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「これです」
「ほお……。いや、私にはどうにもできませんよ」
まあそうか。
ユミという女にケイティを見せたが、管理を断られてしまった。そりゃそうだ。おそらくユミは古代文明の人間で、ということはつまりケイティに対処できなかった人類の1人なのだ。
「しょうがないか。ディミニッシュ・グレイに持っていくかな」
「……。グレイ先生とお知り合いですか?」
ユミが食いついてきた。
先生呼びか。そういえば本を出してるんだったか。
「まあ……」
「私もついて行っていいですか!?」
「いいか?據」
「なんで僕?別にいいけど」
そりゃテレポートで連れてって来れるのは據だし……。すまんな、タクシー代わりに使って。
「今回はありがとう鵺」
「弟の頼みだ。断るまいよ、健闘を祈る」
「ありがとお兄ちゃん『テレポート』」
そしてディミニッシュ・グレイの屋敷の中にテレポートした。……目の前で良かったんだけど?不法侵入だろこれ。
なんか警告アラームみたいなの鳴ってるし。
「侵入者か!?……ってなんだ、ナナさんか。何か用か?」
「貴方がディミニッシュ・グレイ先生ですか。お初にお目にかかります。田中ユミです」
「……。タナカ教授か。失礼なのは承知だが今何歳だ?」
「秘密です」
「そうか……。その手に持っている箱は?」
「ええ、これが本題です。通称ケイティという……」
「ああ、テッドが持っていたやつか」
どうやらディミニッシュはケイティの存在を知っているらしい。今代の教皇と仲が良いって話だし当然か。いや当然か?機密の情報とかじゃないのか、これ。
「ナナさんの懸念は分かる。テッドがその箱を無くした時に相談されてな。詳しい話は聞いていない。が、僕も協力するから安心しろと言っておいた。あのままだと見てられなかったしな……」
……この感じだと俺がアリス教の教祖だってバレてそうだな。
「ケイティってのは一体なんなんだ?」
「外の世界からやって来た、正体不明の情報捕食成長型生命体、と言われています。情報になりうる者全て、生命体であろうとそうでなかろうと捕食し、攻撃性を上げていく危険な何かです。一時期は人間として振舞っていましたが、所詮は人外、です」
「ほお」
ディミニッシュが何かを考えるような素振りを見せる。
「俺は1度、真っさらな状態のケイティの子機を無力化したことがある」
「これも無力化に見えるが」
「やったのはノエルだし」
「ほほう」
ノエルの名前を出したからか、さらに興味深そうな顔で箱を見ている。
「つまりこの箱から情報を抜いてしまえばいいわけだな」
「まあ、そう、なる、か?」
「つまり情報を適度に放出できるようにすればいいわけだな。しかし、そうすると外界の影響が懸念されるな」
「それならこうして指向性を持てるようにして……」
「ほう!そりゃあいい!ここをいじればいけるか?」
ユミとディミニッシュが何やら盛り上がっているので、俺と據は別の部屋に移動して待つことにした。
「そう言えば何も言わずに家出て来ちゃった」
「1回戻るか?いいぞ」
「ほんと?じゃあ行くね、『テレポート』」
行動が速いよ。
「何しに行ってたんだ?」
「厄ネタの箱を研究者のところに置いてきた」
辺りを見渡すが、西の魔女の姿が見えない。部屋に戻ったようだ。一息つく。
……アリス様が卓と椅子を出して、優雅に紅茶を飲んでいる。
「アリス様」
「待ちましたよ。お兄様のこと、きちんと説明してくださいね」
「はい……」
仕方がないので、今までの情報を圧縮してアリス様に伝えてみた。
「どうです?」
「……靄がかかったような感じですね」
「█████は█████……口頭でもだめか」
念には念を、というか俺の意思でも伝えられないようになっているようだ。名前すら口に出せない。ノイズがかかったような音になる。
「……仕方ないですね」
「俺ができることは何も無さそうだ、……まあ一応、結構前からそこそこ元気そうだったぞ」
「そうなんですか。お兄様……なんで私にだけ姿を見せてくれないんですか……」
リールのやつ、アリス様を泣かせるようなことをして何をやりたいんだ?俺には全く分からない。
『不完全でかっこ悪い俺を見せたくないだけだよ』
……なんか声聞こえた気がするけど気のせいだよな、うん。
「とりあえず今日は寝て、起きたらまたディミニッシュのとこに行くか」
「そうしよ」
□ □ □
「完成したぞ!ビーム武器が!!」
「なんで!!?」
次の日、ディミニッシュ・グレイの屋敷に戻ると、ケイティがビーム武器になっていた。
「おお!待っていたぞナナさん。これはナナさんしか使えないからな!」
「は、はあ」
「アリス教の教祖にしか扱えないロマン武器!でもいいよな!?いるんだし」
「その通りです」
その通りじゃないんだが?というか、俺が教祖だってやっぱ知ってるのな。
「そこのボタンを押してみてくれ」
「……」
軽く押すと情報の氾濫が垣間見えたので、それをねじ伏せながら前に射出した。まあこのくらい全世界の情報に溺れていた頃に比べたらわけないよな……なんて思ってたら、本当にビームが出て、壁が1部破壊された。
「仕組みは単純だ。ケイティの所持している情報を質量のある光線に変換する!これだけだ!まあその過程で情報全てを理解しないといけないし、普通の人間なら発狂するんだが、この通りナナさんなら問題ないってわけだ」
テンションが上がっているのか、ディミニッシュがいつもは半分閉じている目をかっ開きながらまくし立ててきた。
「いやーきちんと設計通りに完成して良かったなぁ。やっぱ僕って天才!だよな!?」
「もちろんです」
「だろうだろう!!?もちろん、ユミさんの手助けあってのものだがなぁ!?」
俺しか起動できないならそりゃ試したりとかできないか……。
興奮しまくって会話ができなさそうなディミニッシュを横目に、俺はこれをどうしてくれようかと頭が痛くなる思いだった。
「あ、でもこれで、那奈くんに攻撃手段ができたってことじゃない?」
據がふんわり笑いながらそんなことを言ってくる。可愛いな。
……確かにそうだな。
「ふうむ、ドラゴンの背に乗ってこいつを放てば確かに負けなさそうだ。悪影響とかはないんだよな?」
聞いてるか分からないディミニッシュに聞いてみる。
「ん?ああ。当たり前だろ。ビームはただのビームだ。僕の能力を疑う気か?」
「いや……」
とのことなので、俺は突然攻撃手段を手に入れたらしい。
……ふーん。
「ちょっと嬉しそうだね?」
「そうか?……そうだな。しかしこうなってくると的が欲しくなってくるな」
「お、いいね。的かぁ。ギルドで探さなきゃね」
「でも俺達Aランクだからな」
高いランクにはそれ相応の責任がある。比較的簡単にランクを上げられるのは、ランクを上げることによるデメリットが大きいからだ。下のランク帯で推奨されている依頼を受けるといい顔をされないだろう。
「大狼の依頼とかどう?ビーム打ちまくって倒そうよ!楽しくなってきた!!!」
據が何故か楽しそうだった。
大狼は據が倒してきてくれ。
「ありがとうな、ディミニッシュと田中教授」
「いえいえ」
「ああ、こちらがお礼を言いたいくらいだ!」
まだまだ2人で語り合うことがあるようなので、別れを告げて俺と據は屋敷に戻った。