第四話 拠点防衛 その2 「敵の敵は味方」
「明日の作戦について最終確認する」
夕食後、村の集会所でブリーフィングが始まった。永田を中心に4人は地図を囲んでいる。飯塚が撮影したドローン映像と村人から得た情報をもとに作られた手描きの地図だ。
「ゴブリンの拠点はここ」永田が指差したのは村から北東3キロほどの位置にある小さな洞窟だった。「20体前後のゴブリンと首領格の大型個体1体を確認している」
「先制攻撃で一気に片付けましょう」東堂が意気込んだ。「主砲一発で...」
「否定する」永田はきっぱりと言った。「まず地形を考えろ。あの洞窟は入口が狭い。拠点内部に効果的に攻撃するには、向いていない」
東堂は少しがっかりした様子だが、すぐに冷静さを取り戻した。
「車長の言う通りです。では、どのような作戦を...?」
「基本は待ち伏せ作戦だ」永田は地図上の一点を指した。「村人たちの話では、ゴブリンは定期的に食料と女性を求めて村を襲うらしい。この時期は特に活発になるそうだ」
「今週中に現れる可能性が高いと村の猟師が言っていました」立川が補足した。
「地形的にこの峡谷が適しています」飯塚が地図を指さした。「ここなら、彼らの進路を限定できます」
「地形的に適しています」立川が頷いた。「この狭い峡谷なら、彼らの進路を限定できます」
「ナナヨンをここに配置」永田は続けた。「飯塚は操縦席でスタンバイ。東堂は砲手席で、状況に応じて主砲使用も許可する」
東堂の顔が一瞬輝いた。
「立川は89式で外部警戒。私は全体指揮だ」
「了解!」3人が揃って答えた。
そのとき、集会所の外から物音が聞こえた。
「確認してくる」立川が小声で言い、89式を手に取って出ていった。
「...異常ありません。村の子供たちです」すぐに戻ってきた立川が報告する。
永田は黙って頷いた。「警戒は怠るな。あの偽騎士団、まだ近くにいるかもしれない」
「車長」東堂が真剣な表情で言った。「ところで、あの山賊たちが村を狙う理由はなんでしょうか?」
村長が答えた。「私たちの村は小さいですが、穀物の貯蔵庫と酒造りで知られています。特にこの秋の収穫時期は狙われやすいのです」
「なるほど」永田は頷いた。「食料と酒...山賊にとっては魅力的な獲物だ」
「それだけではありません」村長は声を落とした。「若い女性たちも連れ去られることがあります。奴隷として売られるのです」
4人の表情が厳しくなった。
「そういえば」飯塚が思い出したように言った。「明日のドローン偵察で周辺一帯を確認するべきでしょうか?」
「よい発想だ」永田は飯塚を見た。「敵の動向を掴んでおくに越したことはない」
「了解です!」飯塚は嬉しそうに頷いた。
「では、今日はここまでだ。全員休息を取れ」
4人は散会し、村の家々に分かれて宿泊することになった。永田は装備品を整理しながら、翌日の作戦を頭の中で何度もシミュレーションしていた。
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「車長!大変です!」
翌朝、飯塚が急いで永田のもとにやってきた。彼の表情は緊迫している。
「何があった?」
「朝のドローン偵察で判明したのですが、村の南西方向、約5キロの地点に騎士団...いえ、山賊たちの陣地を発見しました!」
「なに?」
「さらに悪いことに、彼らも間もなく動く準備をしているようです。キャンプを撤収中でした」
「詳細を説明せよ」
すぐに4人は集まり、飯塚のドローン映像を確認した。画面には20〜30人ほどの武装した男たちが見える。前日見た騎士団のメンバーもいる。
「どうやら昨日の一件で逆恨みした山賊たちが、本格的な攻撃を計画しているようだ」永田は冷静に分析した。「奴らも村の収穫物を狙っているのだろう」
「タイミング的に、ゴブリンの襲撃と近いかもしれません」東堂が指摘した。
「飯塚、もっと近づいて音声は拾えないか?」永田が尋ねた。
「試してみます」飯塚はドローンの操作に集中した。
数分後、ドローンの音声機能を最大限に活用した結果、断片的ながら山賊たちの会話が聞こえてきた。
