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気ままに行こう!  作者: 空魚
賞金首になったわたし
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賞金首になったわたし-2

 ほとんど死を覚悟したその時、思いがけない救いの手が差し伸べられた。

昏倒(フォール)!」

 声はすぐそばで聞こえた。若々しい張りのある女の人の声。声にひるんだのか、首筋に押し当てられた刀身が離れる。

「逃げましょう」

 直後、何者かがわたしの手をつかんだ。

「えっ?」

 何が起きたか理解しないまま、わたしは引きずられるようにして森の中を駆けた。前を走る人物の鞭のような髪が右に、左に揺れる。月光に反射して絹のように滑らかに光りながら。

「すぐそばに私の家があります。お疲れでしょうが、もう少しの辛抱です」

 その人はわたしを気遣うようにそう告げると、森の中を自分の庭のように走り抜けて行った。彼女が通過する側から木々がわたし達を覆い隠すように枝を伸ばす。まるで意志があるみたいだ。

「つきました。ここです」

 結構森の奥深くに来てから彼女は立ち止まった。けれど、辺りには建物らしい建物はどこにも見当たらない。まさか木のウロを住処にしているわけではないだろうし。

「木しかないんだけど」

「え? ああ、そうでした」

 申し訳程度に尋ねると、彼女は慌てたように胸元からペンダントのようなものを取り出した。そしてそれを目の前にある大きな楡の古木の幹に押し当てた。

「さあ、これでよろしいですわ」

 彼女が触れた途端、楡の木は大きくその身を揺すった。枝が力強く空に向かって張り出す。蛍の光のような淡い光を放つものがふわりと足下から飛び立ち、辺りを優しく照らし出した。その動きに合わせて顔を上げる。と、木の幹が瞬く間に何倍にも膨れあがり、簡素な扉と窓が内側から盛り上がるようにして出現した。

 これ、幻影(ビジョン)の術だ。本来の姿を隠して風景に溶け込ませる、木の精霊との契約による魔法。術者の能力に左右される扱いの難しい魔法の一つでもある。

 ペンダントを元のようにしまうとお姉さんはにっこりと笑った。

「散らかっていますが奥へどうぞ」

 彼女は何事もなかったかのように扉を開くとわたしを中へ招き入れた。

「お邪魔します」

「今火を入れますわ」

 慣れた手つきで壁のランプに火を灯すお姉さん。温かい光がランプの中に生まれたと思った瞬間、部屋の中に吊り下げられていたランプに次々と光が灯っていった。

「……すごい」

 初めて見る仕組みに感嘆の声を上げる。と同時に、ランプが照らし出した室内の様子にわたしは二度ため息をついた。それまで闇に溶け込んでいた場所におびただしい数の薬草や薬瓶、床いっぱいに山積みにされた書物が現れたのだ。壁際に置かれた棚には鳥の羽をあしらった小振りのワンドや何かの動物の骨のような曰くありげな代物が幾つも並べられている。

「こちらへどうぞ」

 淡い水色のローブを着たお姉さんは上から羽織っていた青いショールを帽子かけにかけると奥の部屋に入っていった。わたしは物珍しげに部屋の中を眺めながら彼女の後に続いた。

「そこの椅子に腰掛けてお待ちください。今お茶でも入れますから」

 通された部屋にも本の山や鉱物の標本などが所狭しと置かれていた。中央には乾燥ハーブに埋もれた小振りのテーブルが据えられている。『そこの椅子』と言われたものはすぐには見当たらなかった。何しろそれは本の山の中に埋もれていたのだから。

 本を机の上の空いている部分に何とか乗せ、使い込まれて艶を帯びた丸椅子に腰掛ける。わたしは疲れがたまってむくんだ足をさすりながら部屋の中を見回した。壁は太い木の枝が絡み合ったような風体で、奥には同じような作りの階段も見える。まるで木々がわざわざ彼女のために心地よい住空間を提供しているかのようだ。

「お待たせいたしました」

 薬っぽい香りがしてきたなと感じて間もなく、彼女は木のトレイを持って戻ってきた。

「ちょっと癖がありますけど、お疲れのときにはこれがききますわ」

 お姉さんはそう言って茶褐色の湯飲みをわたしに手渡し、トレイを壁に立てかけた。そしてやはり本の中に埋もれていたもう一つの丸椅子を発掘するとそこに座った。

「改めてご挨拶さしあげます。レン=シュミットさん、私はこのエルムの森の魔女マリンと申します」

 恐らくその瞳の色からつけられた名前なのだろう。にっこりと笑ったままだからわかりづらいけれど、彼女の瞳は澄んだ紺碧色をしていた。海の一番綺麗な部分をはめ込んだみたいだ。

