出会った縁7
「何であの子のことを・・?」
「そんなことはどうでもいい。少年を引き渡せ」
拒絶の念が、溢れてくる。
「・・・嫌」
「え?」
「嫌にきまってるでしょ!!」
私は、目の前の男を憎しみを込めて睨んだ。
「何か勘違いしているようだが、私は少年に害を加えることは一切ない」
「いきなり現れてそんな意味不明なこと言われて簡単に信じれるわけないでしょ」
「言っておくが、あの子のために元居た世界に帰すべきだ」
「何も知らないのに分かったようなこと言わないで。あの子は、私たちが育てる」
「あの子の名前すら知らないのに、よく言えたな」
正論すぎて言葉が出ない。
「何も分かっていないのはお前だ」
突きつけられた現実は、重く私にのしかかる。言い返す言葉が、見つからない。
「みさき、みんなさがしてるよ」
聞き慣れた声に、一瞬の安心とその後に恐怖と焦りが迫ってきた。しかし、私は声が出なかった。
「その人誰?」
少年の声に違和感を覚える。言葉の意味はもちろん分かるが、他の言語を話しているような奇妙な感覚に陥る。
「君を迎えに来たものだよ」
「むかえ?」
「君の両親に頼まれてね」
「パパとママに会ったの?!」
「いや、私は会っていない。ただ君の両親の願いが届いたのだ」
「さぁ帰るぞ」
「ちょっと待って。何でその言葉で話せるの?」
「私が、君の元居た世界から来たことを証明するにはこの方法が一番だと思ってね」
少年は、少年と男が話している間全身金縛りにあって指一本を動かせていない私の方を向く。
「もしかして帰りたくないのか?」
「そんなことないけど・・」
「何だ?」
「少しだけ待ってよ。急すぎて気持ちが追いつかないよ」
「分かった。日が変わる頃、再び迎えに来る」
「うん。ありがとう」
男は、森の中に消えていった。
とりあえず、私を探してくれていた優香と彩夏のところに向かう。
「どこに行ってたの?電話も出なくて心配したんだから」
「ごめん彩夏。ちょっと迷子になってたんだ」
「美咲も見つかったことだし、そろそろ帰ろ」
「そのことなんだけど・・」
優香と彩夏が、私の方を向いて次の言葉を待っている。
「この子と二人きりになりたいの」
「分かった。彩夏と先に帰ってるね」
優香が、私の言いたいことを察してくれた。彩夏も何かを感じ取ったのか、おとなしく優香についていった。
二人の思い出の公園に立ち寄る。私たちは、隣同士でベンチに座る。勇気を振り絞って、口を開く。
「色々聞きたいことあるけど、君は一体何者?」
「僕はこの世界の人間じゃない。美咲と会ったあの日に、この世界に迷い込んだ」
薄々感じていたことを、少年自身の口から聞いた。彼が、この世界とは違う世界の住人という事実をすんなりと受け入れている私自身に驚いている。
「あの怪しい人は誰?」
「分からない。でも、多分あの人が言ってたことは、嘘じゃないと思うんだ」
「え?」
「実は、前の世界の言葉で話してるんだ」
さっきから感じていた違和感の正体に気づく。
「そして、僕は元の世界に帰らないといけない・・ママとパパが待っているから」
この子は、私と違って帰りを待つ愛する家族がいるんだ。私のわがままで彼を引き止めることは出来ない。
「・・・そうなんだ」
必死に言葉を振り絞る。
「お父さんとお母さんのところに帰れるんだよね?良かった良かった。うん、良かった」
胸の奥から込み上げてくる熱い何かを抑え込みながら、必死に自分で納得しようとする。
「美咲?大丈夫?」
「大丈夫だよ!」
叫び出したい気持ちを抑え込み、ぎこちない笑顔を必死に作る。
「僕は、美咲と離れたくない・・」
彼の悲しみがこもった言葉に、私の中で抑えていたものが噴き出してくる。
「私だって離れたくないに決まってるじゃん!!ずっとずっと一緒にいたいよ!!」
私が、取り乱すわけにはいかないのは頭では分かっているのに、この感情を止めることは出来なかった。
「この世界に残るって選択肢はないのかな?」
その言葉を口にした瞬間、少年の困った顔を見て後悔する。
「ごめん。今の言葉は忘れて」
しばらくの間、嫌な沈黙が公園内を支配した。
「どうして僕のことを助けてくれたの?」
少年が、ぽつりと言う。
「あの日、君と出会ったあの夜、警察や児相に連絡しなかったのは、ただの私の自己満足で偽善だったのかもしれない。ただ、あの時の君は、昔の私みたいだったから。昔の私が、大人にして欲しかったことをしただけだよ」
私の時が動き始めたあの日のことを、思い返しながら一言一言紡ぐ。
「僕が迷い込んだのが、この世界で、この土地で、出会ったのが優香と彩夏、そして美咲で、そんな恵まれた日々を送れて本当に良かった」
少年は、涙を流しながら私に笑顔を向ける。その笑顔を見て、私も笑顔を作る。
私たちは、夕日が沈み、月と星が光を放ち、夜が深くなるまで語り続けた。少年の世界のこと、少年の家族のこと、優香のこと、彩夏のこと、そして私の家族のこと。
私たちが座っているベンチの後ろで、風が吹く。何も言われなくても、何も言わなくても私たちは分かっていた。時が来たのだと。
少年が、ベンチから立ち上がり、座っている私と目線が同じ高さになる。
「美咲、いままでありがとう」
「こちらこそありがとう」
残り僅かな少年との会話を交わしていった。
「ねぇ、最後に名前教えてよ」
彼が私に教えてくれたのは、周りの人を優しく照らし輝く、まさに彼のような素敵な名前だった。
「元気でね」
「うん!美咲またね」
彼が最後の言葉を言い終わった途端、突風が吹き、公園内の砂が舞い上がり咄嗟に目をつぶる。
突風が収まり、目を開けると彼はもうこの世界からいなくなっていた。
ひとりで見上げた満月の美しさに、私は涙を流す。




