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2 男の教育方針

 次回は9月11日(木)午前6時以降に投稿予定です。

 最後までお付き合いいただければ幸いです。

「――って感じで俺たちのいるこの国、フォグシオン王国の裁判は上級裁判としての『御前裁判』と、下級裁判としての『王国・地方裁判』の二種類が存在する。


 そこで証人や証拠を示すことで、事と次第を問い争う形になるわけだ」


 大柄な男――じいさんは晴天の下(・・・・)、溌剌とした声色で滔々と語る。

 温かい日差しに、柔らかく吹く風。


 相も変わらず粗雑に扱われている濃紺の髪も、爽やかな風に靡く姿はどこか気持ち良さそうだ。


「なあ……じいさん」


「まあ、待てエヴェナ。質問したい気持ちはわかるが、まだ話は終わってないぞ」


 ……いや、別に質問したかったわけではなかったのだが。


 別方向で言いたいことがあっただけなのだが。

 じいさんはそんな俺の心情も露知らず、話を続ける。


「そんな裁判だが、ありとあらゆる理由で結論を出すのが難しい場合もある。

 原告と被告間で血で血を洗う闘争が起きることもまあ……ないわけじゃない。


 そんな状況に陥った場合――」


「『決闘の権利』が用いられることもあるんだろ?

 王の前で行われる、原告同士による一対一。

 その勝敗が裁判の結果にも影響を及ぼす。


 決闘に(そう)なった場合、代行が認められる。

 その代行者としては騎士が駆り出されることが多い」


 説明を奪った俺に対して、じいさんは不満一つ見せない。

 むしろ満足そうに頷く。


「よく分かってるじゃないか!

 流石俺が教え込んだだけはあるな」


「自画自賛し過ぎだろ……耳タコなんだよ。

 決闘と騎士の関係性だけで、何回聞かされたと思ってる。

 そもそも大仰に言ってるけど『決闘の権利(それ)』って結局、強い奴が正しいってなるだけだろ?


 ただの欠陥制度じゃないか」


 ……馬鹿馬鹿しい話だ。


 俺の認識が正しければ、裁判の意義とは「真実を明らかにすること」のはずだ。

 それにも関わらず「決闘に勝った側が裁判に有利になる」権利が存在するなんて、これを生み出した者は相当な考えなしだったに違いない。

 

 じいさんは俺の憎まれ口に、何故か嬉しそうに頷く。


「お前の言う通り『決闘の権利』なんてのは馬鹿みたいな制度さ。

 馬鹿共(けんりょくしゃ)を守るためのな」


「大体貴族なんて基本的に――」と続けようとしたところで、じいさんははたと言葉だけ(・・)止める。

 どうやら自身の話が脱線しそうになっていることに気が付いたらしい。


「まあ……『決闘の権利』の欠陥については置いておこう。

 さて『強き者が正しい』とされる制度がある以上、権力者達が何をするかとなると――」


「戦力の確保に走る……つまり騎士を召し抱えるんだろ?

『決闘』で確実に勝つ為に。

 自身を――自身の権力(ちから)を守る為に」


 先程のじいさんの脱線先を、俺が回収してしまう。

 いつの世も権力者の考える事なんて大抵同じだ。


 大義も理念も決意もない。


 あるのは自身の権力の――そこに付随する自身の幸福の維持。

 それだけである。


 ……まあ別に、それは権力者に限った話ではないのか。


 生きているのなら、幸福にしがみつく(しあわせになりたい)なんて当然だ。

 ただ権力者たちは徒に力を持っているが故に、それを守りやすいというだけの話なのかもしれない。


「……全てがそうと断言する気はねえが、まあ間違いではねえな」


 じいさんは少し歯切れの悪い様子で、こちらの話を肯定する。


 この大男はこんな風に、ちょくちょく色々な知識を吹き込んでくる事がある。

 話自体は面白く、興味深い内容であることも多いのだが――


 キンッと澄んだ音が空に響く。


 こちらの繰り出した短剣が(・・・・・・・・)じいさんの振るう短剣(・・・・・・・・・・)に叩き落された音だ(・・・・・・・・・)


「あのなあ……じいさん。

 どうして戦ってる最中に(いま)、そんな話してるんだ?