「...ゴブリンどもが動くのを...」
「...村に新たな守り手が...邪魔だ...」
「...混乱に乗じて...一挙に...」
「なるほど」永田は目を細めた。「奴らの策略が見えてきたぞ」
「どういうことですか?」立川が尋ねた。
「山賊たちはゴブリンの襲撃を知っている。そして、我々の存在も認識している」永田は分析した。「奴らの計画は、ゴブリンと我々が戦っているすきに村を襲撃することだろう」
「つまり...私たちが背後から不意打ちされる可能性があるということですね」東堂が理解した。
「そうだ。これは二正面作戦を強いられる危険な状況だ」
「二正面作戦は避けたいな…」立川が心配そうに言う。
永田は腕を組んで考え込んだ。そして、ふと閃いたように顔を上げた。
「飯塚、山賊たちはゴブリンの存在を知っているか?」
「映像から判断する限り、特に警戒している様子はありません」
「そうか...」永田の目に光が宿った。「ならば、状況を利用できるかもしれない」
「車長?」
「作戦変更だ」永田はきっぱりと言った。「敵の敵は味方作戦を実行する」
3人は興味深そうに永田を見つめた。
「我々は今日、直接ゴブリンの巣を攻撃する。ただし、その前に...」
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正午過ぎ、永田と立川は村の西側の森の中を静かに移動していた。飯塚のドローンが頭上で偵察を続けている。
「目標確認」立川が小声で言った。「山賊の哨戒兵、3名」
「了解」永田はインカムで返答した。「飯塚、誘導開始」
「了解しました」インカムから飯塚の声が聞こえる。
彼らの計画は単純明快だった。山賊の前哨基地に忍び込み、彼らの経路をゴブリンの洞窟方向へ誘導する。そして夜になれば、ゴブリンと山賊が鉢合わせになる...という算段だ。
「立川、準備はいいか?」
「バッチリです」立川は89式小銃を構えた。
「では、行動開始」
二人は素早く動いた。山賊の見張り3人は森の中で談笑していた。油断している。
立川の狙撃で一人が倒れた。他の二人が驚いて立ち上がったところで、永田が後ろから接近し、無音で二人を制圧した。
「第一段階完了」永田はインカムに呟いた。
二人は山賊の前哨基地の近くまで移動し、残りの山賊たちの注意を引くための罠を仕掛けた。
「装置設置完了」立川が報告した。
彼らが仕掛けたのは、自衛隊で訓練に使う簡易的な音響装置だ。これが作動すれば、山賊たちはゴブリンの巣がある方向へ誘導される。
「東堂、そちらはどうだ?」
「洞窟入口から500m地点に誘導装置設置完了」東堂の声がインカムから聞こえた。
「飯塚、車両は?」
「ナナヨンは指定位置に配置済み。エンジン停止、待機状態です」
「了解。全員、集合地点に戻れ」
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夕暮れ時、4人は村から少し離れた丘の上に位置取っていた。ここからは村も山賊の経路も、ゴブリンの洞窟も見渡せる。
「あと30分ほどでゴブリンが動き出す予定時刻です」飯塚がドローンからの映像を確認しながら言った。
「山賊たちは?」
「音響装置に反応して、北東方向—ゴブリンの洞窟方向へ移動中です」
「完璧だ」永田は満足そうに頷いた。「このまま行けば、あと1時間ほどで彼らは鉢合わせになる」
「するとどうなるんでしょうか?」立川が尋ねた。
「どちらも敵対心むき出しの集団だ。一触即発で戦闘になるだろう」永田は答えた。「特にゴブリンは獲物と女性を求め、山賊は財と酒を求めている。互いの利害は真っ向から対立する」
「そして我々は両方を一網打尽にする」東堂が続けた。声には期待が混じっていた。
「正確には、両者が互いに消耗した後で残党を掃討する」永田は修正した。「無駄な戦力は使わない」
4人は夕暮れの光の中、じっと待機した。
「飯塚、映像は?」
「ゴブリンたち、洞窟から出てきました。数は...17体。それと大型個体1体です」
