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気ままに行こう!  作者: 空魚
王座の影に巣くう者
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王座の影に巣くう者-3

 地下通路はいざという時のための避難経路であるらしかった。床は歩きやすく加工され、順路に複雑さはない。灯石の光を頼りに用心しながら歩を進めたが、主立った障害に遭うことなく城側の扉の前へ辿り着くことが出来た。

 神殿と同じ造りの階段を登りながら、わたしはまず先ほど光を見た場所を目指すことにした。あれが何かはわからないが、ガルディナの異変に一役買っていることはほぼ間違いないだろう。

 階段を駆け上がると粗末な造りの引き戸が目の前に現れた。誰にも悟られぬよう静かに開いたが、戸の向こう側は何か大きな物にふさがれていた。一瞬戸惑う。けれど、わたしはすぐさま思い直した。非常経路を頑丈にふさぐことはないはず。出口をふさいでいる物の表面を手探りで調べると、隠し扉はすぐに見つかった。

「当たりね」

 そっとそれを左右に開く。すると何か柔らかな物が手に触れた。

「……クローゼットか」

 甘い香りが鼻腔をくすぐった。ドレスに染み込んだビターオレンジの匂いだ。

 人の気配がないのを確認し、わたしは部屋の中へ忍び込んだ。クローゼットやチェストが所狭しと並べられているところを見ると、どうやらここは衣装部屋らしい。確かにここならいつだって物が溢れかえっているし、何かを隠すにはうってつけなのかもしれない。

 灯石を小物入れの中へ戻し、部屋の中の暗さに目を慣らす。月明かりでも物の判別が出来るようになってからわたしは窓の外を確かめた。厩舎や小規模の礼拝堂、主塔などの特徴的な建物が月影に照らされているのが見える。そこから今いる場所のおおよその方角を割り出し、わたしは部屋を出た。

 廊下は静まりかえっていた。衛兵の一人や二人、見回りをしていてもおかしくないのに人の気配が全くない。

 無言で廊下を駆け抜け、わたしは光が見えた部屋へ向かった。誰とも顔を合わせないのが反って不気味に感じる。城の人間はどこへ消えたのだろう。

 走って行くうちにあの光が廊下の窓からも確認できるようになり、わたしはそれを極力見ないようにしながら足を速めた。しかし光には魔力が宿っているらしく、見ないようにしても蜘蛛の糸のように目の周りに纏わり付いた。

 やがてわたしは光の発生源の部屋に辿り着いた。息を整える間もなく扉の取っ手に手をかける。部屋の扉には鍵がかけられておらず、外側に引くと易々と開いた。

「やはり来たか」

 けれど、そこには思いがけない先客がいた。

「あの時は取り逃がしたが、今度はそうはさせん」

 口端をニィッと吊り上げ、そいつは腰の長剣を抜いた。背後の装置が発する金の光を受け、手にした刃がキラキラと輝く。

「誰? あんた」

 わざとすっとぼけてみる。が、覚えていないはずがなかった。そいつはマリンのいる森を通った際、危うく殺されかけた相手だったのだから。

「レン=シュミット。無駄話は無しだ」

 そう告げると同時に男は間合いを詰めた。わたしは素早く短剣を抜いてそれに応じると、一撃目を受け流しながら相手の懐に入った。

「甘いな」

 すぐに攻撃範囲から逃れて長剣を振るうスペースを確保する男。体を翻し、そのまま突きが繰り出される。しかし、不安定な態勢からの攻撃に大した威力はなかった。わたしは男の剣を難なく弾いた。相手の態勢が崩れる。その隙を逃さず、わたしは反撃にかかった。

「どっちが甘いのかしら」

 素早く火球の呪文を唱える。男はそれに気付き、魔法から逃れようと体をよじった。だが、逃れる隙など与えるつもりはない。迷わず炎を放つ。紅蓮の炎が部屋の内装ごと男がいた周辺を抉った。それは轟音を立て、壁を突き破りながら城の外へ疾走した。質量を失った空間に爆風が吹き込む。その衝撃を受けて金色の光を放つ装置はガタガタと悲鳴を上げた。

「これでしばらく時間が稼げるわね」

 瓦礫と共に男が落下していくのを確認し、わたしはホウッと溜め息をついた。この間と違って睡眠も食事も充分取ってある。体が資本って言葉を痛感するばかりだ。

 邪魔者がいなくなり、わたしは改めて光を放つ装置に向き直った。それは金属製の土台の上に巨大な透明な玉を戴いた、今まで見たこともないような代物だった。

「何なんだろう、これ」

 よく見ようとしても精神に干渉するような魔力が気にかかり、なかなか上手くいかない。とはいえこれをこのままの状態にしておく訳にもいかず、わたしはその装置を破壊することにした。

 火球を唱えて金属製の土台に一撃を放つ。炎が土台と球体をつなぐ要を破壊した途端、それはあっけなく光を失った。あまりにもあっさりとした幕引きに、わたしはこれで本当によかったのかどうか不安になった。

