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婚約破棄された悪役令嬢、実家の執事に買われる。「今日から私が主です」と溺愛され、廃材チートで人生大逆転!  作者: 月雅


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第4話 噂は風に乗って



「おい、聞いたか? 銀鷺商会の新作『魔導コンロ』のこと」

「ああ、もちろん買ったさ。あれはすさまじいぞ」


王都の大通り。

行き交う人々が興奮気味に交わす言葉が、風に乗って私の耳にも届いてくる。


「廃魔石でも新品みたいに火がつくんだ」

「しかも値段は従来の半額以下だぜ?」

「今年の冬は、あれのおかげで凍えずに済みそうだ」


商会の窓際でその様子を眺めていた私は、信じられない気持ちで自分の手を握りしめた。

私の指先が生み出したものが、街の景色を変えようとしている。


「……夢みたいです」


「夢ではありません。数字という現実ですよ」


背後から、冷静な声がかかった。

振り返ると、シリルさんが分厚い書類の束を片手に立っていた。

いつもの完璧なフロックコート姿。

その口元には、計算高い商人の笑みが浮かんでいる。


「初回の生産分、五千個が即日完売しました。追加発注が山のように来ています」


「ご、五千個……!?」


私は思わず息を呑んだ。

公爵家にいた頃、私が作った魔導具を褒めてくれるのは、数人の使用人だけだった。

父や元婚約者のエドワード様からは、「ガラクタ遊び」と蔑まれてきたのだ。

それが、こんなにも多くの人に求められているなんて。


「リリアナさん。貴女の『最適化技術』は、市場の常識を覆しました」


シリルさんはコツ、と革靴の音を響かせて私に近づくと、書類をテーブルに置いた。


「この利益だけで、貴女の実家……ベルンシュタイン公爵家の年間予算を超えましたよ」


「えっ……そ、そんなに?」


「ええ。貴女を追い出した彼らは、まさに黄金をドブに捨てたわけです。……滑稽ですね」


彼は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、愉悦を含んだ声で呟いた。

その瞳の奥には、私を傷つけた者たちへの冷ややかな軽蔑が見え隠れする。


「ですが、これで慢心しないでください。……貴女には次なる課題があります」


「はいっ、何でもおっしゃってください! 会頭!」


私は背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。

今の私は、彼に拾われた使用人だ。

この恩を返すためなら、どんな過酷な労働も厭わない覚悟だった。


シリルさんは満足げに頷くと、一枚の豪奢な封筒をテーブルに放り投げた。

封蝋ふうろうに押されているのは、見覚えのある王家の紋章だった。


「これは……?」


「王宮からの緊急依頼書です。……どうやら、あちらでは深刻な『環境問題』が発生しているようですよ」


          ◇


同時刻、王宮。


「――寒い! どうなっているんだ!」


王太子の執務室に、エドワード・フォン・アルカディアの怒鳴り声が響き渡った。

彼は分厚い毛皮のマントを羽織りながら、ガタガタと震えていた。

王都はまだ秋の終わりだというのに、王城の中だけは真冬のような冷気が漂っている。


「申し訳ございません、殿下! 魔導暖房の出力が上がらないのです!」


侍従長が青ざめた顔で平伏する。


「魔導師団は何をしている! さっさと直せ!」


「そ、それが……点検しても『故障箇所が見つからない』と……魔石は新品ですし、回路も切れていないのですが、なぜか熱変換だけが行われないのです」


「無能共め!」


エドワードは苛立ち紛れに机を叩いた。

インク壺が倒れ、絨毯を汚すが、誰も片付けようとしない。

寒さで全員の動きが鈍っているのだ。


この王城の魔導インフラは、建国当時に作られた古いシステムだ。

複雑怪奇な配管と回路が張り巡らされており、本来ならば高度な知識を持つ専任技師がつきっきりで調整しなければならない。


だが、エドワードはそのことを知らなかった。

なぜなら、今までその調整を黙って行っていたのは、彼が「無能」と呼んで追放した元婚約者、リリアナだったからだ。


「……聖女アリスはどうした? 彼女の『聖なる祈り』で直せないのか?」


エドワードはすがるように言った。

リリアナを追い出し、新しく婚約者として迎えた男爵令嬢アリス。

愛らしく、天真爛漫な彼女こそが、自分にふさわしいパートナーだと信じていた。


「アリス様は……その、『機械油で手が汚れるのは嫌』と……」


「なっ……」


エドワードは言葉を詰まらせた。

アリスは「癒やしの力」を持っていると言っていたはずだ。

だが、実際には王宮のトラブルに対して、可愛らしく首を傾げるだけで何一つ解決できていない。


「くそっ、どいつもこいつも! ……そうだ、民間で評判の商会があるだろう! 銀鷺ぎんさぎとかいう!」


「は、はい。すでに使いを出しておりますが……」


侍従長が言い淀んだその時、扉がノックされ、伝令の兵士が駆け込んできた。


