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ここの宿か。
すごいな。一泊200Gでこれはすごい。非常に豪華だ。
何故かさっきの女の子がいるが。
「さっき会ったばかりの変たいのお兄さん。なんでここにいるんですか?」
「そうだな。俺に関してはこの宿の客だからだな」
「ほお。そうなのですか。しかし、あなたは予約のお客さまにはいなかった気がするのですよ」
「ああ、それについてはだな。俺の友達が女にモテるやつでな、どうやら女将さんを惚れさせたらしいんだ」
「なるほど、あの女将さん、惚れっぽくていつも自分で部屋をキープしてますからね」
「それでなんでお前はここにいるんだ?」
「私はここで働いているんです!マスターのために」
マスターはニートかなんかか?実際そうみたいだが。
「じゃあそのクソニートに会わせてくれ」
「クソニート。否定はしませんよ。しかし、なんで会いたいのですか?」
「だってお前さっき別れたときに、次会ったときにマスターに会わせるとか言ってなかったか?」
「む。さすがですね変たいのお兄さん。そんなことまで覚えているとは。仕方ありませんねー。おい、クソニート!」
結局マスターをクソニートって呼んでるんだがそれでいいのか。
「呼んできましたよ!」
「ねえ、クソニートってひどくないか?僕資産はあるし高等遊民って言ってほしいんだけど」
「ラン、久しぶり」
そう。妖精のマスターは同級生のランくんことランだ。
「あ、那奈君じゃん。一週間ぶりくらいだね。もしやカンナにクソニートって言葉を覚えさせたのは那奈君だったりする?」
「いいや。違うぞ。なんかもとから知っていたみたいだし」
カンナというのはこの妖精の女の子の名前のようだ。
ちなみにこのランという男は、據の遠い親戚である。実際は面倒だから従兄弟といっているが。
據の父親の兄の息子の娘の子供らしい。そりゃあ100年も開くとそうなるか。
ちなみにランは吸血鬼ではなく、種族としては高位のアンデッドだそうだ。
據の母親が帰る據が心配だからということで、ランが付き添いで来たとかなんとか。據が男になって俺は大変驚いたのだが、その時に声をかけられて以来ちょっとだけ仲良くしている。時間遡行でもしていたのかランは最初から同級生だった。
「それにしてもランも勇者召喚で召喚されていたとは」
「気付いてなかったのか。というか那奈君は召喚されてすぐいなくなったからね」
ランは諸々の事情で地球に来て、勇者召喚で召喚されて、結果的にこの世界へ帰ってきたというわけだった。
「で、この女の子何?」
いや情報把握で分かってはいるんだけどな。しかし一応聞いておきたいんだ。
「お母さんに友達がほしいって言ったらくれた」
召喚の際に俺たちが通ったあの扉のどれかにランの母親がいたみたいだ。つまり召喚特典。元々この世界の住人なのに特典が貰えるとかわけが分からないよ。
「私はマスターの友達ではありません。私にとってのマスターはマスターでしかないのです!」
母親からもらった友達から友達であることを拒否される男。俺はランの肩にそっと手をおいた。
「ドンマイ」
「余計なお世話だよ!一応この世界には僕だって友達いたんだからね!」
衝撃の事実。しかし確かにいたらしい。
こいつはこの世界では崇拝される対象の1人だったみたいだが、対等な友人はいたようだ。
「なるほど、それはよっぽどの物好きだな」
「ひどい!」
くはは。
真面目な話友達になれるのは、お前の崇拝者を横目に遊べる物好きってことだぞ。どれだけ強いんだよそいつ。
「マスターは崇拝すべき対象で。友達になることなどいかなる人もできないはずなのに……」
「で、その友達って誰だ?」
「え、名前は聞いたことない。ただ、管理人って名乗ってたかな」
「名前を聞いたことがないならば、友達とは呼べませんね!良かったです」
「管理人?そうすると、多分そいつは─────」
