第二話 拠点防衛 その1
夕暮れの空に赤い太陽が沈みかけていた。74式戦車ナナヨンは、少女たちが案内する村に向かって未舗装の道を進んでいた。
「車長、現地住民との接触プロトコルはどうしますか?」東堂が尋ねる。まだ主砲が撃てなかったことにしょげているようだが、さすが先任曹長、仕事は忘れない。
「基本的には友好的接触を心がける。ただし警戒は怠らない」永田は言った。「立川、装備点検を頼む」
「了解。89式は問題なし、予備弾倉も15本確認。車内装備も異常なし」立川は手際よく報告した。
村が見えてきた。小さな集落で周囲を木の柵で囲った素朴な作りだった。74式戦車が近づくと、村の住民たちが恐る恐る門の前に集まってきた。
「おっと...歓迎されてるのか警戒されてるのか微妙だな」飯塚がつぶやく。
村の前で戦車を停止させ、永田はハッチから半身を出した。救助した少女たちが何か村人に説明している。その中から年配の男性が一歩前に出てきた。
「村長さんか?」永田が声をかけると、男性は深々と頭を下げた。
「勇者様...私どもの村の子供たちを救ってくださり、感謝申し上げます」
「勇者様...ですか」立川が小声で言う。
「この手の世界のお約束ですね」飯塚が嬉しそうに返す。「転移者は大体勇者扱いされるんスよ」
「また変なゲーム知識か」永田はこめかみを抑えて頭を振った。
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村の集会所に案内された永田たちは、村長から事情を聞いていた。
「最近、周辺でゴブリンの出没が増えており、村の安全が脅かされています。王国からの援助も期待できず...」
「村長殿、質問があります」東堂が前に出る。「この地域の統治機構と、我々が今いる場所について教えていただけますか?」
さすが東堂、的確な質問だ。村長は地図を広げながら説明した。
「ここはブレイク王国の辺境、グリーンウッド地方です。我々の村はオークの森の近くにあり、最寄りの都市ベルモントまでは馬車で三日の距離にあります」
「なるほど。辺境ということは統治が行き届いていないと」永田は考え込んだ。
「車長...緊急事態時における人道支援任務は自衛隊の本分ですよね?」東堂がさりげなく言う。
「ああ。そうだな」
「SDFPも貯まりますし...」飯塚が目を輝かせる。
永田は村長に向き直った。「我々は日本国自衛隊の隊員だ。ここがどこであろうと、我々には人命救助の義務がある。村の防衛についてご協力しましょう」
村長の表情が明るくなった。「勇者様...いや、自衛隊の皆様、感謝します!」
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その夜、村人たちの歓迎を受けながら、永田たちは作戦会議を開いていた。
「まず村の周辺警備体制を構築する必要があります」東堂が地図を指さす。「74式の運用と、我々の交代制での警備が基本になるでしょう」
「燃料の消費を考えると、74式の連続運用は控えるべきかと」飯塚が指摘する。
「了解。村の防衛は以下の通り実施する」永田が決断を下した。「第一に、警戒監視体制の構築。立川と飯塚でドローンを使った偵察を実施。第二に、村人への基本的防衛訓練の実施。東堂がこれを担当する。第三に、緊急時の74式による機動防衛体制の確立」
「了解!」三人が声を揃えた。
「さらに一つ」永田は真剣な表情で続けた。「元の世界に帰るためのSDFPを稼ぐ手段として、村の防衛とゴブリンの討伐を並行して行う。ただし、無謀な作戦は禁止する」
「...」東堂がしょんぼりした顔を見せる。
「分かってるな、東堂」
「はい...主砲の無駄撃ちはしません」東堂が渋々答えた。
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翌朝、永田は村の周囲を点検していた。村人たちが柵の補強作業を進めている。東堂は若い村人たちに簡単な護身術を教えている。
「車長!」飯塚が小走りで近づいてきた。「ドローン偵察の結果です。北東3キロの地点にゴブリンの小規模拠点らしきものを発見しました」
「詳細は?」