「わたしは……って、もう知ってるんだっけ。さっきは危ないところを助けてくれて本当にありがとう」

 既に名前を呼ばれていたこともあり、わたしははにかむように笑った。

「いいえ、この森を守るのも私の仕事でございますから。それに私の力ではレンさんを逃がすことだけで精一杯でした」

 昏倒は木の魔法の中でも中級程度の魔法に該当する。敵を眠らせるのがその主な効果なのだが、精神状態を無理矢理操作する魔法なので成功確率は結構低い。かなりの熟練者でなければさっきのような状況で使うのはタブーだったりする。

「危険を押してまでわざわざ助けたのには何か理由がありそうね」

 ジッと見つめると彼女は深く頷いた。

「ええ。頼みたいことがあり、少しレンさんのことを占わせてもらいました。この森へ来た経緯もある程度承知しています」

 占ったって……それでわたしのことを知っていたのか。

 わたしは独特な匂いの薬湯に口をつけるとマリンの次の言葉を待った。

「実は捜して欲しい人がいるのです。名前はオゾン。私の双子の妹です」

 一呼吸置き、彼女は俯きながら口を開いた。

「森の魔女は森を離れて生きていくことができません。半年以内に戻ることができなかった場合、衰弱して……最悪命を落とします」

 思い詰めたような表情を浮かべるマリン。彼女は声を絞り出すようにして続けた。

「オゾンが家出してからもう五カ月。後、一カ月の猶予しかないのです」

「彼女は今どこにいるの?」

 そう尋ねると、マリンはある自治都市の名前を口にした。

「占いの結果にはインゼリオと出ました。ですが、詳細な場所までは……」

 インゼリオは西の大陸にある魔法都市だ。はっきり場所がわからなかったのは、恐らくあの都市独特の場のせいだろう。

「そっか。具体的にはゼンの力を貸してもらいたいのね」

 ここからインゼリオまで行くとなると、どんな移動手段を使っても一、二ヶ月はかかる。その時間を短縮するには正規手段は取れないだろう。となると、ゼンをはじめ魔族のみが扱える空間移動の魔法を使うしかない。あの魔法さえあれば世界中どこに行っても時間はかからないのだから。

「でも、どうしてわたしなの? 他にも魔族と付き合いがある人間ぐらいいるんじゃない?」

 鼻の奥に苦みの残るお茶を飲み下しながら疑問をぶつけると、マリンは静かに首を振った。

「そうかもしれません。ですが石はいつも最適な方法を私に知らせてくれます。レンさんを助けることができたのもの、あの場所へこの石が導いてくれたおかげですから」

 そう言ってマリンは胸元から先ほどのペンダントを取り出して見せた。ドロップ型の煙水晶がランプの光を受けて鈍く輝く。

「私はレンさんと一緒ならオゾンを連れ戻すことが出来ると信じているんです」

 そこまで言われてしまうとさすがに断り辛くてわたしは唸った。けれど、今のわたしには他にやるべきことがあるし、記憶を取り戻すという目的も先延ばしになってしまう。

「あいにくだけど、マリンが期待するほど今のわたしが役に立つとは思えないわ」

 正直言って『自分』の記憶が抜け落ちていることがこれほど障害になるとは思ってもみなかった。一番のネックは短剣の力を引き出すことが出来ないこと。精霊の魂が宿る武器は通常の精霊石とは違う。力を解放する際、相手の名前を明示する必要があるのだ。けれどその名前は記憶と関わりがあるらしく全く思い出せなかった。

「記憶のことでしたらいずれ取り戻せますから大丈夫ですよ」

 けれど、マリンは確信に満ちた声でそう請け負った。今ひとつ実感がわかないが、どうやら彼女の占いの腕は並外れて優れているようだし、信用してもいいのかもしれない。

「ありがとう。でも、少し考えさせてくれる?」

 カップの薬湯を飲み干し席を立つ。これからガルディナでどれだけ時間がかかるかわからない。いくらマリンの力になりたくても安請け合いすることはできなかった。

「……わかりました。では少なくとも二週間前までにはお返事ください」

「わかったわ。都合が付かなくても連絡だけは絶対するから」

 わたしは新たな頼まれごとに頭を悩ませつつマリンの家を後にした。

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