの?」

 一撃ごとに問いかけられる言葉。

「いい格好したいだけじゃないの?」

 心を貫こうとする言葉の攻撃。

「命を削ってまでそうする価値はあるの?」

 防戦一方のわたしを嘲笑うかのように詰問が続く。

「本当は誰もあんた自身を必要としていないとわかっているんでしょう?」

 刃を押し合いながら、わたしと偽者はにらみ合った。

「あんたの苦しみは全てわたしが請け負ってあげる。だから入れ替わりましょうよ。ね、いい提案でしょ?」

 その問いかけはわたしの弱さから出た言葉だった。けれど、その提案を受け入れるわけにはいかない。今入れ替わるなら、何故あの時生き残ったりした?

 渾身の力を込めて相手の短剣を弾き飛ばす。次いで足を払い、自分の弱さをその場に叩き伏せる。

「そんな提案、飲めるわけがない」

 荒く息を吐き、短剣を振り上げる。わたしは怯えたような表情でわたしを見た。

「入れ替わらなくたってあんたはわたしだわ。自分が誰かわからなくて不安で不安で仕方がなくて……どこかに自分の居場所を見つけようと必死で……」

 顔を歪め、今まで目をそらしていた感情を吐露する。

「それでも、誰かにそれを委ねるなんてできない。自分でつかみ取らなきゃ意味がないのよ」

 わたしは腕を下ろすと、自分に言い聞かすように訴えた。

「たとえそれが苦痛を伴う結果に結びついても、自分から諦めたりしたくない」

 顔を歪めながらも笑ってみせる。

「あんたはバカよ。これからが本当の受難の時なのに」

 苦笑を浮かべ、もう一人のわたしは寄り掛かるようにわたしの体に折り重なった。そしてそのまま唐突に姿を消した。登場したときと同じように。

「レンさん、お怪我はありませんか?」

「嬢ちゃん、無事か?」

 マリンとゼンが口々に安否を尋ねながら駆け寄ってくる。わたしは三人の方へ向き直ると気持ちを切り替えるように小さな溜め息を吐いた。

「大丈夫よ。ほとんど傷も負わなかったし」

 心配そうな表情を浮かべる二人に何とも言えない温かな気持ちが湧く。家族がいたらこんな気持ちになるんだろうか……って、そう言えばわたしの家族って今、どうしているんだろう?

「レンちゃん、お疲れさま」

 二人の後ろから現れた男の声が考えを遮った。何事もなかったようなハーディーの顔を見据え、わたしは口を開いた。

「ハーディー、あれは何だったの?」

「アレはシャグシェルシーに踏み入るための最初の試練さ」

 ハーディーはそう答えて海の方へ顔を向けた。

「ほら、扉が開く」

 具体的な説明をしないハーディーに若干苛立ちを感じつつも、促されるままに海の方へ目をやる。すると、それまで波打っていた光が一直線に海に向かって走り、岬の先端に至るや否やそれが四方八方へ散った。散った光は虹色に輝きながら風に乗って吹き渡り、水平線の彼方におぼろげな街の幻影を形作った。

「あれが、シャグシェルシー」

 そう呟く間にも光は再び岬の先端に収束して弧を描き、細い岩を七色の光の粒子で彩った。それは岩の頂点に達すると、そこからしだれ落ちて海と陸との境界に光の渦を生み出した。

「……これが扉か?」

 ゼンが前に進み出て光の渦に触れようとする。が、ゼンが近づけば近づくほど光は強くなり、威嚇するようにさざめいた。

「ゼン、ここから先に立ち入ることができるのはレンだけだ。不用意に近づけば吸収されるよ」

 にっこり笑いながら恐ろしいことをゼンに忠告するハーディー。巨躯の男はそれを聞いて動きを止めた。

「何だと?」

「シャグシェルシーは足を踏み入れるにふさわしいと判断した相手にしか扉を開かない」

 ハーディーはあっさりそう答えた。が、そこまで知っていてどうして何も説明してくれなかったんだ。

「わたしがアレに触れたら何が起こるか知っていて隠してたでしょ」

 ハーディーを睨め付ける。と、黒衣の男は悪戯が見つかった子供みたいに小さく肩をすくめた。

「レンさん、ハルディクス様は意地悪して教えなかったわけじゃないと思いますよ。詳細を知れば人はその対策を考えます。考えることは大切ですけれど、その時々の判断が何よりも大切な時もある……これはそういう類いのものだったのでしょう」

 確かに一理ある。マリンのフォローにウンウンと頷いているハーディーは癪に障るけれど。

「ま、いいわ。扉は無事開いたようだし」

 表情を引き締め渦を巻く光の集合体に向き直る。

「それじゃ、行ってくる」

 そう言い置き、わたしは背中に応援の言葉を聞きながら失われた都シャグシェルシーへ向かって歩き始めた。

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