異界駅4
上座に姫が座り、俺は下座に控える。
「面を上げよ」
高圧的な声を受けて、顔を上げる。上座から狐の御面に、見下ろされる。
「お前は、異界から来たものだ」
「え?」
姫の言っていることが、理解できない。
「やはり気づいていなかったのだな。お前が以前居た世界とはこの世界は異なる」
受け入れがたい事実を突きつけられた人間は、現実から目を背けるために自らの思考を止める。
「まあそう絶望するでない。私たちは君を助けたいと思っている」
まだここが本当に異界であると信じ切っていないが、姫の言葉は救いとなった。
「ありがとうございます」
前からは姫、後ろからは村人たちの視線を一身に受ける。この場の雰囲気にのまれ、息をするのも苦しい。
「我が村唯一の神事に仕える者と協議する故しばし待たれよ」
姫の屋敷からの帰り道、村人たちに囲われながら老人の家に向かう。何かから俺を遠ざけようとしているかのように。
老人の家に着くと、老人以外の村人は解散していった。
老人の家の居間で、老人と向かい合う。沈黙が続くのが、怖くて口を開く。
「僕はこれからどうしたらいいですか?」
「あなたは何も考えなくて大丈夫です」
老人は、柔らかい笑顔を崩さなかった。安心しきったその顔に、俺の緊張も少し和らいだ。
「私たちの言うことをしっかり聞いてくれたら悪いようにはしませんから」
考える必要が無くなって、肩の力が抜ける。
「早速、必ず守ってもらいたいことがあるのですが、外出をする際は、私の許可を得てからにしてください」
「何故ですか?」
「外は危険でいっぱいですから」
「さっき歩いていた時に聞こえた呻き声と関係あるんですか?」
老人は、俺からの問いを聞いてまた乾いた笑い声を響かせた。
「あなたも聞こえていましたか。あの声を」
「何ですか?あの声は」
少しでも引いたらうやむやにされそうだったので、俺は畳みかけるように質問を続けた。
「人ならざるモノの声ですよ」
「ゆうれい?」
「少し違う。命を授かった際に、前世の穢れが身体の欠損として現れている忌み嫌われるべきモノたちのことです」
老人の話は、難しく少ししか理解できなかった。ただ、この村には俺にとって害となる存在がいるということは理解できた。
「家の中は、姫様の力で守られております故、安心してください」
姫が、村人から崇められている理由が、少し分かった気がした。
空が曇天に覆われ続けていた日中が過ぎ、夜が訪れた。暗かった世界が、より一層暗くなった。古来からの日本の原風景である囲炉裏の火を眺める。ぱちぱちと火花が弾ける音が、どこか懐かしいところに連れて行ってくれた。
しかし、俺の時空を超えた儚い旅路は、老人の足音によって終わりを告げた。
「これでも食べて温かくなってください」
老人は囲炉裏鍋を持ってきて、囲炉裏の上に置いた。蓋の隙間から蒸気が上に逃げる。出来上がるまでの時間は、長いようで短かった。
「熱いうちに食べてください」
老人から器を受け取り、手を合わせる。
「いただきます」
異界の地で、異界のものを初めて口にした。