「山賊は?」
「予定通りの経路を移動中。このままだと、あの小さな谷間で遭遇しそうです」
永田は黙って頷いた。計画は順調に進んでいる。
「車長」東堂が突然言った。「彼らが戦闘状態に入った後、74式の主砲を使えば一気に—」
「待て」永田は手を上げた。「無駄な弾薬は使わない。基本は消耗戦を見守り、必要に応じて掃討する」
東堂はがっかりした様子だが、反論はしなかった。
「接触まであと5分です」飯塚が告げた。
4人は緊張感を高めながら、準備を整えた。
「それにしても」立川が小声で言った。「車長の作戦は見事ですね」
「当然だ」永田は答えた。「これが自衛隊式人道支援だ」
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「接触!接触しました!」飯塚の声が高まった。
ドローンの映像には、山賊とゴブリンが遭遇する様子が映っている。最初は双方が驚いたように立ち止まったが、すぐに敵意むき出しの状態になった。
「戦闘開始」永田が確認した。
山賊たちは剣や弓で武装しており、ゴブリンたちは粗末な武器を持っている。数的には山賊のほうが若干多いが、ゴブリンのほうが獰猛さでは上回っていた。
戦いは激しく展開した。山賊の首領と思われるロンドが号令をかけ、ゴブリンたちに対して突撃。一方のゴブリンの大型個体も仲間を指揮し、応戦している。
「山賊の方が組織的です」東堂が観察した。「しかし、ゴブリンのほうが個体の耐久力が高いようです」
「双方ともかなりの損耗が出ている」永田は映像を見ながら言った。「あと10分ほどで決着がつきそうだ」
「どちらが勝ちそうですか?」立川が尋ねた。
「現状では山賊優勢。だが、ゴブリンの大型個体が厄介だ」
映像では、ロンドとゴブリンの首領が直接対決していた。ロンドは剣の扱いに長けているが、ゴブリンの首領は圧倒的な力と耐久力で押し返している。
「これは...」飯塚が目を見開いた。「まずいです!ロンドが指示を出しました。山賊の別働隊が村の方向へ...!」
「なに!?」永田は身を乗り出した。
確かに、ドローン映像の端には、山賊の一部が戦場から離脱し、村の方向へ向かっている姿が映っていた。
「何体だ?」
「6体...いや、7体です!」
「作戦変更」永田は即座に判断した。「飯塚、ナナヨンへ急行。東堂と共に村への経路を遮断せよ」
「了解!」
「立川、私と共に残りの敵を監視する。状況次第では介入も辞さない」
「了解です」
飯塚と東堂は急いで丘を下り、少し離れた場所に隠しておいた74式戦車へと走った。
「なぜ分断したんだ...」永田は眉間にしわを寄せた。「おそらく村を人質に取る作戦か...」
「車長、メイン戦場の状況に変化が!」立川が報告した。
ドローン映像では、ゴブリンの首領がロンドを押し倒し、優位に立っていた。そして次の瞬間、ゴブリンの首領はロンドの胸を貫いた。
「山賊の首領、戦闘不能」立川が冷静に報告する。
「残存戦力は?」
「山賊側6体、ゴブリン側9体。どちらも元の半分以下です」
「了解」永田はインカムを調整した。「飯塚、東堂、状況はどうだ?」
「ナナヨンに到着、エンジン始動完了」飯塚の声が聞こえた。「村方向へ向かう山賊の進路を遮断する態勢です」
「了解。我々も合流する」
永田と立川は丘を下り、インカムで位置を確認しながら74式戦車へと移動した。二人が到着した頃には、74式のエンジンは唸りを上げ、砲塔には東堂の姿が見えた。
「全員、搭乗」永田が命じた。
4人が74式に揃うと、戦車はゆっくりと動き始めた。
「現在の状況は?」永田は戦車内のモニターで確認した。
「村に向かった山賊たちは、このルートを通過します」飯塚がモニターの地図を指さした。「あと3分で交差します」
「了解」永田は頷いた。「基本的には降伏を促す。抵抗する場合のみ武力行使。無駄な殺傷は避ける」
「了解」3人が応じた。
74式戦車は茂みの陰から一気に加速し、山賊たちの進路上に飛び出した。戦車の突然の出現に、山賊たちは動きを止めた。
「立川、拡声器」
