第3話 ゴミ山からの錬金術
(……聞こえる。石たちが、まだ働きたいと泣いている声が)
銀鷺商会の地下倉庫。
埃っぽい空気の中で、私は山積みにされた「ゴミ」の山を見つめていた。
そこにあるのは、魔力を使い果たして灰色にくすんだ廃棄魔石の残骸だ。
一般的には産業廃棄物として処理されるだけの、価値のない石ころたち。
けれど、私には違って見えた。
石の奥底に残る微かな魔力の脈動が、まるで心臓の鼓動のように感じられるのだ。
「リリアナさん、そっちの棚は廃棄予定だ。触らないでくれ」
背後から、呆れたような声が飛んできた。
振り返ると、作業着姿の男性社員たちが数名、遠巻きにこちらを見ていた。
彼らの視線には、隠しきれない侮蔑の色が混じっている。
「申し訳ありません。……ですが、この中にはまだ使えるものが」
「はあ? あんた、元公爵令嬢だか何だか知らないけどさ」
リーダー格らしい男が、鼻で笑いながら歩み寄ってきた。
手には新品の魔石が入ったケースを持っている。
「素人が口を出さないでくれないか。俺たちは会頭に雇われたプロの技師だ。魔力切れの石なんて、路盤材にすらなりゃしねえよ」
「ですが……回路を組み直せば、再活性化できます」
「回路? ハッ、机上の空論だろうが。これだから世間知らずのお嬢様は困る」
彼は仲間たちと顔を見合わせ、肩を竦めた。
クスクスという失笑が倉庫内に広がる。
私は唇を噛み締め、俯いた。
彼らの言うことは、常識的には正しい。
一度枯渇した魔石は二度と使えない。それが魔導工学の常識だ。
追放された元貴族、しかも「無能」と断罪された私が何を言っても、信じてもらえるはずがない。
(でも……)
私は掌の中にある、いびつな形の魔石をぎゅっと握りしめた。
この子はまだ死んでいない。
回路の詰まりを取り除いて、正しいパスを繋げば、きっとまた輝ける。
「……証明します」
「あ?」
「私が、この廃棄魔石を使って動くものを作ってみせます。……もし失敗したら、二度と口出しはしません」
小さな声だったが、はっきりと言い切った。
男は面白そうに眉を上げた。
「へえ、言うねえ。いいぜ、やってみな。ただし、正規の資材は使うなよ? そのゴミだけでなんとかするんだな」
「はい。ありがとうございます」
私は深く一礼すると、自分の作業スペースへと戻った。
背後で「お手並み拝見といこうか」という嘲笑が聞こえるが、もう気にならなかった。
私の目の前には、最高の素材たちが待っているのだから。
私は作業台に向かい、工具を手に取った。
ミスリル合金の極細ニードル。
これが私の魔法の杖だ。
まずは魔石の表面を薄く削り、内部の結晶構造を露出させる。
そこにある微細な魔力回路の亀裂を、ニードルの先端で慎重に修復していく。
通常の技師なら顕微鏡を使っても見えないレベルの作業だが、私には魔力の流れが光の線のように見えている。
(ここが詰まってる。迂回ルートを作って……出力調整用の抵抗はこの欠片を使って……)
時間が経つのも忘れた。
指先が熱を帯び、頭の中のパズルが次々と完成していく快感。
既存の魔導具は無駄が多すぎる。
魔力のロスを極限まで減らせば、残量わずかな廃棄魔石でも十分な出力を生み出せるはずだ。
一時間後。
私の手元には、不格好な金属の箱が出来上がっていた。
廃材の鉄板を溶接して作った即席のケースに、再生した魔石を組み込んだものだ。
見た目は悪いけれど、中身は自信作だった。
「……できました」
私が顔を上げると、休憩中だった社員たちが気怠げに集まってきた。
「ん? なんだそのガラクタ」
「魔導暖房器の試作品です」
「ヒーターだと? そんな小さな石屑で、まともな熱が出るわけないだろう」
男は呆れ顔で手を振った。
「悪いが、遊びに付き合ってる暇はないんだ。片付けとけよ、元お嬢様」
彼が背を向けようとした、その時だった。
「――何事ですか」
冷ややかな声が、倉庫の空気を凍りつかせた。
入り口に立っていたのは、シリルだった。
完璧に着こなしたフロックコート。銀縁眼鏡の奥の瞳は、絶対零度の光を放っている。
「か、会頭!」
社員たちが慌てて直立不動の姿勢を取る。
シリルは彼らを無視し、カツカツと足音を響かせて私の方へと歩いてきた。
その背後には、護衛のメイドが一人控えている。
「リリアナさん。一時間ほど姿が見えないと思ったら、こんな埃っぽい場所にいたのですか」
「も、申し訳ありません。その、少し試したいことがあって……」
私はとっさに試作品を背中に隠そうとした。
シリルに「無駄なことをした」と叱られるのが怖かったからだ。
けれど、彼の視線は逃さなかった。
「それを見せなさい」
「あ……はい」
おずおずと差し出すと、シリルは無言でそれを受け取った。
無骨な鉄の箱を、まるで宝石でも扱うようにしげしげと眺める。
「……説明を」
