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気ままに行こう!  作者: 空魚
賞金首になったわたし
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賞金首になったわたし-4

 心地よい鳥のさえずりに起こされ、わたしは朝を迎えた。

「んーっ」

 よく寝たな……って、何か後頭部が痛いんだけど。

 湿った堅い床を頬に感じ、慌てて体を起こす。その拍子によどんだ空気を吸い込み、思わずくしゃみが出た。

「牢屋、よね」

 鼻をすすり上げながら辺りを見渡し、わたしは顔をしかめた。荒く削られた石造りの床と壁。入り口にはご丁寧にも鉄格子がはめ込まれていた。近寄って思いっきり揺すってみたがビクともしない。その上、魔法封じの仕掛けが施してあるらしく、触れた部分に魔力の流れを感じた。

「……そっか、わたし捕まったんだっけ」

 昨日の出来事を思い出し、わたしは項垂れた。途中までは楽しい気分だったのにこんなことになるなんて。

 わたしは脱力し、奥の壁にもたれ掛かって座った。

「ゼンの奴、どうしたかな」

 ぼんやりと昨日まで一緒に行動していた連れのことを思い出す。記憶をなくしてからずっと一緒に行動していただけに、いざ一人になると少し心細い。考えてみればわたしには家族の記憶も故郷の記憶もない。完全にこの世界から孤立した存在だ。突き詰めれば人は誰だって一人なのかもしれないけれど、思い出す過去さえないのは心細さに拍車をかけた。

「……さすがに牢屋にいるとは思わないわよね」

 溜め息を吐き、わたしは改めて牢の中を見回した。

 結構丈夫そうな造りをしている。壁にはどこにでもあるようなゴツゴツした玄武岩が使われていた。隙間は漆喰で埋めてあり、わたしの背では届かないくらいのところに窓が一つある。朝日が差し込んでいるところを見るとこちらが東の方角か。窓にも鉄格子がはめ込まれているらしく、床に移った影はゼブラ模様になっていた。

 他には……そうそう、格子の向こう側に見張りが二人いる。とは言っても、まじめに監視しているわけではない。二人とも筆記机に突っ伏し、高いびきをあげて眠りこけていた。

「町ぐるみの罠だったみたいね」

 牢屋は、普段自治のために使われている施設のようだった。見張りの二人も防具らしい防具を身につけておらず、一般人のように見える。恐らく彼等の狙いはわたしに懸けられた賞金だったのだろう。百五十万ゴルは国家予算には遠く及ばないけれど、普通の宿場町にとっては大層な額だ。ホセのようなそこそこの規模の町は維持費を工面するのが大変だと聞いたことがある。

「どうにかしてここを出ないと」

 誰に聞かせるともなく呟き、わたしは昨日のおふれの内容を思い浮かべた。賞金首のふれはガルディナ国王直々のものだった。わたしはこの町の人達に連行されることになるだろう。不名誉なレッテルと共に。

 このままでは非常にまずい。ホセから逃げ出すのは当然として、真実をガルディナ王に伝えなければ一生追われる身になってしまう。

 再び立ち上がり鉄格子を握る。わたしの魔力に反応して格子からは反発するような力が発せられた。魔力の増幅装置も仕込まれているらしく、掌に力を込めれば同じ強さで力を返してくる。安易に魔法を使えばダメージを食らうことになるだろう。どうやらこの格子は外から開けさせる必要がありそうだ。

 わたしは平和そうに眠りを貪っている二人に視線を向けた。おそらくこの二人の内のどちらかが鍵を持っているに違いない。

「ねえ、ちょっとそこのお二人さん。顔が洗いたいんだけど」

 そう思って声をかけたが、二人が起きる気配はなかった。声が届かなかった可能性もあり、わたしはもう少し大きな声で呼びかけることにした。

「起きなさいよ! このナマケモノ!」

 声を張り上げるとようやく片方のお兄さんの体が動いた。

「ん? 何か言ったか、おい」

 顔を上げ、もう片方の男に不機嫌そうに問いかける痩せ細った男。そいつは乱暴な手つきで相方の髪を掴むと、無理矢理顔を上げさせた。

「ヨルグ、痛い。俺、何も言ってねえ」

 悲痛な声を上げながら、太った方の男も目を覚ます。ヨルグと呼ばれた男は「ああ、そうかい」と答えるとすぐさまその手を離した。急に支えを失い、太った男は顎を机の上に強かに打ち付けた。

「わたしよ。ねえ、顔が洗いたいから桶に水を汲んできてくれない?」

 相手の注意を自分に向けるように鉄格子越しに手を振る。ヨルグはそれに気付くと、太った男に付いてくるように合図し、わたしが捕らえられている牢の前まで歩いてきた。

「お前か。図々しい奴だな」

 背の高い鉛筆のような男はじろりとわたしを見下して続けた。

「貴様のような悪党にやれるような水は一滴もねえよ。自分の小便で洗いやがれ」

 下卑た笑い声を上げるヨルグ。その後ろにいた太った男は申し訳なさそうに口を開いた。

「でもよ、俺にはそんなに悪そうな人には見えないけどなぁ」

 オドオドとした目つきでわたしを眺める太った男。反論されたことが気にくわなかったのか、ヨルグは相方の男の頭を殴りつけた。

「ヒデ、お前、女ってもんがわかってねえな。女って奴は平気な顔して人を騙しやがる。そもそもこいつはガルディナ王女をかっさらった女だぞ?」

 ヨルグの嘲笑が牢屋の中に響く。ヒデと呼ばれた男は殴られた頭を摩りながら疑わしげな表情を浮かべた。

「お前はまだお坊ちゃんだからわからねえか」

 得意そうに言って痩せ男はヒデの肩をバンバン叩いた。

 そのやりとりに心が冷えていくのを感じながらもわたしは考えを巡らせた。不愉快なことこの上ないがこいつらの性格を利用しない手はない。

「……騙されてるのはあんた達の方よ」

 ヨルグの笑い声がおさまるのを待ってからわたしはぼそりと呟いた。

「何だと? もう一遍言ってみろ」

 いい気分に水を差され、男はわたしを睨み付けた。

「騙されてるって言ったのよ。大方大金に目がくらんでこんなことをしたんだろうけど、今のガルディナにあんな金額を払う余裕なんてないわ。連れて行っても『はい、ご苦労様』って追い返されるのが関の山よ」

