異界駅6
未知の世界にきて二日目の空は、相変わらずのままだった。元の世界では感じなかった日光を浴びない弊害を感じる。老人の家の縁側から曇天を突き破る大いなる太陽の光を待ちわびて空を見つめる。
外へ出かける好奇心も無いわけではないが、行こうとすると老人に止められるのは目に見えているのでやめておく。老人は、村人たちの会合があるとかで昼食をとった後、出かけて行った。
縁側に座りながら、頭を空っぽにする。何も考えたくなかった。
人は、思考を放棄したら眠くなるらしい。眠気によって少し目を瞑る。再び開けた俺の目は、視界の左端に人の姿を捉えた。その存在よりも、その人が着ているあまりにもみすぼらしい服に驚いて、思わず視線を向けてしまった。
そこに居たのは、あるべきはずのところに鼻と右目がないバケモノだった。瞳孔が大きく開き、息が浅くなる。この場から逃げ出したいのに、腰が抜けて動けない。
「怖がらないでください。私は、あなたの味方です」
鼻と右目が欠落しているバケモノに言われても信じるはずがない。
「この村は、とても危険です。とにかく、ここから一刻も早く出来るだけ遠くに逃げてください」
それは、根拠もなく、意味不明な言葉を吐き続けていた。腹が立ってきた。
「逃げる?どこに?」
気づけば勝手に口が動いていた。
「私には分からない。でも、あなたなら導かれるはず」
無責任な言葉が、俺の神経を逆撫でする。
「ここに居れば安心って言われた。だから、俺はここに居る」
「お願いです。考えることを止めないでください。環境と他人に惑わされないでください」
俺の自尊心が、傷つけられた。恐怖などは忘れて、憤りと怒りの感情が沸々と湧いてくる。
「お前は何者だ」
人間として未完であるこいつに、弱気になるのも馬鹿馬鹿しくなった。鋭く睨みながら、バケモノの返答を待つ。
「私は、あなたの味方。それしか今は言えない」
あまりに不確定すぎる返事だった。それにもかかわらず、自信溢れる言い方に無性に腹が立つ。
「答えになっていない」
髪の毛が無く、性別も年齢も判別不明なそいつは、片方しかない眼で俺を見つめていた。ただ真っ直ぐに。その目を見ると、俺の中に恐怖に似た感情が芽生えた。この感情の名が、畏怖だということを理解することが出来なかった。もし、理解できたとしても信じようとは決してしないだろう。
この場所から、このバケモノから逃げ出したい気持ちが、再びやってきた。その瞬間、玄関から扉を開ける音がした。
もう一度振り向いた時には、あいつは消えていた。
老人にさっきまでの出来事を話そうとしたが、寸前のところで止めた。
「どうしました?」
「いえ。何も無いです」
「私に何か言いたそうな顔してますよ」
目の前にいる老人に、全てを見透かされ常に監視されている気がする。それが事実だとしても、俺にはどうしようもないことだと自分自身に言い聞かせる。
「無いのならいいです。そんなことより、姫様があなたのことをお呼びです。あなたが知りたがったこれからのあなたについてお決まりになられたそうです」
今日もこの世界は、重い重い曇り空の下動いている。




