長男の場合
最近、暫く見かけなかった父が家に住むと言い出した。
何を言っているのか分からないと思うだろうが、言葉通りだ。
家族の反応は上を下への大騒ぎ。
まさか、と青天の霹靂だったことだろう。
まあ、今までずっと家に居ないのはいつものことだったし、俺以外は家族の誰も気にしていなかったようだが、俺としてはついに来たかという心持ちだった。
聞けば、ついには古参の愛人であったマリアさんにさえもハッキリと別れを告げてきてしまったらしい。
それを聞いていた時の俺の顔と父の顔は実に対照的だった。
父はスッキリしたような、穏やかな顔。
俺はげっそりとした、疲れ果てた顔。
しかも、他の愛人含めての別れ方を聞けば聞くほど、俺の父はぴゅあなクズなんだろうな、と思わず頭を抱えてしまったほどだ。
……もっと言い方とか、やり方があっただろうに。
母に育てられた俺からしてみれば、だからこそ何故この父を母が愛せたのかと甚だ疑問は尽きない。
母なら、確実にもっといい男を捕まえられただろうに。
……いや、でもそうなると俺たちが産まれないからそれはそれで困るな。
母の幸せを思えば、これで良かったのかと息子としては実に悩ましい。
「妻の私室で過ごしてもいいだろうか」
「別に、いいけど……」
当主の座を譲ったことで、邸内のことはいまや俺の管轄になった。
前当主とはいえ無許可であちこち動き回ることは出来なくなったのだ。
まあ、それも本来なら俺の妻が取り仕切るべきなんだが、……生憎と、母が自分が亡くなった後に式を挙げろとどうしても聞かなかったものだから、残念ながら俺の正式な婚姻式はまだだった。
普通は生きているうちに見せてやろうとするのが親孝行というものなのだろうが、母は変わっていて、むしろ息子の大事な婚姻の後にすぐ自分の葬式だなんて、と盛大に嫌がった。
婚約者には申し訳なかったが、俺は母の想いを最優先で受け入れた。
それにしても妻、ねぇ……。
もはやここまでくると頑固や強情というよりも、ただの固執なのではないかと疑わしくなってくる。
母が言うには、ただの臆病な照れ隠しなのだとか。
……この父がそんな風に可愛い性格に見えただなんて、母は正気ではなかったのだろうか?
「ではな」
ほらみろ。用件さえ済めば、息子にさえこんなだぞ。
女心の贔屓目に透かして、父を見誤ってたに違いない。あ。
「待って父さん!」
聞こえない振りで無視しやがった!
まだ難聴になるような歳じゃあるまいにわざとらしい!
「母さんがっ」
「ん?」
「おい、おっさん」
思わず半眼で睨みつけてしまう。
これで父も多少は悪いと思っているのか、少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。
が、
「……それで? 妻がなんだ?」
「はあああぁぁ……まあ、いいけど」
反省の色が見えない父に構っている時間が無駄だと判断して、父の所業に呆れてついつい伝え忘れてしまった伝言を咄嗟に思い出した。
それはそれは、父にとっても大事な伝言を厳かに告げる。
「――母さんの残した日記、全部読んで良いってよ」
「……いいのか」
喜ぶより先に疑われた。
息子の親切を信じないなんて、なんて穿った父親だ。
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
ますます疑わしそうにする父に、自然と口角が引きつっていく。
なんなら額に綺麗な青筋でも浮かんでいるかもしれない。
「だが、……」
「ああもう! それはもういいって! 読むか読まないかは好きにしろ! 母さんからの伝言は以上! ほらさっさと出てけ!」
「う、うむ」
もじもじもじもじ、年頃の可憐な乙女でもあるまいに、……いい年こいたおっさんが息子の前でその態度は普通に気持ち悪い!
