第三話 ”補給線”
朝日が村の上に昇り始めた頃、永田は早めに起きて74式戦車の点検に向かっていた。昨日のゴブリン討伐作戦で主砲を使用したため、残弾数や燃料の確認が必要だった。
「おはようございます、車長」
東堂も早起きだった。彼女は砲塔の上に立ち、昨日の戦闘の痕跡を確認していた。
「ああ、おはよう」永田は挨拶を返した。「弾薬の状況はどうだ?」
東堂は「それが…」と言いながら砲塔内部を指さした。「不思議なことに、使用した主砲弾が元に戻っています」
「何だって?」
永田は戦車内に入り、弾薬庫を確認した。確かに昨日使用したはずの105mm砲弾が、きちんと補充されている。
「これは…」永田は混乱していた。
その時、飯塚と立川も合流してきた。
「おはようございます!」飯塚が元気よく挨拶する。「車長、大変です!…あ、いい意味で」
「何かあったのか?」
「燃料計が満タンになってます!昨日は半分近く使ったはずなのに!」
立川も不思議そうな顔で言った。「89式の弾倉も、使った分が元に戻ってるんです」
4人は黙って互いの顔を見合わせた。
「ステータス…」永田がつぶやいた。「ステータスを開いてみろ」
4人はそれぞれ「ステータスオープン」と声に出した。彼らの目の前に半透明の画面が浮かび上がる。
「ここだ」東堂が画面の一部を指さした。「消耗品回復(パッシブ/要リロード)、燃料回復(パッシブ/休息)…」
「まさか」立川の目が大きく見開かれた。
「これって…」東堂が言いかけたところで、飯塚が興奮した様子で割り込んできた。
「チートスキルですよ!車長!転移時にナナヨンがチート能力を獲得したんです!」
「チート?」永田は首を傾げた。
「異世界転移モノでは定番です!」飯塚は嬉しそうに説明し始めた。「転移者には特殊能力が与えられるのが普通なんです。でも僕たちは戦車の中で意識を失っていたから、能力が全部ナナヨンに行ったのかも!」
「馬鹿な…」永田は半信半疑だった。
「でも事実として、使った分の弾薬が回復し、燃料も満タンになっているわけですから」東堂が冷静に分析する。「これは戦術的に非常に大きな利点です」
「じゃあ、無限に戦えるってこと?」立川が期待を込めて尋ねた。
「いや、よく見ろ」永田はステータス画面を指さした。「『パッシブ/要リロード』『パッシブ/休息』とある。つまり一定時間の休息が必要なんだろう」
「車長の言う通りです」東堂が頷いた。「休息を取れば燃料が回復し、一定時間が経過すれば弾薬も回復する…」
「でも、これだけでも十分すごいです!」飯塚の目が輝いていた。「異世界でのサバイバルの最大の問題は補給線が無いことですが、それが解決しちゃいました!」
永田は考え込んだ。確かにこれは大きな利点だった。
「ねえ、そういえば」立川が突然言った。「SDFPって項目、もっと詳しく見れないかな?」
「そうだな」永田も気になっていた。「SDFPの項目をタップしてみるか」
永田がステータス画面のSDFP項目をタップすると、新しいウィンドウが開いた。
「自衛隊ポイント:現在72ポイント/1,000,000ポイント」という表示の下に、「装備品カタログを開く」というボタンが表示されていた。
「カタログ?」永田がボタンをタップすると、膨大な項目が並んだリストが展開された。
「うおっ、これは…!」飯塚が驚きの声を上げた。
画面には日本の自衛隊で使用されている装備品がカテゴリ別に整理されて並んでいた。
「武器」「弾薬」「車両」「通信機器」「レーション」「医療品」など、様々なカテゴリがあり、それぞれにポイント数が表示されている。
「これは凄い…」東堂が目を見開いた。「89式5.56mm小銃(固定銃床式):50P、9mm拳銃:30P、手榴弾:15P…」
「戦車用の弾薬もある!」飯塚が興奮気味に言った。「93式105mm装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS):300P、91式105mm多目的対戦車榴弾(HEAT-MP):250P、77式105mm戦車砲空包:100P…」
「車両まであるぞ」永田が画面をスクロールした。「軽装甲機動車:25,000P、高機動車:15,000P、偵察バイク:5,000P…」
「戦車部品もあります」東堂が別のカテゴリを見つけた。「74式戦車エンジン部品、砲塔関連、装甲板…修理用品一式も」
立川がレーションのリストを見て目を輝かせた。「戦闘糧食Ⅱ型のレーションだ!カレーメニューもあります!あ、今日は木曜日だからビーフシチューの日ですね!」
「おっ、戦闘糧食の日替わりメニューですね!」飯塚も食い入るように見ていた。「甘めのメニューもあるんですね、嬉しい!」
「バランスも考慮されているようだな」永田は興味深そうに眺めた。「東南アジア系のメニューはないか…ミーゴレンやナシゴレンといったものは…」
「車長、水曜日にナシゴレンがありますよ!」飯塚が報告する。
「本当か?」永田の目が輝いた。
「それより主砲の新型弾薬を確認しましょう」東堂が食事の話題を変えようとする。
「立川、高級レーションはあるか?」永田が尋ねた。
「うーん、フランス軍のレーションに比べるとちょっと…」立川が少し残念そうに答える。