「報告します! 銀鷺商会より、返答がありました!」


「おお、やっと来たか! すぐによこせ!」


エドワードは兵士から手紙をひったくると、荒々しく封を切った。

そこには、流麗だが冷淡な筆跡で、こう書かれていた。


『拝啓


王家よりの修理依頼、拝受いたしました。

しかしながら、当商会の技術者は現在、新商品の増産体制に入っており、極めて多忙であります。

誠に遺憾ながら、人員の都合がつかず、ご依頼をお断り申し上げます。


なお、緊急での派遣をご希望される場合は、技術顧問の拘束料として金貨一万枚、および違約金を前払いにて申し受けます。

ご検討のほど、よろしくお願いいたします。


銀鷺商会会頭 シリル・アッシュフォード』


「ふ、ふざけるなああああっ!」


エドワードは手紙をくしゃくしゃに丸め、床に叩きつけた。


「金貨一万枚だと!? ただの修理に国家予算並みの金を要求する気か! この守銭奴め!」


「で、殿下、いかがいたしましょう……?」


「放っておけ! たかが商人に足元を見られてたまるか! 他の工房を探せ!」


彼は怒りで顔を真っ赤にしたが、その身体は寒さで震え続けていた。

王城の廊下にある魔導灯が、チカチカと不安定に明滅する。

それはまるで、王家の権威が揺らぎ始めていることを暗示しているようだった。


          ◇


「……とおっしゃって、断りの手紙を書きました」


銀鷺商会の執務室。

シリルさんは優雅に紅茶のカップを傾けながら、事の顛末てんまつを語った。


「ええっ!? き、拒否されたのですか?」


私は作業の手を止め、驚いて彼を見上げた。


「王家からの依頼を断るなんて……不敬罪になりませんか?」


「なりませんよ。我々は民間企業です。契約の自由があります」


シリルさんは涼しい顔で言い切った。


「それに、提示した金額は法外ですが違法ではありません。払えない貧乏なクライアントをお断りするのは、商売の基本です」


「び、貧乏って……王家の方々ですよ?」


「リリアナさん。今の王家は火の車です。無駄な夜会、無意味な聖女への贈り物、そして……貴女という『無料のメンテナンス係』を失ったことによる設備投資費の増大」


彼はカップをソーサーに戻し、鋭い視線を私に向けた。


「あの城の設備、貴女が毎日調整していたのでしょう?」


「は、はい。古い型式だったので、魔力の通り道がすぐに詰まってしまうんです。だから、毎朝皆さんが起きる前に、地下の配管を掃除して、回路のズレを直して……」


私が説明すると、シリルさんは深いため息をついた。


「それを『無能』と呼んで追い出したのですから、救いようがない。……今頃、殿下は寒さに震えているでしょうね」


「あ……」


私は想像した。

あの広い王城で、暖房が効かなくなったらどうなるか。

石造りの壁は冷気を溜め込み、高価な家具も冷え切ってしまう。

寒がりなエドワード様は、きっと不機嫌になっているはずだ。


「……直しに行かなくて、いいのでしょうか」


思わず口に出してしまい、私はハッとして口を押さえた。

未練があるわけではない。

ただ、自分が管理していた機械が壊れていると聞くと、技術者として居心地が悪いのだ。


シリルさんは椅子から立ち上がり、私の隣に来て、そっと肩に手を置いた。


「優しすぎますよ、リリアナさん」


「……シリルさん」


「貴女はもう、彼らの道具ではない。私の商会の大切な技術顧問です。……それに」


彼は私の髪を一房すくい、指先で遊ばせながら囁いた。


「貴女が戻れば、また都合よく利用されるだけです。彼らに必要なのは修理ではなく、自分たちが何を失ったのかを理解させる『痛み』ですよ」


その声は甘く、けれど拒絶を許さない響きがあった。

私は彼に見下ろされ、コクりと頷くしかなかった。


「はい……旦那様の言う通りにします」


「良い子です」


シリルさんは満足げに微笑むと、私の頭をポンポンと撫でた。

その手つきは、昔と変わらない教育係のものだったけれど、どこか熱を帯びているように感じて、私は胸がトクンと跳ねた。


「さて、噂は十分に広がりました。王家が寒さに凍える一方で、市井の人々は貴女の作ったコンロで暖を取る。……皮肉で美しい光景だと思いませんか?」


彼は窓の外、王城の方角を眺めながら言った。


「じきに、向こうも気づくでしょう。この商会に『何か』がいると」


「えっ……バレてしまうんですか?」


「構いませんよ。気づいた時には、もう手遅れですから」


シリルさんは眼鏡の奥で、氷のように冷たく、けれど燃えるような瞳を光らせた。

それは商敵を追い詰める時の、狩人の目だった。


「私のリリアナさんには、指一本触れさせません。……たとえ相手が次期国王であろうともね」


その言葉の重みに、私は少しだけ身震いした。

守られているという安心感と、逃げ場のないおりに囲まれているような、不思議な感覚。


風が窓を叩く。

王都に、本格的な冬が近づいていた。

そしてそれは、私と、私を捨てた人々の運命を分ける、厳しい季節の始まりでもあった。


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