 ウェルネスさんの城で見た水鏡の映像を思い出しながら断言する。国の経済活動が停滞しているのにたかだか一人の賞金首にあんな金額を払えるわけがない。

「うるせえ。そんなこと言って、お前、俺等を騙すつもりだろ」

 鉄格子を蹴り飛ばすヨルグ。わたしは咄嗟に格子から手を離して一歩下がり、影の中から相手を見据えた。

「騙す騙すって、そんなにムキになるぐらい手酷く騙されたことでもあるの?」

 相手の苛立ちを誘うようにわざと挑発的な態度を取る。

「どうせ騙されたと信じてるだけで自分の非が認められないだけでしょ。あんたの態度を見てればわかるわ」

 ヨルグの瞳に紛れもない怒りが宿った。

「……減らず口を叩きやがって」

 卑屈そうな顔が歪み、憎しみがむき出しになる。

「ヒデ、鍵を開けろ」

 さっきと打って変わって静かな声音にヒデは体を震わせた。

「早くしねえか!」

 激高し、ヨルグは突っ立ったままの相方を蹴り飛ばした。太った男は小さな悲鳴を上げながら鉄格子にぶつかり、震えながら格子の扉を開けた。

「後悔しても遅えぞ」

 怒りと欲望に目をギラつかせながらヨルグは牢の中へ滑り込んだ。

「ヒデ、こいつが逃げねぇようにそこにいろ」

 すっかり萎縮し、ヨルグの命令に無言で頷くヒデ。痩せ男は唇を舐めニタリと笑った。

「生意気な女をおとなしくさせる方法を教えてやるよ」

 扉を開けさせるのには成功したが、また違った災難が身に降りかかりわたしは顔をしかめた。この場所は狭い。魔法封じの仕掛けはまだ有効だろうし、魔法も使えない。短剣を抜こうとしてわたしはそろりと腰に手をやった。

「こいつをお探しかい?」

 だが、本来腰にあるべきものはヨルグの懐の中にあった。男は短剣を懐から取り出すと、二、三度わたしの目の前で揺らしてから鞘ごと牢の外に放った。短剣は堅い音を立てて床に落ちると、弧を描きながら牢から離れた通路の方へ滑っていった。

「武器のことを忘れるたぁ、間抜けだな」

 言葉と同時に勢いよく飛びかかってきたヨルグの当て身をかわし、わたしは右へ飛んだ。

「逃げるなよ。仲良くヤろうぜ」

 ニタニタ気色悪い笑みを浮かべながら、わたしの腕を掴もうとしてくるヨルグ。捕まったら最後、何をされるのかは想像が付く。わたしは素早く身をかわしてその腕から逃れた。

「死んでもごめんだわ」

 もっとも、痩せ男の動きは傭兵とは違い鋭さも早さもない。隙だらけだったこともあって、相手の動きはいくらでも避けられた。そのため、持久力のないヨルグは次第に肩で息をするようになり、動きはあからさまに鈍くなっていった。

「そこ、どいてくれる?」

 とうとう尻をついたヨルグに背を向け、わたしは扉の前に立ちふさがったヒデに声をかけた。このお兄さんはわたしを捕らえたことに後ろめたさを感じているようだった。話せばわかってくれる可能性は高い。

「わたしはこれからやらなければならないことがあるの。身に覚えのない濡れ衣を着せられて、それに甘んじているわけにはいかないわ」

 まっすぐ相手の目を見ながら真剣に訴える。ヒデの瞳に迷いが浮かんだ。

「わたしはスペイリー姫をさらったりなんかしていない」

 後一押し、とばかりに強い口調で言い放つと、ヒデの体がビクリと痙攣した。太った男は判断がつかずにそわそわと牢の中を見回し、答えを求めるようにヨルグの方へ視線を向けた。

「ヒデ、騙されるな。そいつは魔王の女だぞっ」

 けれど、わたしの思惑はものの見事に外れた。ヨルグのとんでもないデタラメを聞いてヒデの顔色が変わる。太った男は想像もつかなかった速さでわたしの腕を捕らえると、床に体を組み敷いた。

「お前、俺を騙そうとしたな」

 見開いた目がぎょろりと動き、ソーセージのようにむくんだ指がわたしの顎を掴んだ。

「違――」

 否定しようとするが、喉が圧迫されて声が出ない。わたしは空気を求めて喘いだ。

「思い知らせてやる」

 肩を床に力任せに押し付けられる。変な風に力をかけられたため、関節に痛みが走った。どうしようもない苦痛に涙が滲む。

 こんな時にどうしてあいつはいないんだ。肝心な時に近くにいなかったら頼りようがないじゃないか……って、あいつって誰だ?

 けれど、その記憶のほつれについて考える時間的な余裕はなかった。視界の端でヨルグがふらりと立ち上がったのが目に入り、わたしは絶望的な状況に青ざめた。

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