異界駅5
夜が深まっていく。外からは、耳障りの虫の声が聞こえてくる。
老人から与えられた布団に潜り込んでいる俺は、中々眠りにつけずにいた。布団から顔だけ出し、真っ暗な天井を睨む。
退屈な時間が過ぎていくと、徐々に眠気が遠くの方からやってきた。眠りの世界へと入る刹那、家族たちは俺が居なくなって心配してくれているのか、そんな他人事のような疑問が今更ながら頭をよぎる。思考をしながら眠りへと入る。
誰かに呼ばれている気がする。
気が付くと、真っ白な空間にいた。白以外の色彩を、俺の目は捉えなかった。ここは、室内でも室外でもない気がした。
また誰かに呼ばれた気がした。姿の見ない者からの問いかけに、不思議と恐怖は感じなかった。
「急に呼び出してしまって申し訳ない」
今度は、すぐ間近で声がした。振り返ると、立派なひげを蓄えた壮年の男性が、立っていた。俺は、ただじっと男性を見つめる。男性もこちらを見つめ返す。そこにある沈黙は、心地よいものだった。
「罪の無きそなたをこのような地に送り込んでしまってすまない」
少しの沈黙が過ぎ去った後、口を開いた男性は頭を下げた。突然、頭を垂れられ驚いた。
「頭上げてください。今のところ、まだ無事ですから」
俺の言葉で、男性が頭を上げる。
「そう言ってもらえて助かるよ。だが、あの連中は君の思っているよりお人よしではない」
あの連中とは、きっと老人が言っていた人ならざるモノのことだろう。
「しかし安心してくれ。君を助け出すための者を派遣する」
「ありがとうございます」
深く考えることもせず、反射的に返事をする。
その後、男性と何か話した気がしたが、その内容は記憶から抜け落ちた。しかし、最後に男性から言われた言葉は、脳にこびりついていた。
「真の言葉に耳を傾け、偽りの言葉を退けよ」
体にまとわりつく蒸し暑さで、目を覚ます。最悪の目覚めだった。
そして、俺は気づく。真っ白なあの世界、あの世界で出会った男性も全て夢の中の出来事だった。あの男性が、もたらしてくれた希望も救いも跡形もなく消えていく。
一人で勝手に絶望し、気分がどん底まで落ちた。活力が全く湧いてこない。そんな自分に嫌気が差し、存在すること自体、億劫になる。
起きたばかりの回らない頭で、答えの出ない問いを考え続ける。未だ体を布団から出せていない怠惰な人間は、簡単に絶望という着地点に落ち着いた。
「そろそろ起きてください。朝ごはんも出来ていますので」
老人の催促で、ようやく布団に別れを告げる。
「おはようございます。昨日は、あまり寝れなかったようですね」
老人は、昨日よりずっと笑みを深めていた。
「おはようございます」
朝一番の掠れた声しか出なかった。
「慣れない環境なので致し方ないですよ。そういえば、昨夜うなされていましたが、何か夢でも見ていたのですか?」
真っ白の世界とあの男性が頭をよぎるが、また絶望が蘇りそうで、俺は老人に嘘をつくことを決めた。
「いいえ、夢は見てないです」
「そうですか。それなら良かったです」
老人の微笑みが強くなった。少し、不気味に感じる程に。
「今日は、僕何をすればいいですか?」
俺の言葉を聞いた老人は、突然手を叩いて大笑いし始めた。その異様な光景に、恐怖で俺の体は固まった。
「実に可笑しい。あなたに出会えて本当に私は幸せ者だ」




