異界駅3
老人の家で、部外者の俺が一人でいる。奇妙なこの現状が、どうにも落ち着かない。
居間であろう部屋の畳の上で寝転がってみる。見つめる先の天井は、木目が気味の悪い顔に見えて慌てて目を逸らす。ズボンのポケットから何かが滑り落ちる。
電波が届かなくなって無用の長物に成り果てた携帯だった。電波が奇跡的に届いていることを願って、携帯の電源を入れる。液晶画面の右上の圏外の文字が、俺に現実を叩きつける。再び電源ボタンに親指をかけた時、異変を感じる。時刻を示しているはずの場所に、数字ではなく文字化けした漢字が書かれていた。
「ただいま帰りました」
玄関の方から老人の声が聞こえた。慌てて携帯の電源を切る。老人には、この携帯を見られたらいけない気がした。
俺は、立ち上がり玄関に向かう。老人は何故かまだ家の中に入って来ておらず、玄関扉の前に立って入るのが曇りガラス越しに見えた。
「ここの戸を開けてください」
曇りガラスの先の人影は、一つだけではなかった。
「そこにいるんでしょ。早くしてください」
老人の口調が強くなり、扉を叩く音が響く。この扉を開ける危険性は、俺ですら分かっていた。
「はやくはやく」
扉を叩く音が強くなっていく。扉を突き破りそうな勢いになっていた。
結果、俺は老人に屈服した。言われた通り、曇りガラスの扉を開ける。顔を上げることが出来ず、地面しか見られなかった。無数の人影が、ゆらゆらと揺れている。
「村の皆さんにあなたの話をしたら是非会いたいって言うから連れてきました」
抑揚のない不気味な無数の笑い声に足がすくむ。
「顔を上げてください。皆さん待ってますから」
老人の命令に似た言葉を受けて、恐る恐る顔を上げる。老人の後ろに立ち並んでいる村人は皆、張り付けたような笑顔をしていた。
「確かにお若い人じゃ」
「めでたいの」
めでたい?奇妙な言葉に、脳が理解できなかった。
「そうじゃ。姫様のところに連れて行ったらどうじゃ」
「それはいい考えだな」
当の本人である俺が話についていけない内に、どんどん話を広げられている気がする。
「そういうことだから、ついてきてください」
完全に主導権を老人たちに奪われた俺に反論することは許されなかった。
老人を先頭に前後を村人たちに囲まれて移動する。
「うーー、うーー」
突然、右の方からうめき声が聞こえて来た。驚きのあまり、一瞬心臓が止まりかけた。怖いもの見たさでうめき声の正体を見ようとするが、村人の体によって視線を遮られてしまった。
「どうしたんですか。早く行きますよ」
俺は、大人しく老人についていくことにした。
しばらく村の中を歩いていくと、ひと際大きな家が見えてきた。そして、その家に向かって老人が進んでいることに気づいた。
「姫様、客人を連れてまいりました」
大きな家の玄関扉を開け、老人が何も見えない空間に声を掛ける。
しばらくの沈黙の後、足音が奥の方からしてきた。足音が段々と近づいてくる。
暗闇の中から狐の御面をつけた人が現れた。
「迷い人よ。よく参られた」
村人たちに姫様と呼ばれる存在と初めて会ったこの時、顔を隠している御面と場を支配する存在感に畏怖を覚えた。