 気が散るだろ。そもそも俺には関係のない話じゃないか」


 じいさんの視界から外れる様に、周囲を駆ける。

 不規則に地を踏み、自身の狙いを悟られない様に立ち回る。


 そんな俺の疾駆に対して、その巨体からは想像のつかない速度でじいさんは付いて来る。


「無関係とは限らないだろ! いつ裁判所の世話になるか分からないんだから!」


「少なくとも真っ先に裁判所の世話になるのは、俺じゃなくてじいさんだろ」


「誰が犯罪者面だこの野郎! お前なんて無愛想だろうが!」


 ……そこまでは言ってない。


 そして無愛想の何が悪い。

 抗議の意を込めて、こちらを追いかけてきたじいさんの脇腹に左の蹴りを叩き込む。

 

 バキッ!


 それをじいさんは、右脚で受ける。


「ちっ、仕留められなかったか」


「急に何しやがる!」 

 

「何しやがるも何も、戦いの最中に余計な話をし出す奴が悪い」


 俺の指摘もなんのその。

 じいさんは飄々と話の続きを紡ぐ。


「まあ裁判所の世話になる云々は流石に冗談だが、無駄とは限らねえだろ?

 ……ひょっとすると、お前が騎士になる可能性だってあるかもしれないだろ?

 だから余計な話じゃねえし、無関係な話でもねえよ!」

 

「……どうせ騎士にはならないし、戦いには邪魔だよ。

 要らない知識で余分だ」


 じいさんとの戦闘は、紙一重の連続だ。

 拳をぶつけ、蹴りを交え、短剣を重ねられているのは、じいさんの絶妙な塩梅の手加減と、こちらの全力が噛み合っているから成し遂げられているのだ。


 そんな中、少しでも集中を欠いてしまえば、俺は為す術なく敗北するだろう。

 その綱渡りの中で雑談に付き合う余裕など、こちらにはない。


「ったく、まだまだだな」とじいさんは癇に障る言葉を呟く。

 同時に――


 ヒュッ!


 じいさんの持っていた短剣が投げられる。

 鋭く身軽な切っ先は、一瞬でこちらとの距離を埋める。


 ……速い。


 しかし投擲という特性上、その軌道は読みやすい。

 

 ……どうやら狙いは、胴体の様だ。


 頭や手足といった先端部分と比較して、避けにくいと考えたのだろう。


「ふっ――」


 呼気と共に、両の足に力を込める。

 直後、反射にも似た跳躍によって、その場を飛び退く。


 ……これで短剣は躱せるはずだ。


 しかし――


「なっ⁉」


 着地の瞬間、ふわりと体が回転し(まわり)、地面に背中から叩きつけられる。


「ぐっ」


 強烈な衝撃。

 背中に熱さが広がり、肺の中の空気が絞り出される。


 ……何が起きた?


 先程までじいさんの居た場所に目を向けるが、対峙していたはずの巨躯は消えており――

 

「俺の勝ちだな」


 代わりに俺のすぐ傍から、低い声が聞こえてくる。

 視線をそちらに向けると、いつも通りのじいさんの姿がそこにはあった。


 ……全く気が付かなかった。


 急に視界がひっくり返ったと思ったのだが、どうやら種も仕掛けもあったらしい。

 じいさんは投擲を囮に俺へと接近し、見事な投げを繰り出したのだ。


 ……くそ。


 この様では「まだまだ」と言われても仕方ない。

 驚愕と慚愧と息苦しさに身を焦がす中、じいさんは勝ち誇る。


「今日の飯もエヴェナ、お前の担当だな。

 ついでに俺のありがたーい講釈を聞けよ」


 その手に持つ短剣を、じいさんは俺に突きつける。

 じいさんの短剣――ではない(・・・・)

 じいさんの短剣は、囮とした投擲によって既に手元から離れている。

 

 それは俺の短剣だ(・・・・・)

 俺が使用していた短剣が、その手に握られているのだ。


 ……いつの間に盗られた?


