賞金首になったわたし-1
黒々と生い茂る木々を駆け抜け、その気配は延々とわたしとゼンの後を追ってきていた。それは複数の時もあれば単独の時もあったが、共通しているのはわたしに対して敵意を持っているということだった。
「ねえ、これってどういうことよ」
「俺に聞くなよ。嬢ちゃんこそこんな奴らに追いかけられるほど、どんな悪さをしでかしたんだ?」
「そんなのわかるわけないじゃないっ」
小さな声で言い合いながら、相手の出方を探る。先手必勝とはいうけれど、襲撃される理由がわからないかぎりこちらから手を出すことはできない。
「わたしのほうが教えて欲しいくらいよ」
島から大陸へ渡った日から毎日訪れる来訪者には正直辟易していた。彼等は大抵『我こそはどこそこの勇者、某なり』と同じような口上を口にしては奇襲をしかけてくる。そのくせ肝心なことを話そうとしない。
「そりゃそうだよな」
ゼンの言葉と同時に背後から剣が繰り出された。わたしもゼンもある程度予測がついていたせいもあり、難なくそれを避けた。
「この悪党め。逃げるな!」
斬りかかってきた傭兵は口角泡を飛ばしながら目つぶしの砂を投げかけたが、わたしは外套を翻してそれを防いだ。まったく、どっちが悪党なんだ。
「わたしが何したって言うのよ」
短剣を鞘ごと構え、猪のように突進してきた相手の首根をしたたかに打ち据える。バランスを崩した男は前のめりに倒れた。そこへゼンがすかさず男の手足を縄で拘束する。
「貴様、こんなことをしてただで済むと思うな! 直ぐに私の仲間が――」
わめき散らす相手には構わずわたしは他の追っ手の気配を探った。一つ、二つ……あと三人はいる。
「ゼン、仕方がないから片付けるわよ」
「ああ」
素早く火球の呪文を紡ぎ、わたしは自分のすぐ足下へそれを放った。両手に余るほどの炎の塊が地面に接触して爆発する。それを間近に見た傭兵の男は恐怖におののき悲鳴を上げた。
「囮を取るとは……この卑怯者め!」
どこに攻撃を放ったかよく確かめもせずに、男の悲鳴を聞いた仲間思いの三人は一斉に飛びかかってきた。怒りで目を曇らせた彼等の動きはキレがなく、その決着がつくのはあっけないほど早かった。
「それにしてもつくづく便利な能力よね」
気絶させた男達を空間移動の魔法でどこかへ運んでゆくゼンを眺めながらわたしはぼやいた。
「ジンマシンさえ出なきゃ今頃ガルディナだったんだけどな」
そう。本来はゼンかウェルネスさんに直接ガルディナへ送ってもらう予定だった。けれど、二人に触れた途端、あのジンマシンが再発したのだ。むしろ、ゼンよりもウェルネスさんに触れたときの方が余程症状が重く、そのせいで出発を一日延ばしたほどだった。結局、空間移動の魔法は使うことができず、ハーピー達に対岸へ運んでもらって今に至る。
「嬢ちゃん、待たせたな」
「毎回悪いわね。助かるわ」
空間を割って戻ってきたゼンにニッコリと笑ってお礼を言い、わたし達は並んで歩き始めた。
「それにしても、どうしてこうも毎日追い回されなくちゃならないのかしら」
街道から逸れ、道なき道へ足を踏み入れながらわたしは呟いた。毎日毎日、自分の正義を信じて疑わない傭兵達に付け狙われるのは精神的にも肉体的にも必要以上に疲れる。その上、日によっては夜襲をかけてきたりするので満足に睡眠も取れない。
「確かに厄介だな」
今のところ命の危険を感じたことはないが、このままでは体力の消耗が激しすぎる。どこかでしっかり休息を取らなければ命取りになるだろう。
「一度体を休めたいんだけど、この辺りに宿が取れるような町、あったっけ」
よくよく思い出してみる。街道沿いには大抵幾つか宿場町がある。物流の拠点になったり、旅人の駐留所になるような。この際、贅沢は言わないから安全な場所でぐっすり眠りたい。
「そういえば大陸へ渡ったとき、北の方に港町が見えなかったか?」
ゼンに言われてわたしは岬に運んでもらったときに見た風景を思い出した。確かにあった。街道に沿って広がる街並みが。
「ホセの町。うん、あそこならきっといい宿屋が見つかるはずだわ」
自然と顔がほころぶ。出立前にウェルネスさんからいくらか援助してもらっているし、一晩くらいゆっくり休んでも罰は当たらないはずだ。
明るい表情を浮かべたわたしを見てゼンは満足そうに頷いた。どうやらこいつ、自分のことをわたしの保護者か何かと思っている節がある。今のわたしは自分の記憶も定かじゃないから仕方がないのかもしれないけれど。