立川は小型の拡声器を永田に渡した。永田はハッチから上半身を出し、拡声器を口元に当てた。
「これ以上の進行は許可しない。武器を捨てて降伏しろ」
山賊たちは一瞬、迷っているようだったが、すぐに弓を構えた。
「逃げろ!あの鉄の怪物を倒せるはずがない!村を焼き払うぞ!」リーダーらしき男が叫んだ。
「なるほど、交渉の余地なしか」永田はハッチを閉めた。「東堂、威嚇射撃」
「了解です!」東堂の声が弾んだ。「主砲、発射準備完了!」
「発射!」
轟音と共に105mm砲弾が発射され、山賊たちの数メートル先の地面に命中した。爆発の衝撃で山賊たちは吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。
「効果確認」永田が命じた。
「全員、気絶または降伏の意思表示」立川が報告した。「人的被害なし」
「よし」永田は頷いた。「飯塚、村の方向へ進め。東堂と立川で降伏した山賊たちを拘束しろ」
「了解!」
74式戦車は村の方向へと向かった。その背後では東堂と立川が降伏した山賊たちを縄で縛っている。
「ところで、本隊の方はどうなった?」永田が尋ねた。
「ドローン映像によれば...」飯塚はモニターを確認した。「ゴブリン部隊が勝利したようです。生き残った山賊3体は森へ逃走中」
「ゴブリン側は?」
「残存7体と首領。こちらも損耗が激しいです」
「我々がいなくても、かなり削り合ったな」永田は満足そうに言った。「これなら、村の安全も確保できる」
「車長!」飯塚が突然声をあげた。「ゴブリンたちが村の方向へ向かっています!」
「なに?」
「どうやら、山賊を追ってこちらへ来るようです!」
「了解。偵察ドローンの映像を確認」永田は命じた。
「ドローン映像によれば...」飯塚はモニターを確認した。「ゴブリン部隊が勝利したようです。生き残った山賊3体は森へ逃走中」
「ゴブリン側は?」
「残存7体と首領。こちらも損耗が激しいです」
「我々がいなくても、かなり削り合ったな」永田は満足そうに言った。「山賊たちは我々を不意打ちするつもりが、逆にゴブリンと激突することになった。完璧な逆転だ」
「車長の読みが当たりましたね」立川が感心した声で言った。
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夕暮れ時、村では祝賀会が行われていた。山賊とゴブリンの脅威から解放された村人たちは、自衛隊員たちを英雄として歓迎した。
「勇者様...いや、自衛隊の皆様」村長が感謝の言葉を述べた。「我々の村を救っていただき、本当にありがとうございます」
「我々の本分です」永田は謙虚に答えた。
集会所の一角では、東堂が子供たちに護身術を教えている。立川は若い村人に89式の手入れ方法を説明していた。飯塚はドローンを飛ばして、子供たちを喜ばせていた。
永田は少し離れたところで、夜空を見上げていた。この世界の二つの月が、静かに輝いている。
「車長」飯塚が近づいてきた。「SDFPの報告です」
「どうだ?」
「山賊とゴブリンの討伐で合計150ポイント加算されました。現在の合計は217ポイントです」
「まだまだ道のりは長いな」永田はつぶやいた。
「でも、着実に進んでいます」飯塚は前向きに言った。
永田は黙って頷いた。ポケットに手を入れると、中にはさっきまで忘れていた小さなラジオがある。彼はそっとそれを握りしめた。
「ところで」飯塚が続けた。「今回の作戦、さすが車長ですね。敵同士を戦わせるなんて」
「兵法の基本だ」永田は答えた。「限られた戦力で大きな成果を上げるには、知恵を使うしかない」
「それにしても」飯塚がくすりと笑った。「東堂さん、すごく嬉しそうでしたね。主砲を撃てて」
「...あれは状況が許したからだ」永田は言い訳めいた口調で言った。
「もちろんです」飯塚は相好を崩した。
遠くでは、東堂が満足そうに砲塔を撫でている姿が見えた。
こうして村は平和を取り戻し、永田たちの異世界での冒険は次の段階へと進んでいった。
SDFP:217/1,000,000
作戦継続中...