6
盗賊はいた。エンカウントはした。うん。
「おい、お前ら!盗んだ俺の財布を返してもらおうか!」
「はぁ、はぁ。そんなもん知らねえよ、それより俺達は」
「問答無用!」
何これ?
俺達は怪しい集団にただ倒されていくだけの盗賊を馬車から為す術もなく見つめた。
「那奈くん、特に何も起こらないね」
「絶対気付いてるだろ、お前」
「ははは」
知らないフリしてやがる。
まあこの後すぐに羞恥に呻くことになるだろうので今は見逃してやろう。
「盗賊と言えど改心する機会はある。我らが主は心がひろいからな。この邪神教に入らないか?」
「んなもん入るわけねーだろ」
「問答無用!」
うむ。この通り盗賊達を倒している謎の集団とは、邪神こと據を崇める宗教団体の人間なのだった。討伐という名の布教を行っている彼らはかっこよく見え……ないが。
「……」
「邪神教の信徒は、主神アリス様の宗教の次に多いらしいな?」
「那奈くん、殺されたいの?」
うわやめろ、俺弱いからマジで死ぬ!
據から殺気の籠った視線が……と思った瞬間即死魔法が飛んできたのだった。情報把握で瞬時に理解して食い物を投げたからセーフだったが、当たっていたら死んでいたぞ。據は怒らせないようにしないとな。顔を青くしながら盗賊の方を窺う。
「あいつらに捕まるとか運がねー」
「だが、馬車も見失っちまったし」
「帰るか」
どうやら盗賊はこの馬車を追うのを諦めたらしい。認めたくないが、これも■■の幸運か。盗賊を運だけで追い払うってどういうことだ。
「なんか外が騒がしいな」
「そりゃあそうだろ」
「うん」
「そうか?」
もう一回言おう。盗賊を運だけで追い払うってどいうことだ。
しかもそのことに本人が気付いていないし。
「今日一日、何事も無くて良かったです。ここら辺で野宿をしましょう」
何事も無くはなかったな。まあ俺の仕事は無かったが。
「あ、ここはテレポートで宿まで、むぐっ」
「?今テレポートって言いました?」
「何でもない」
危なかった。やっぱり油断はいけないな。據の口を全力でふさぎながら誤魔化した。
「あの気の良さそうなおじさんなら大丈夫でしょ」
「あの人は金のためならなんでもする人だ」
ああいう気の良さそうな人ほど気をつけなくてはならない。見た目で人を判断してはいけないぞ。俺はよく見た目とギャップがあると言われるが、見た目で性格を知ろうとするからそうなるのだ。
全部分かる俺が言うのはズルだろって?それはそうだな。
「そっか」
うむ。
據は納得いかないことや、驚くようなことを言われたときに考えるのをやめてこうやって返事をすることがあるようだ。
まあ俺にとっては都合がいいからこのままにしておくが。
「據。洗浄の魔法を頼む」
「うん。《クリーン》《クリーン》」
「あ!ヨリさんはクリーンが使えるんですね!私にも使ってくれませんか?」
「いいよ」
あー。無詠唱で使っちゃたかー。それを見た雇い主の商人が目を輝かせていたのを俺は見逃さなかった。もうお前は一回こりとけ。
前回はあの婆さんのおかげで気にしなくて良かったかもしれんが、今回はそうもいかない。
「どうやらテレポートは使えるようですし、最低でも二属性が使えるらしい。しかも、魔法名以外の詠唱破棄ができるときている。これはどうにかして捕まえて、奴隷として売ればいったいいくらになるのか」
ほら。まあこいつは小さい声で言っているつもりかもしれんが、俺には情報把握があるからな。言ったとたんに俺にばれる。
大切なことは決して他人に言ってはいけないってこういうことだよな。
……違うか。
そしてあのアホ、■■はもう寝ている。
こういうのって交代で見張るもんじゃないのか?