「20体程度のゴブリンと、リーダーと思われる大型個体を確認。洞窟を拠点にしているようです」
立川も合流してきた。「村人の証言によると、彼らは定期的に村を襲撃してるそうです。次は明後日の夜と予測されます」
永田は考え込んだ。「先制攻撃の可能性を検討するか...」
そのとき、村の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「車長!騎士団の一行が村に到着したようです!」東堂が報告に来た。
村の中央には、輝く鎧を着た騎士たちが馬から降り立っていた。その中心にいる金髪の騎士は、人々を見下ろすような態度で村長に何かを言い渡している。
「税の取立てに来たようです」東堂が小声で言う。「この時期じゃないはずだと村人が困惑しています」
「なるほど...」永田は状況を見極めながら近づいていった。
金髪の騎士は永田に気づくと、鼻で笑った。「ほう、変わった格好の者がいるな。お前らも税を納めろ。王国の騎士団副団長ロンド・バーンハートの命令だ」
「我々は日本国自衛隊だ。この村の防衛任務についている」永田は冷静に答えた。
「自衛隊?聞いたことがない。どこの騎士団だ?」
「騎士団ではない。異世界から来た者だ」
ロンドは高笑いした。「異世界?面白い冗談だ。だが関係ない。この村は特別税を納める義務がある。さもなくば...」
彼が言い終わる前に、ゴォンという低い音が響き、地面が揺れた。
全員が音の方を見ると、74式戦車がゆっくりと村の中央に向かって進んでいた。操縦席には飯塚の姿がある。
「な、なんだあれは!?」ロンドが叫んだ。
「我々の同志だ」永田は淡々と言った。
ナナヨンは騎士団の目の前で停止し、主砲を彼らの方向へとゆっくり回転させた。東堂が砲塔から顔を出し、満面の笑みを浮かべている。
「こ、これは魔導器か?」ロンドの声が震えている。
「いいや、我々の乗り物だ。さて、あなた方の言う特別税とは何かね?」永田は一歩前に出た。
「そ、それは...」ロンドは戦車を見上げながら言葉を詰まらせた。「国王陛下の命により...」
「本当に国王の命令か?」永田が問い詰める。「村長によれば、正規の税徴収はすでに終わっているそうだが」
ロンドと騎士たちは顔を見合わせた。
「我々はこの村を守る。不当な要求はお引き取り願おう」永田はきっぱりと言った。
「覚えておけ...」ロンドは悔しそうに言うと、騎士たちを引き連れて村を出て行った。
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夕方、永田たちは集会所に集まっていた。
「あれは山賊の類いに賄賂を渡した偽騎士でしょう」東堂が言う。「村長も前から疑っていたそうです」
「車長、この世界には本当に魔法とかあるんでしょうか?」立川が尋ねた。
「さあな。だが我々にはナナヨンがある」
飯塚がドローンの画像を広げた。「ゴブリンの拠点の詳細画像です。この洞窟は一カ所しか入口がなく、防衛するには良い地形です」
永田は地図を見つめた。「明後日の襲撃に備えて、先制攻撃も視野に入れるべきか...」
「車長、提案があります」東堂が前に出た。「ゴブリンの襲撃を待ち、74式で迎撃するのはどうでしょう。村の外で待ち伏せし、主砲で一網打尽に...」
「また主砲か」永田は苦笑した。「だが、今回は効率的かもしれないな」
東堂の目が輝いた。「では、主砲の使用が...」
「状況次第だ」永田はきっぱり言った。「無駄撃ちは許可しない」
「了解です!」東堂は嬉しそうに敬礼した。
「さて、明日から本格的な防衛体制の構築と、先制攻撃の準備を始める。全員休息を取れ」
「車長」飯塚が手を挙げた。「SDFPの確認ですが、騎士団を追い返したことで10ポイント加算されました」
「なるほど。人道支援の一環として認識されたか」
「現在の合計は17ポイントです」
「まだまだ道のりは長いな」立川がため息をついた。
「焦るな」永田は言った。「一歩ずつ進むしかない。我々はいずれ必ず日本に帰る」
窓の外では、この世界の二つの月が夜空に輝き始めていた。永田は心の中で呟いた。
「ナナヨン、もう少し頑張ってくれよ...」
SDFP:17/1,000,000
作戦継続中...