「は、はい。廃棄魔石の残存魔力を利用した、小型暖房器です。独自の増幅回路を組み込んで、熱変換効率を理論値の限界まで高めました。……たぶん、動くとは思うのですが」
「たぶん、ですか」
シリルは鼻を鳴らし、近くにいたリーダー格の社員に視線を向けた。
「おい、お前」
「は、はい!」
「この倉庫の気温は現在何度だ?」
「ええと……魔導温度計によれば、摂氏十二度です」
「ふむ。少し肌寒いですね」
シリルは私の作った箱を作業台の上に置き、スイッチに指をかけた。
「では、実演といきましょう。……お前たち、よく見ておきなさい。これが『本物』の仕事というものです」
カチッ。
スイッチが入った瞬間だった。
ブウン、という低い駆動音とともに、箱の前面から目に見えない熱波が噴き出した。
それは生ぬるい温風などではない。
強烈な熱気が、一瞬にして周囲の空気を焼き尽くすような勢いで広がったのだ。
「うわっ!?」
最前列にいた社員が、あまりの熱さにのけぞった。
「な、なんだこれ!? 熱い!」
「温度計を見ろ! ぐんぐん上がってるぞ!」
「二十度……二十五度……おい、三十度を超えたぞ! この広い倉庫全体が温まってやがる!」
社員たちは目を見開き、温度計と小さな鉄の箱を交互に見つめていた。
たった一個の、しかもゴミから作られた魔石で、この大空間をサウナのように変えてしまったのだ。
シリルは涼しい顔でスイッチを切り、眼鏡の位置を直した。
「……ほう。燃費はどうなっていますか、リリアナさん」
「あ、はい。独自の循環回路を使っているので、その出力なら……あと三ヶ月は連続稼働できます」
「三ヶ月!?」
社員の一人が素っ頓狂な声を上げた。
「ありえない! 新品の高級魔石を使った最新型でも、一週間が限界だぞ!」
「それに、この静音性……魔力ノイズが全く検知できない。どういう回路構造になってるんだ?」
先ほどまで私を馬鹿にしていた男たちが、今は食い入るように試作品を覗き込んでいる。
その顔にあるのは侮蔑ではない。
圧倒的な技術差を見せつけられた、技術者としての畏敬と敗北感だった。
シリルはゆっくりと彼らを見回した。
「理解できましたか? これが、私が彼女を高額で雇い入れた理由です」
静かな声だったが、そこには強烈な圧力が込められていた。
「お前たちが『ゴミ』と呼んで見捨てた資源を、彼女は黄金に変えた。……さて、どちらが素人で、どちらがプロなのか。言うまでもありませんね?」
社員たちは真っ青になり、深々と頭を下げた。
「も、申し訳ありませんでした!」
「俺たちの目が節穴でした……!」
シリルは冷たく彼らを見下ろした後、私の方を向いた。
その表情は、打って変わって穏やかなものだった。
いや、よく見ると口元が微かに緩んでいる。
「上出来です、リリアナさん。……合格ですよ」
「え……」
「この技術、即座に商品化します。特許申請の手続きは私がやっておきましょう。……これで、冬の暖房事情が一変しますね」
彼は私の手を取り、その手のひらに、先ほどの試作品をそっと乗せた。
温かい。
機械の熱だけでなく、彼の指先の体温が伝わってくるようだった。
「ありがとうございます……会頭」
「礼を言うのはこちらです。……貴女は、私が思った以上の利益を生み出してくれそうだ」
シリルは周囲の社員たちに、パンと手を叩いて見せた。
「さあ、見世物は終わりです。お前たちにはペナルティとして、彼女の助手を命じます。彼女の技術を盗めるものなら盗んでみなさい。……もっとも、貴女たちごときでは百年かかっても無理でしょうが」
厳しい言葉と共に、社員たちは蜘蛛の子を散らすように自分の持ち場へ戻っていった。
けれど、その背中は先ほどまでとは違い、私に対する恐怖と尊敬が混じったものになっていた。
「行きましょう、リリアナさん。次の仕事が待っていますよ」
シリルに促され、私は倉庫を後にした。
階段を上がりながら、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
認められた。
私の技術が、私の好きなことが、誰かの役に立つと認められたのだ。
「……シリルさん」
誰にも聞こえないような小さな声で、私は呟いた。
「私、ここでなら……生きていけるかもしれません」
前を行く彼の背中は、何も答えなかった。
けれど、その足取りが心なしか弾んでいるように見えたのは、私の気のせいだっただろうか。
窓の外では、冬の気配を含んだ風が吹き始めていた。
これから王都は厳しい寒さに包まれる。
けれど、私の作った魔導具があれば、きっと多くの人が凍えずに済むはずだ。
そして、私を追い出したあの冷たい屋敷の人々は――今頃、どうしているのだろうか。
ふとそんなことが頭をよぎったが、すぐに消え去った。
今の私には、振り返る暇などないのだから。