お前は幸運があるから大丈夫かもしれんが、護衛としてはどうかと思う。
まあいい。寝るか。
あのアホとは違い、今回の依頼人が一応持ってきてあったらしいテントを設置してからだが。
まあ、俺がピンチになったら呼んでもないドラゴンが助けてくれるだろうし、大丈夫だろ。
◻︎◻︎◻︎
起きた。何事も起こらなかったようだ。
「いやー、昨日はナナさんに助けられましたよ。ナナさんはバリアも使えるんですね。おかげで夜番がいりませんでした」
マジか。うむ、マジだな。俺が適当に貼っておいた結界が作動している。
「では馬車に乗りましょうか」
この馬車だが、馬がいらない。魔力で動いている。
聞くと、古代の遺跡の一つを高値で買い取ったらしい。
……これ俺も作れそうだな。
「二人ともどうして寝ちゃったの?那奈くんはいつのまにかテントをひいていたし」
「ああ、こいつは器用だからなー」
「このアホがいるから大丈夫だと判断した」
俺が遠くも見れるから警戒ができる。それもあって俺達もこの馬車の中に入ることができている。
中にいるから門番も俺達に気づかなかったのだろう。
「っうわ、椅子が壊れた。《フィクス》」
「え?椅子が壊れたんですか?それなら弁償してもらわないと」
うわ。これでお金を肩代わりして據に恩を着せるつもりらしい。
もともと古い馬車ということもあって、あちこちにガタがきている。椅子ももともと外れやすいみたいだ。
フィクスは確か復元魔法だったかな。
「え?なんのことですか?椅子なんて壊れていませんよ?」
「……予想はしていましたがフィクスも使えるとは」
詳しく調べると、椅子を壊させて借金を負わせ、最終的には奴隷にする算段だったようだ。とんでもないな。
「まだ手はある、あるはず……」
「なあ、魔物がぶつかってきたときにドアが抜けたんだが。まあ嵌まったし魔物もこの馬車にひかれたし問題はないよな」
「……」
こいつはそういうやつだ。據以外に壊させてドアが外れた状態にし、フィクスを使えなくさせるつもりだったのかもしれないが。壊れた物が全て揃っていないと復元魔法は使えない。
まあ據はそんなに殊勝なやつじゃないので、もしそうなったとしても■■の借金を肩代わりなんてしないと思うが。
む。
「ここの部位が壊れそうだ。一応フィクスを頼む」
「《フィクス》」
分かってはいたが、この馬車はいろいろなとこらが壊れそうなボロ馬車のようだ。値段に見合った価値はあったのだろうか。そう思うと少し気の毒に……はならないが。
「にしてもこの馬車は揺れねえな」
「なんらかの魔法がかかってるんだろうね」
「……これは」
製作者ケイティ 協力者初代皇帝
馬車の内部に製作者の文字が。
なんだこれ。まあこの商人に目をつけられたくないから言わないが。
一応買い取ったほうがいいのか?
「この馬車は買えるか?」
こいつはこの馬車をもう一個持っているはずだから、金を出せば買い取れるかもしれん。
「100000000Gくらい出してもらえればお譲りできます」
「ふむ。これでいいか?」
100000000Gはぼったくり価格だが、別に金は持っている。どうせ使わないし渡しておこう。
「え、ええ。もちろんいいですよ」
「ありがとう」
よっしゃ。買い取れた。
「こんな大金をポンと出すなんて。借金奴隷になんてできませんね。というかお得意様にしたほうがここはいいですかね」
聞こえてるぞ。いや厳密には聞こえているわけではないが。
「今後もご利用をお願いします」
「……ああ」
こちらも使えそうだしいいけどな。
「へえ買い取ったんだ。あと、もしやそのバッグってマジックバッグ?」
「ああ。試作品をノエルにもらったんだ」
「じゃあそれは世界初のマジックバッグってことか?」
「いや、この容量としては初めてだが、世界初ではないぞ」
世界初のマジックバッグは使えない、ということでビリビリに破り捨てられてた。
財布サイズでペンが500本入るってすごいと思うんだが。
この肩掛けの学生鞄は100000000Gも入るマジックバッグだが、重さはない。これで試作品だっていうんだからすごいよな。
学生鞄なのがなんとも言えんが。