異界駅7
俺が見上げる先には、腕を組み強者の佇まいを発している姫がいた。
彼女が発言するの待つ。この場の空気が、段々と張り詰めていくのを感じた。
「お前の処遇を決めた」
姫の次の発言の重要性は、考えるまでもなかった。祈るような思いで、姫に視線を送る。
「その前に仮面を付けたままだとそなたに無礼だろう」
姫は流れるような動作で、仮面を顔から外した。
仮面の下から、姫の御尊顔が現れる。姫の美しさに息を呑む。日本人特有の程よく吊り上がった目も、美しさの一部分になっていた。並の芸能人と遜色ないその美貌に心を奪われる。
「正式にお前をこの村の住人に迎えようと思っている」
「この村の住人?」
姫の言葉を、そのまま口に出す。
「ああ、そうだ」
「僕は元の世界に帰りたいです・・」
「姫様のお誘いを断る気か!」
背後から村人の罵倒が聞こえた。心臓が縮こまる。
やっぱり、止めておけば良かったと後悔する。自我を出せば、怒られるのは昔から知っていたのに。
「そうだったな。忘れておった」
姫は口に手を置き、笑いながら言った。
「だが、安心してくれ。永久にこの村に居てくれとは思わない。そなたが望むなら、元の世界に返す方法を思案することにしよう」
「はい。ありがとうございます」
俺に与えられた選択肢は、強制的に一つに絞られていた。
「さてお前の意思確認をしたい。私の村の住人になってくれるな?」
「はい」
俺の生き方は、この世界でも変わらない。強者に巻かれるこの生き方。何も持ち合わせていない者の処世術。希望は恵まれた者の特権で、努力は余力ある者の娯楽に過ぎない。だから、だから俺は決して間違っていない。
「これをですか?」
「そうだ。壺を持て」
言われるまま、煤けた砂のようなものが入っている壺を胸の高さまで持ち上げる。
「新たな村人の誕生を祝して」
「「「誕生を祝して」」」
姫の音頭に続いて、村人たちは叫び、壺の中のものを自身に向けて振りかけた。村人たちは満面の笑みで、姫はその光景を満足そうに見ている。この常軌を逸している異様な雰囲気に飲まれ、俺も持っていた壺を頭上でひっくり返した。
被ってみて、それが灰だと気づく。灰が鼻から体内に入り、咳き込む。
「あなたが間違った選択をしなくて良かったです。末永くよろしく」
皺だらけの手と握手をした俺の手は、老人の力強さで痛みを感じた。
「めでたいな」
「わしは助六じゃ。よろしく」
「わしは権兵衛じゃ」
村人が、次々と寄ってきて俺の手を取る。
「宴じゃ。宴」
誰かが言った。
それから、俺が主役のあまりに暗い宴が始まった。ある者はどこから持ってきたのか鼓を打ち、ある者は鼓に乗って唄を唄い、ある者とある者は日中にもかかわらず酒盛りを始めていた。
「止め!!」
姫が発した大声で、皆が静まり帰る。
「招かれざる客が来たようだ。皆の者対処に当たれ!」
姫が村人たちに命令し終えると、彼女と彼らは一斉に部屋を出ていく。部屋に残ったのは、俺と老人の二人だけだった。老人は俺に近寄ってくると、強引に俺の手を掴んで俺を連れて部屋を出る。
引っ張られ続ける痛さに思わず、老人の手を振り払う。
「どこに連れて行く気ですか?」
口調が、少し強くなる。
「黙ってついて来い」
大きくは無いが、有無を言わさない強い語気に怯む。俺は、おとなしく老人についていく。老人の向かった先は、老人の家だった。
「この場所に隠れていてください」
そう言った老人は、俺を押し入れに押し込んだ。
「一人にしないでください」
心細さで泣きそうだった。
「大丈夫です。私の言うことをしっかりと守っていれば」
老人は笑顔を見せるが、そんなものでは不安は解消されなかった。押し入れの襖が閉まり、完全な暗闇となる。暗闇は、少しの安心とそれを覆い隠す大きな不安と無限の恐怖を俺に与えた。




