舞踏会(2)
「あなた、こちらが先程お話したお嬢さんです」
「そうか、君が記憶をなくしたお嬢さんだね。私は、ここを治めている者だ」
ここの領主だという目の前の男性は、慈愛に満ちた目で私を見つめていた。
「不安だったであろう。そこで提案だが、もしよろしければ何もない土地だがここで記憶が戻るまで過ごすがいい」
「ありがとうございます・・・」
領主夫妻の手厚すぎる待遇に、困惑を隠せない。
「せっかくだから、トビアスと舞踏会に参加したら良い」
煌びやかなドレスたちが、煌々と踊っている。バイオリンやピアノの音色に乗り、紳士淑女たちが優雅でそして妖艶に、蝶のように軽やかに舞っていた。
「一緒に踊りませんか?」
「え?私踊れない・・・」
「大丈夫です。私の動きを真似してください」
半ば強引に連れられる。トビアスの動きを、見よう見まねでついていく。
「上手上手。その調子です」
彼に励まされながら、動きを合わせていく。段々と彼との息も合ってきた気がする。
「楽しいですか?」
そうか、感情を動かされることなんて久しぶりだったから、私、感情表現の仕方忘れちゃってたみたい。
「うん!!」
こんな風に、心の底から笑ったのは、いつ以来だろう。
雲一つの快晴を祝うかのような小鳥のさえずりで、目が覚める。これほど目覚めの良い朝は、思い出せない。領主親子と共に、朝食をとる。食卓に並べられた料理は、前の世界のものとは見劣りするものもあったが、仲のいい親子の会話を聞きながらの食事の楽しさで打ち消された。
「トビアス、領内を案内してあげたら?」
「母上、それはいい考えですね」
食事終わり、トビアスの領内散策についていくことになった。
「ここの土地田舎すぎて退屈でしょう」
前を歩くトビアスの問いに、一瞬言葉が詰まる。
「そんなことないよ・・・」
「ハハハ。あなたは、お優しいお方だ」
私の見え透いたお世辞にも優しく笑ってくれるトビアスを見ていると、自分が恥ずかしくなる。
果てしなく広がる空の下、小高い丘を登り、町を見下ろす。眼下には、背の低い平屋が建ち並んでいた。
「小さな町ですけど、みんないい人ですよ」
そう言って町の方に歩いていくトビアスの後ろについていく。
「マーシー、今年も豊作になりそうか?」
町までの道中、農作業をしている農民に、トビアスが気さくに話しかけていた。
「はい!坊ちゃん今年も期待してください」
農民は、トビアスの後ろに居た私に気づいて、トビアスと私を交互に見て、笑みを浮かべた。
「坊ちゃんにもようやく春が来たんですね」
「う、うるさい。私たちは、これから町に行くから失礼する。呼び止めてしまってすまないな」
トビアスは、足早に行ってしまった。
「坊ちゃんのことよろしくお願いしますね。少し不器用なだけで、私みたいな農夫に対しても気さくに話してくれる優しい方なんです」
私は、軽く会釈をしてトビアスについていく。
町に入ったトビアスと住民たちの弾む会話を見ていると、彼がどれほど慕われているかが分かった。そんなトビアスを少し離れたところから見ていた私は、胸が暖かくなっていることに気がついた。そんな微笑ましい風景を、時間が経つのも忘れて眺めていた。
トビアスと私が、町から帰る頃には空が茜色に染まっていた。
「トビアスさん、皆さんから慕われていますね」
「民は宝ですから」
夕日に照らされているトビアスの背中は、頼もしく大きかった。