 光を失った装置を見上げる。と、それまで光に包まれて見えなかったものが透明な玉の中に浮かび上がり、わたしは愕然とした。

 それは年若い女の亡骸だった。悲痛な表情を浮かべ、内側から球体の壁に手を叩きつけような格好のまま凍り付いている。息を呑み、わたしは思わず後ずさった。

 人の命を媒介にして発動する魔法の存在を思い出す。非人道的なそれは禁呪の中でも特に忌避される魔法の一つだ。

 胸に湧いた嫌な予感に駆り立てられるようにしてわたしは王の私室へ急いだ。

 既に手遅れかもしれない。それでも王の無事を確かめずにここを立ち去ることは出来ない。

 幾つもの扉の横を通り過ぎ、その部屋の前に到着する。そこでわたしを出迎えたのは六つの人影だった。兵士の姿はしている。王の親衛隊のような……けれど人の気配は、ない。

「……人間、やめたのね」

 呟くと、その音に反応して兵士達は無言でわたしの方を向いた。焦点の合わないうつろな目。視線は何処を向くともなく泳いでいる。彼等は思い思いの武器を手にしていたが、いずれも重そうに床に引きずっていた。

 背筋がゾクリとした。人の形をしているからこそ、それはより嫌悪感を誘発した。

 兵士の形をしたモノの一人がわたしに向かって剣を振り上げる。わたしは力任せに振り下ろされた剣を弾き飛ばし、それを切り伏せた。大理石の床に湿り気を帯びた音を立て、かつては人だったモノが崩れ落ちる。仲間が切り捨てられたというのに、他の兵は激昂するでもなくゆらゆらとわたしに近づいてきた。既に彼等には意志がなかった。

 苦々しい思いが胸に広がる。けれど、わたしに出来ることは彼等に安らかな死を与えることだけだった。

 一方的な戦闘を終え、わたしは部屋の扉に手をかけた。

「陛下、失礼します」

 扉を開け声をかけると室内で人の動く気配がした。

「その方……レン=シュミットか」

 部屋の中央にある天蓋付きの大きなベッドから声は聞こえた。王はすぐさま上半身を起こし、サイドテーブルのランプに灯を燈した。王の健在を知り、わたしはホッと胸を撫で下ろした。

「何用がありここへ戻った」

 だが、王の声は固く、その視線は厳しく細められていた。わたしはあの手配書のことを思い出すと、その場で膝を折り礼を取った。

「陛下、わたしはスペイリー姫をさらってなどいません」

 王が近寄るのを感じ、わたしは顔を上げた。睥睨する王の目をまっすぐ見返す。

「そんなことは承知している」

 王は小さく首を振るとその双眸に絶望の色を滲ませた。相手の真意を察することができず眉根を寄せると、壮年の男は声を震わせて絞り出すようにして言葉を紡いだ。

「一刻も早くここを立ち去れ。そしてもう戻るな。ガルディナは終わりだ」

 王が踵を返した丁度その時、正面の窓に巨大な羽を広げた人影が映った。そう認識するや否や窓が割れ、部屋の中に砕けた硝子の欠片が降り注いだ。

「……我が王よ。助太刀いたしましょう」

 低い声が硝子が割れる音と混じり合う。わたしは窓辺に立った半人半妖の男に向かって咄嗟に武器を構えた。

「ディノーバ。貴様、恥を知れ」

 王は男の登場に動じることなく憤りを顕にした。だが、ディノーバと呼ばれた男は小さく笑った。

「この姿、お気に召しませんでしたか」

 巨大なコウモリの翼を折りたたみ、男は続けた。

「十余年の主従関係。悪くはありませんでしたよ」

 王はその言葉を聞くと肩を怒らせ、夜着に忍ばせていた懐刀を手にディノーバに斬りかかった。

「貴方にはまだ利用価値がある。少しの間、ご退場願おう」

 だが、ディノーバが王に向かって腕を掲げた途端、王はその場にくずおれた。その体を抱え上げると男はその体をベッドの上に横たえた。

「何をしたの」

 鋭く尋ねると、奴はゆっくりわたしの方へ向き直った。

「他人の心配をしている場合ではなかろう」

 腹の底からくぐもった笑い声を上げながらディノーバは一歩、また一歩とわたしに近づいた。

「レン=シュミット。お前にはここで消えてもらう」

 男は素手のまま拳を振り上げた。まさかそのまま攻撃してくるとは思わず、わたしはついその拳を短剣で受け止めた。だが、刀身に沈むはずの肉はそこになかった。衝撃に腕の皮が剥げ落ち、その下から繊毛の生えた黒い爪が覗く。

「……冗談じゃないわ」

 力を逸らしてディノーバの脇へ回り込み、わたしは相手の弱点を探った。先ほどの火球のダメージが残っているらしく相手の動きはそれほど速くはない。

「消えるのはあんたの方よ!」

 素早い動きで相手を翻弄しながら先ほどの火球で損傷したと見られる防具の穴を突く。鈍い感触と共にヌラヌラとした体液が短剣を握る掌に纏わり付いた。

「クゥッ」

 うめき声を上げるディノーバ。わたしは畳みかけるように男を窓際へ追い詰めていった。

「これでおしまいね」

 短剣を相手の首筋に押しつける。わたしは勝利を確信して掌に力を込めた。

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