「それじゃ、戦士の休息と洒落込みますか」
気分を切り替え、わたしとゼンは早速ホセの町へ向かうことにした。
ところがそれほど簡単に事は運ばなかった。その後も立て続けに刺客の襲撃があったせいだ。思った以上に時間を取られた上、正規の街道から少し外れた森の中を進んでいたことが災いし、辺りはすっかり夜の帳が落ちている。眠いし、疲れたし、お腹もすいた。本当に、何だってこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。
あ、お月様がきれい。あんなふうにふっくら焼けたオムレツが食べたいなあ。
「嬢ちゃん、やっぱり俺がガルディナまで連れて行こうか?」
ゼンがわたしを気遣ってそんなことを言ってくれたけれど、わたしはその提案を断った。
「申し訳ないけど、あのジンマシンだけは二度とごめんだわ」
こればかりは体質のせいなのでどうしようもない。何か打開策があれば別だけど、何があるかわからないのにあんな痒みを伴った状態でガルディナへ足を踏み入れるわけにはいかない。
そうこうしているうちに再び何者かが周りを取り囲む気配を感じ、わたしとゼンは声のトーンを落とした。
「どうやらお喋りはここまでみたいね」
「そのようだな」
葉擦れの音がわたし達を包み込む。木々の合間を縫うように人影が交差する。
「七人?」
「いや、九人だ」
人の気配もまともに読めないなんて。体力、集中力ともに低下しすぎている。
「魔族もいるみたいね」
精一杯気配を読み取りわたしは呟いた。ゼンは、けれど無言だ。夕闇で表情は読み取れないが、険しい表情をしているのはわかった。
「二手に分かれるか」
「そうね」
ささやき声の会話を終える。しばらくの間、風の声だけが徐々に闇の沈殿してゆく世界を支配した。
額に汗がにじむ。わたしは気配がばらけるのをじっと待った。
気配がそぞろ動き出すのを感じ、わたしは力一杯大地を蹴った。
「行くわ」
それが戦闘開始の合図。
木の根に足を取られないように気をつけながら、向かって右側にある三つの気配の方へ火球を放つ。ボウッと一瞬その辺りが明るくなった。感覚に間違いはない。三つの人影が闇の中に浮かぶ。
わたしは短剣を鞘ごと抜き、気配の一つに近づいた。すぐさま相手もわたしのことに気づく。相手の獲物は長剣の模様。満月に至るまでにはまだ数日を要する月光に照らされて、刃が銀色にきらめく。
「レン=シュミットだな」
低い低い、地鳴りのような声がわたしを迎えた。声の張りからすると歳は五十代といったところか。乳白色の月光が切り立った岩山のような巨躯の男を照らし出していた。
「確認する間でもないでしょ」
言うが早いか相手の鳩尾を狙う。が、その一打は容易くはじかれた。はじくと同時に袈裟懸けに斬りかかられ、わたしは横に飛びすさった。
「その通りだ」
一呼吸もおかず繰り出された攻撃を鞘で受け流し、わたしは唇をなめた。こいつ、今までの傭兵とひと味違う。
その剣技は今までの傭兵達とは比べ物にならなかった。素早いけれど重く、攻守の範囲が広い。隙を突こうにも迂闊に手が出せず、次第に息が弾んできた。
「息が上がっているぞ?」
男がニヤリと口元を歪ませる。わたしは歯軋りしたい思いだった。体が疲労の蓄積のためか思うように動かない。
舌打ちをして一旦相手から離れ、わたしは火球の呪文を唱えようとした。が、それを妨げるように攻撃がなおも続く。契約の言葉に集中できない。
「死んでもらおう」
男は確実にわたしを追い込んでいった。冷酷な宣告に脂汗が浮かぶ。
冗談じゃない。こんなところで死んでたまるか。
けれど、そう心の中で叫びつつも、男の鋭い一撃をわたしは真っ向から受け止めることしかできなかった。
「勝手なこと言わないでっ」
目の前で受け止めた刃がじりじりと下がってくる。疲労が蓄積し、腕がわななく。少しでも気を抜いたらこの刃はわたしの首を容易く落とすだろう。
額に浮かんだ汗が冷たくなって顎からポトリと垂れ落ちた。
「恐れるに足らぬ相手だったな」
勝利を確信した声が天から降ってくる。
「クッ!」
わたしはどうにかしてこの状況を切り抜けようと、短剣の柄を両手で握り締めた。けれど、良策が全く思い浮かばない。剣の切っ先はすぐそこに迫っている。今更その軌道を逸らすことはできそうもない。
このままわたしは死ぬのだろうか? 自分が何者かもわからないまま。
心臓が狂ったように鳴り響くのを感じながら、わたしは唇を噛みしめた。