異界駅9
夢の中で、誰かに怒られた。その後、その人は泣いていた。
最悪な目覚めだった。頬を伝っている涙を、乱雑に拭う。もう一度眠りにつける自信が無く、布団から出る。
退屈すぎる早朝の時間に耐え切れず、朝の散歩に出発した。早朝の曇り空で、世界はまだ起きていなかった。遠くの方から、烏の鳴き声が聞こえてくる。
当てもなく村の中を歩いていたら、自然と俺の足は、姫の屋敷の方に向かっていた。
姫の屋敷から声が聞こえてくる。
好奇心に負け、声のする方向に近づいていく。
「上手く行きましたね」
「あいつが馬鹿で本当に良かった」
「早く喰いましょうや」
「涎が出て仕方ないんです」
どすの効いた低く、どこまでも不気味な笑い声が響く。
「邪神様が降臨される正午までの辛抱じゃ」
姿は見えないが、姫の声が俺の耳に届く。
ここから一刻も早く逃げろと、脳からの指令が出た。しかし、足は石の如く、重く動かせなかった。
「姫様、どうかお願いです。あの人間の肝は、私が頂きたいです」
「何故じゃ?」
「傲慢で臆病なあれの世話をやっていたのは、私です。せめてあれの肝を、酒の肴にして一杯やりたいのです」
「まぁいいだろう」
「それなら、わしは足が良い」
「わしは、臓物なら何でもよい」
村人たちが、嬉々として体の部位を言い合っている声が耳に届く。あまりの恐ろしさに、体の呪縛が解ける。物音を立てると殺されるのは、嫌でも分かった。動けるようになった体で、慎重にその場から離れる。
屋敷から離れた途端、全力で走った。とにかく、この村から出たかった。逃げる俺の頭の中では、昨日の謎の男が言っていた言葉が反芻していた。男性が言っていた祠を目指すが、肝心の祠がある場所は見当もつかなかった。村のことも、この世界のことも何も知らないことに気づかされる。気づいたところで、どうにもならないが。
行きも絶え絶えになりながら、必死に走る。しかし、全く見つからない。
遠くの方から音が聞こえて来た。音が近づくにつれて、それが鼓か太鼓の音だと分かる。
急いで道の端にあった草むらに、飛び込んだ。去っていくまで、声を殺すが、心臓の音は止めることが出来なかった。
通りすぎたのを確認して、再び祠を探し出す。恐怖であまり頭が回らない。
結局、村中を走り回っても、祠は見つかる気配もしなかった。
誰かに肩を叩かれた。心臓が、止まりそうになる。振り向くまでの世界は、スローモーションになる。
姫と村人全員が、不気味に満面の笑みを浮かべていた。絶望と恐怖に、体と心に支配される。思考は鈍くなり、体は動かなくなった。
「そんな顔をしてどうした?」
姫のわざとらしい口調に、突発的に怒りが湧いてきた。
「だましたな」
「何が?」
ニヤニヤと笑う姫は、完全に俺のことを下に見ていた。
「お前たちは、俺を元の世界に帰す気なんてない」
「ようやく気づいたか。だが、今更気づいたところで遅い」
悔しさと悲しみで、涙が零れ落ちる。
「何泣いている?誰もお前に強制していない。私たちは、選択肢をお前に与えて来たはずだ」
「違う違う。俺は、こんな選択していない」
「これは、お前が望んだ結果だ。恨むなら、逃げてばかりだった自分を恨め」
走馬灯が、突如として流れて来た。特筆すべき思い出も無かったが、一つ分かったことがあった。絶望溢れるこの世界が、俺にとっての理想郷だった。
「改めてお礼を言わせてくれ、君と出会えて本当に良かった」