 手が空になっていたことに、遅まきながら気が付く。


「無意味な――無駄な知識なんてねえよ。

 世の中は嘘で溢れてやがる。

 学者のお偉い先生達が打ち出した理屈すら、次の時代では間違ってたと判明する事もあるぐらいだ」


 特有の長話の間に、荒れていた息が整う。


「……それなら知識がそもそもいらないって話にならないか?

 知識自体も間違ってる可能性があるんだろ?」


「後者は当たっているが、前者は逆だな。

 前提となる知識が間違っている可能性が(・・・・・・・・・・)あるからこそ(・・・・・・)、知識は大量に必要なんだと俺は思うぞ」


「?」


 ……どういう意味だ?


 小首を傾げる俺に、じいさんは呆れたように語りかける。


「お前は賢しいのに、偶に抜けてることがあるよな。

 確かにお前の言う通り、知識自体が間違っている可能性はある。

 だが正しい可能性もまたあるだろ?


 結局その正否を判別するのは、お前自身なんだ(・・・・・・・)

 その為に大量の知識が必要なのさ」


 言い聞かせる様なじいさんの呟きを咀嚼し、吟味する。

 知識を集めることが、どうして知識の判別に繋がるのだろうか。


 ……なるほど、そういうことか。


「……知識を集積し、比較・検討することで、知識自体の正否を判断できるってことか?」


「そうさ。集めた知識をどう用いるのかは人次第ってことだ。

 知識が正しいか否かも、持っている知識を用いるか否かも、結局判断するのは全て人だからな。

 

 知識の正否も確かに大切かもしれないが、根本的な量がなければその正否すら判断できないって話だ」

 

 そう言うと、じいさんはいつものガサツな――朗らかな笑顔を浮かべる。


「だから俺は雑談し続けるぞ! お前の為にな!

 訓練中だろうがなんだろうが、雑学を披露し続けるぞ! お前の為にな!」


「……結局雑談なんじゃないか。

 回りくどいんだよ。

 言いたいことは理解したけど、押し付けがましい奴は嫌われるぜ?」


「安心しろ! 嫌われたくらいで俺がへこむことはない!」


「……だろうな」


 ……よし。


 背中の痛みが引いたのを見計らって、突きつけられた短剣を蹴り、跳ね起きる。

 

「おっ、何だ? まだやるのか?」

 

 じいさんは嬉しそうな口調で告げると、奪った短剣を逆手に構えつつ戦闘態勢に入る。


 ……割かし良い話も聞けた気がするし、今日はもうこれで終わりでも良かったのだが。


 そんな態度を取られると、こちらも応えなければいけない気がしてくるから不思議だ。


「今日の飯係はやっぱじいさんだな。ちゃんと俺が好きな物を作れよ?」


「まだ俺に勝ったことすらないヒヨッコが、何言いやがる。

 飯係はお前のままだし、たとえ俺が飯係になることがあっても、俺は俺の食いたいものを作るに決まってるだろ!」


「ケチなじいさんだな。

 ところで短剣を返すべきだと思わないか?

 泥棒だぞ? 裁判所の世話になることになるぞ?」


「馬鹿野郎! これからまた戦おうって相手に返す奴がいるか!

 そもそもこの短剣は共同のものだろうが!」


 こうして俺たちは――再び手合わせに戻ったのであった。


 ――じいさんの雑談はこれから先も止まらない。

 ちなみに座学ではなく手合わせしながらこんなやり取りをしている理由は、実は教える側のはずのじいさんが耐えられなかったからだったりします。


 ※前作『どうして異世界に来ることになったのか。』本編、番外編完結しました。

 もし時間に余裕があれば、そちらもよろしくお願いします。

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