「この際、装備品の購入についてルールを確認しておこう」永田は言った。「ステータスをよく見ると、所持ポイント以上の装備品は購入できないようだ」
「なるほど…借金はできないということですね」東堂が頷いた。
「ゲームみたいですね」飯塚が目を輝かせた。「持ってるお金の範囲内でしか買い物できないって」
「だからこそ、慎重にポイントを使わないといけないな」永田は言った。
「何か買ってみませんか?」立川が提案した。「試しに小さいものを」
「そうだな…」永田は考えた。「では試しに、携帯型ラジオを注文してみるか。5ポイントだ」
「でも車長、そのポイントを使ったら日本に帰るのが遅くなりますよ」飯塚が心配そうに言う。
「そうだな。だが機能を確認する必要がある。100万ポイント中のわずか5ポイントなら問題ないだろう」
永田が該当項目を選択し「購入」ボタンを押すと、「配送中…」という表示が出た。そして数秒後、74式戦車の装填手席の横に小さな光が現れ、そこから自衛隊仕様の携帯ラジオが現れた。
「うおっ!」立川が驚いて後ずさった。
「本当に来た…」東堂も信じられない様子だった。
飯塚は興奮して何度も「やっぱりチートだ!」と繰り返していた。
永田はラジオを手に取り、電源を入れてみた。実際に作動する。チューニングのダイヤルを回してみるが、当然ながら何も聞こえてこない。
「あの...車長」立川が小声で言った。「この世界にラジオ局ないですよね?」
永田は動きを止めた。「...そうだな」
「じゃあこれ...意味ないんじゃ...」立川の言葉は尻すぼみになった。
一瞬の沈黙の後、飯塚が爆笑した。「まさに無駄遣い!SDFPの無駄遣いですよ!完全なゴミですね!」
「うるさい」永田は顔を赤らめながらラジオをポケットにしまった。「機能確認ができただけでも意味はある」
「いや~、さすが車長」東堂がにやにやしながら言った。「大局的な判断ですね」
「お前らもう黙れ」
「でも...」立川が急に言った。「異世界での記念すべき最初の買い物としては価値ありますよ!」
永田は意外そうな顔で立川を見た。「そうだな...そう考えれば悪くないかもしれん」
「そうですよ!」飯塚も調子を合わせた。「歴史的な初購入品ですよ!」
「レーションも買いましょう!」東堂が即座に提案した。「...と言いたいところですが、やはり新型弾薬の方が...」
「東堂...」永田は警告するように言った。
四人は笑いながら、異世界でのSDFPシステムの使い方について学んだのだった。永田はラジオをポケットにしまった。
「やはり、今はこれ以上消費すべきではない」永田は断固として言った。「我々はまだこの世界のことをほとんど知らない。ポイントは慎重に使うべきだ」
「車長の言う通りです」東堂が同意した。「戦術的判断として、資源の温存は重要です」
「でもいつかはバイク買いたいですね!」飯塚の目が輝いていた。「偵察範囲が広がりますよ!」
「そのためにも、まずはポイントを貯める方法を考えるべきだな」永田は言った。
4人は再びステータス画面を確認した。
「ポイントは人道支援により蓄積」と書かれている。
「これまでの経験からすると、村を守ったり、危険な存在を排除したりすることでポイントが入るようだな」永田が分析した。
「じゃあ、もっと人道支援をすれば良いんですね!」立川が明るく言った。
「そうだな」永田は頷いた。「だが、無謀な行動は慎むべきだ。我々の第一の任務は生存と帰還だ」
その時、村の方から声が聞こえてきた。
「勇者様たち!大変です!」
村の若者が走ってきた。「隣村からの伝令が来ました!彼らの村が山賊に襲われているそうです!」
4人は顔を見合わせた。
「人道支援の機会だな」永田が言った。「装備を確認し、出発準備をせよ」
「了解!」3人が声を揃えた。
飯塚は操縦席に飛び込み、エンジンを始動させた。永田と東堂は砲塔に、立川は装填手席についた。
「了解!」飯塚が元気よく応じ、74式戦車は轟音と共に動き出した。
村人たちが見送る中、ナナヨンは新たな任務地へと向かっていった。
「追加SDFPの獲得のみならず、現地住民の窮状を救援せよ」永田は内心で自分に言い聞かせた。
東堂は主砲を撫でながら、何やら嬉しそうにつぶやいている。
「また主砲を撃ちたがってるな?」永田は呆れた様子で尋ねた。
「いえ、この砲身が魔法で回復するなんて…不思議で仕方ないんです」東堂は真面目な顔で答えた。
「嘘つけ」
「ばれました?」東堂がくすりと笑った。
立川が運転席の方を覗き込んだ。「飯塚3曹、次回のレーション配給で何がいいですか?甘いものが多い曜日を選びましょうか?」
「ええ、それがいいです!」飯塚が嬉しそうに答える。「でも立川さんはフランス軍のエスカルゴとか食べたいんですよね」
「そんなに高級志向じゃないですよ!」立川が慌てて否定した。
「まあいい」永田は首を振りながらも、微笑まずにはいられなかった。「この異世界での奇妙な状況も、仲間たちがいれば乗り越えられるだろう」
そして74式戦車ナナヨンは、新たな冒険へと走り出した。
SDFP:67/1,000,000(ラジオ購入で5ポイント消費)
作戦継続中...