賞金首になったわたし-3
ホセに到着したのは夜中になってからだった。時間は遅かったけれどそれなりに明るい雰囲気の町にわたしはホッと胸を撫で下ろした。
町を貫く街道の脇には武器屋、防具屋、道具屋などの看板が並び、そのところどころには宿屋の看板がある。宿の中には既に扉を閉ざしているところもあったが、夜遅く町に到着する旅人向けの宿屋はまだ扉が開いていた。
未だにゼンとははぐれたままだ。けれどあいつが簡単に殺られるとは考えにくい。きっと道にでも迷っているのだろう。ゼンはわたしがホセに向かうことを知っているわけだし、そのうちひょっこり顔を出すはずだ。
そう考えるとわたしは比較的安価な宿にチェックインし、サッと汗を流してから町の中央部へ繰り出した。何しろこの三日間、乾パンや干し肉くらいしか口にしていない。安くてうまいご飯を提供してくれる居酒屋が恋しかった。
「確か港の近くに繁華街があったはず」
そんなことが頭に浮かぶのは、昔この町に立ち寄ったことがあったからなのかもしれない。何とはなしに懐かしい気もするし。ひょっとしたら、昔行ったことがある場所に足を伸ばすのは記憶を取り戻す近道なのではないだろうか?
そんなことを考えながらわたしは港の方へ向かった。
夜も遅いのに居酒屋通りは人々の賑やかな声であふれかえっていた。店によってはフィドルやバグパイプの楽しげな演奏が聞こえてくる。罵声や嬌声がそこに混じり合い、一種のお祭り状態だ。
わたしはその音色に誘われるようにして一軒の居酒屋に入っていった。
「イラッシャーイッ!」
威勢のいい掛け声がかけられる。店内は熱い空気で満たされていた。海から帰ってきた男達の潮の匂いと、濃い酒の匂い。肉の焼ける匂いや芋の揚がる香ばしい匂い。香辛料の刺激的な匂いがそれらに混じり合って一斉に鼻に流れ込んでくる。
「おう、お嬢ちゃん、一人かい?」
豪快に笑いながらカウンターでエールを呑んでいたおじさんが声をかけてきた。そのおじさんを肘で突き「やめなさいよ」と言って大きな口でにっこりわらうお姉さん。その女の人に「ですよね〜」と明るく合唱する日に焼けたおじさん達。明るい雰囲気に飲み込まれ、わたしは知らず知らずのうちに笑顔を浮かべていた。
「何よ、一人じゃ悪い?」
悪戯っぽく笑いながらわたしは開いている席の一つに腰掛けた。
「悪くないよな!」
さっきのおじさんが店の中にいた十数人の酔っ払い達に声をかける。すると、口々に「ああ、悪くない」、「一緒に呑もうぜ」と声が上がった。
一拍おいて、奥の席に陣取りベレンベレンに酔っ払った男がふらっと立ち上がった。
「そんなぁことを、言ったぁ、おめぇが悪い! 罰としてぇ、全員に奢れ」
手をふらふらさせ、ろれつ怪しく言い切る。その滑稽な様子に店内はドッと湧いた。
「何にする?」
カウンターに立っていたマスターはやりとりが一段落するのを見計らってわたしに声をかけた。ざっとメニューに目を通し、わたしはその中から早くできそうなものを幾つか注文した。
しばらくすると艶やかな塩ダレのかかったシープの串焼きやケッホの炭火焼き、オムオンスープに冷やしマトマの輪切りがわたしの前に並んだ。湯気を立てる料理なんて久しぶりに見た気がする。かぐわしい香りが嗅覚を刺激した。
「お嬢ちゃんは何だ。どこかで見たことがあるな」
そのおいしさに感動しながら食事に専念していたところ、さっきのおじさんが椅子ごとわたしの側へ寄ってきた。わたしは指に付いた串焼きのたれを舐め取り、そのおじさんの方へ向いた。
「そう?」
陽と潮に焼け、深い皺を刻んだ赤黒い顔をまじまじと見やる。記憶のどこかに引っかかるかもしれないと思ったのだ。相手も同じようにわたしを見つめた。
「藍色の髪にハシバミ色の瞳。白い鎧……」
酔いが回って頭がしっかり働かないらしくおじさんは考え込むようにこめかみに手をやった。だが、後ろから誰かが「レン=シュミットじゃねえか?」と言った途端、ピタリと喧噪が止んだ。
わたしは突然その場を支配した緊迫した空気に本能的に危機感を覚えた。刻一刻と過ぎていく中、それは次第に敵意へと変わってゆく。
「捕まえろ!」
また別の方から声が上がった。緊張が破られ、店内のおじさん達はわたしに襲いかかってきた。
「冗談じゃないわ!」
お酒を口にしていなかったことが幸いした。わたしは鈍い動きで押し寄せたおじさんの体を力一杯蹴飛ばすと、そこに出来た隙を突いて飛び出した。脇目も振らず店の外へ向かう。
「逃がすな!」
後ろから怒号が飛んだ。それを合図に幾つかの人影がわたしを追ってきた。訳がわからないままわたしは闇雲に町の中を駆け出した。
「何なのよ、一体!」
町中を逃げていくうちにわたしを捕まえようとする人の数は増えていった。騒ぎを聞きつけた人が加わったのだ。
状況は芳しくなかった。地の利も相手にある。
それでも捕まるまいとわたしは疲労の溜まった体を酷使して走り続けた。幾つもの曲がり角を抜け、重い足にムチを打つようにして駆けてゆく。と、通り抜けようとした家の壁に信じられないものを目にした。思わず足を止め、わたしは月明かりに照らし出されたその貼り紙を凝視した。
「……嘘でしょ」
我が目を疑いながら呆然と呟く。賞金首の貼り紙がそこにはあった。
「『この者、魔王ウェルネスと結託し、スペイリー姫を拐かした張本人である。この者を捕らえたあかつきには金百五十万ゴルを賞金として遣わす。なお、その首を献上した場合はその半金とする』」
書かれていた内容を読み上げ、わたしは唇を戦慄かせた。一瞬頭が真っ白になった。
「いたぞ。こっちだ」
再び声が上がり、困惑したまま走り出す。
貼り紙に書かれていた内容は全てデタラメだ。けれどこんなおふれを何故ガルディナ国王は発布したんだ?
わたしは困惑と疲労のあまり注意力散漫になっていた。その上、先ほど夕食を食べたばかりだったせいもあり、吐き気まで込み上げてきた。身を隠せる場所も見当たらない。焦燥感ばかりが募ってゆき、わたしは一層追い詰められていった。
だから、わたしは気づかなかった。袋小路に誘い出され、逃げ場を失ったことに。
「悪いな、お嬢ちゃん」
背後からさっきのおじさんの声がした。と同時に首筋に手刀が打ち込まれ、意識は闇に呑み込まれた。