完璧超人で、今は門番をやっているあの加宮だ。
情報把握からも肯定の意が得られたし間違いない。
あいつなら、ランの崇拝者も気づかずあしらえるかもな。
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私は日記をつけようと思います。
日記と言っても、今までのことを振り返るだけですが。
私は穴に落ちたのだと思われます。
詳しいことは覚えていません。
私は穴に落ちる前のことを思い出せません。
日常の生活には支障が出ませんでしたが。
ある日、記憶を失くし困っていた私を、師匠が見つけてくれました。
師匠はとても偉い人に見えます。
しかし、周りからはとてもそう思われていないようです。
師匠になんで私を弟子にとったのか聞いてみました。
すると、君は運が良いからねー、と軽く言われました。運が良かったら、今ごろ記憶喪失なんてなっていないと思います。
そう師匠に言っても軽く笑われます。
私は師匠を尊敬しています。しかし師匠は自分は尊敬されるような人物ではないと言います。
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よし、書き終わった。これでとりあえずはいいはずだ。
師匠が日記でも書けって言ったから書いたけど、これどーすればいいんだろう。
「一つ、面白い話をしてあげよう、そこの目立たなさそうな人」
「結構です。そして余計なお世話です。つーかあんた誰ですか?」
「おお、ノリがいいねえ。僕が誰かって?誰でもいいじゃん。そんなの。それで、面白い話っていうのはねそう、一般市民のMさんの話なんだ」
俺結構だって言ったよな?いや向こうには聞こえてなかったのかもしれん。
ここ酒場でうるさいし、こいつも酔っ払っているみたいだしな。
「その時Mさんは、父親が死んで落ち込んでいたんだ。ということで、冥界に行ってたんだよ。冥界ってこれ、この地上とは時間の流れが違うんだよね。Mさんは馬鹿でさあ、それを忘れてた。おかげでその間に部下を全部取られちゃったんだよねえ」
そのMさんって一体ナニモンだよ。
「おっ、興味持った?」
そいつはニタニタと笑っている。
「Mさんが帰ってきた時には既にMさんの偽物があらわれてたんだ。それでそのエセ魔……おっと失礼。その偽物が僕の名声を落としまくっていてね、僕はたくさんの国に指名手配されているんだ。その偽物にはぜひ死んでもらいたいね」
「へえ、お前は指名手配犯なのか。じゃあ俺は帰ったほうがいいな」
「あああ、帰らないで。帰らないで!お願い!僕がアリスに殺されちゃう」
何故かわからないが必死だし、聞くだけならまあいいか。そう思い、座りなおす。
「で、僕、いやMさんは」
「とうとう自分って言っちゃったな」
「ゴホンッ、そしてMさんにはその偽物が簡単に倒せるだけの力があったんだけどね。部下を見捨てるわけにもいかず、逃げるしかないんだ。自分の部下から」
「ん?部下はその偽物に取られたのか?」
「そうなんだよ。その偽物がさ、魅了が使えてね。しかも幻術が上手いときている。ウザいことこの上ないよ、ホント」
む、なんだか物語に出てくるサキュバスみたいだな、そいつ。
「まー、でもその偽物のおかげで昼がなくなったし、そこは感謝してるんだ」
「しかし、全く面白くねえ話だったな」
「うん、ごめん。そうでもしないと君話も聞いてくれないかなと思って」
「……じゃあな。酔っ払い」
「僕は素面だよ!」
そうかあ?
「じゃあ、頭がおかしいやつだな」
「むう。僕は一番の常識人だと思ってるんだけどな。少なくとも、君よりはいくらかマシさ。あ、精神のコピー取っていい?君結構貴重なサンプルっぽいし」
「お前な……いいけど」
「いいの!?」
なんで言い出した本人が1番驚いているんだ。
そして俺は何となくその方が都合がいいだろうと思って、今書いていた日記を差し出したのだった。