「はぁぁぁぁ……!!」
追い出した疲れにため息を吐く。
あの様子を見ればまあ、確かに母は信じられないことに正気だったのだろう。
問題は、それを見抜いていたのが生前の母だっただけで、周囲は疑わしく思っていたという部分なのだが。
思い出すのは、生前の母の言葉だった。
『――もし、あの人が独りになってしまったら。私の日記を渡してくれないかしら』
『え、なんで。やなんだけど。俺たちにくれるんじゃないの』
母の遺品はどうするかという話は、何故か寝たきりの母が全てを嬉々として主導していた。
いやほんと、なんでだ。
遺品は本人の意思を尊重すべきだ、とか何とか文句を言って。
死ぬ前提の話なんて、――死ぬための準備だなんて誰も聞きたくないっていうのに。
結局誰もそんな話は聞きたくないからと、一番の被害者となったのは長男だからと押し付けられた俺だった。
『いいから! もしもの話よ。もしもあの人が愛人たち全員と別れちゃって、独りになってしまったら。独りだけでお家に帰ってきた場合よ』
『はあ? なんだそれ。百万歩譲って家には戻ってきたとして、だ。母さんが病気になっても愛人のところに入り浸るようなあいつが、そんな簡単に愛人たちと別れるかよ』
――今までだって、いつだってそうだった。
俺が物事を理解出来るような歳になっても、家に全く寄り付かなかったような最低な父親だ。
それに加えて、母が明日をも知れないこんな時でさえも傍に居ない父を想い出して苛々とする俺を、一番怒って良いはずの母が可笑しそうに見ていた。
なんでそんな顔でいられる。
なんでそんな笑ってられる。
なんで死ぬ間際だってのに。
なんで死ぬ準備をするのか。
色んな感情が途切れて渦巻いて、上手く言葉に出来ない。
つきっきりの看病と家業と行き場の無い絡まる感情の疲労で崩れていた俺の体調のせいで、表情はあっけらかんと楽観的に笑ってるのに、どんどん生気のない顔色になっていく母に更に心労をかけさせるだなんて、とても情けなかったし悔しかった。
こんなはずじゃなかった。
母が何も心配しないで穏やかに逝けるようにしたかったのに。
これでは、こんな時でも傍に居ない父と同じかそれ以上に酷いことをしているのではないか、と。
こっちの気も知らずに――。
『それは、……どうかしらね。万が一の話よ。母の頼みです。いいでしょう?』
『どんだけ色々頼んでくんだよ……。もう何個目の頼みだ?』
俺は呆れた。そりゃもう心底呆れたね。なんなら嫉妬した。
なにせ、母の頼み事はどれもこれも父に関してばかりだったから。
顔色も体調も悪いのに必死で看病してやってる息子を前に、それでもあんな最低な男へ死の間際まで心を砕くだなんて、実は母は大聖女の生まれ変わりかただの夫馬鹿なのではなかろうかと、本気で呆れたね。
なんであいつだけ、なんて。
もう成人した良い大人のくせに、童心に返ってしまうほどには父に嫉妬したし、例えようのない怒りを覚えた。
母はそんな俺を見て笑って許したし、なんなら謝られてしまったことで諦めて何も文句は言えなくなったけど。
『いいじゃない。何個でも。それを聞くのが息子の役得というものよ』
『はあ……いいけど。でも、もしそうなってもだ。あくまで貸し出しだけだからな!』
あれは、母に見せた最後の反抗期だったのかもしれない。
大人げない反抗は、可愛い子どものそれとして許されたけど。
――情けない。
父のことを馬鹿に出来ないかもしれないと思ったのは初めてだった。
『ふふ、それでいいわよ。……大きくなってもあなたはいつまでもお母さんが好きなのねぇ。……ちゃんと、母離れしなさいな』
『やなこった!』
――もう、末期の状態だった。
弱々しく微笑み返す母は、上体を起こす気力も無いくせに色々と俺に言いつけては満足そうにしていたけれど。
身体に反して、母の瞳は最期の瞬間まで楽しそうで、とびっきり幸せなのだと最高に綺麗に輝いていた。
「あーあ。やっぱこうなっちまったかぁ……」
父が去った扉をじっと見つめて重い呟きが漏れた。
呆れなのか感心なのか、はたまた別の感情か。
「結局、母さんの思った通りだったな」
ずっと、気付いていた。
幼い頃からずっと、ずっと。
愛情だけを純粋に求める子どもだったからこそ、気付いたのだと思う。
母はずっと、父を愛していたのだと。父だけを。
あのろくでなしの父を。
母から逃げ回ってばかりの情けない父だけを。
俺は母がこの世で一番、大好きだったから。
そんな大好きな母から何かと逃げる父が許せなかったし、愛人の存在を、意味を知った時には軽蔑すらした。
何度か力づくで連れ戻してとっちめてやろうと思ったことは一度や二度ではない。
その度、困ったような顔で母が幾度も止めてきて、そのまま父の好きにさせるものだから参った参った。
――母は父を心底愛していたし、信じていたのだ。
言ってみれば、それだけのことだった。
俺が同じ立場なら迷わず疑うけどね!
だって父の積み重ねた行動に信用の欠片なんてどこにもなかったし!
バンッ!
「――ウィリアムお兄様!」
母と過ごした最期の記憶を思い返してしんみりしていると、それをぶったぎる勢いで可愛い妹が礼儀も何もすっ飛ばして部屋に飛び込んで来た。
母譲りの硬質な黒髪に、父譲りの色気ある甘やかな顔貌と紫水晶の瞳は、妹が淑女にあるまじき鼻息の荒さで突進しても、その美しさは健在だった。
「あのろくでなしの滞在を慈悲でもって許可するまでならばともかく、お母様がわたくしに残してくれた日記を読む許可を与えたですって!?」
「どうどう。落ち着け、ヴィクトリア! そもそもここ、父さんの実家だから! それにわたくしじゃない! わたくしたちだ!」
暴れ馬のように執務机超しに勢いよく圧し掛かって来た妹を、なんとか押し返そうと奮闘する。
母曰く、妹の激情的で突発的な性格は母譲りらしいが、……最期までお淑やかなままだった母の記憶しか知らない俺からすれば眉唾物だった。
「あの男にお母様の日記が穢されるのをみすみす許すだなんてっ……! お母様への冒涜ですわ! これが落ち着いていられますかっ!」
「冒涜……」
そこまで言うか……というか話を聞け。
ここまで言われるなんて、ちょっと父さんに同情しちゃうだろ……。
憤懣やるかたない、と言わんばかりに怒りが治まらない妹にため息がもれる。
一難去ってまた一難だ。
――仕方ない。
こんな時のための、とっておきの切り札だ!
「――母さんとの、約束なんだ……」
「なんですって……?」
おっと。半信半疑か。
ちょっと、表情と声がわざとらしかったかもしれない。
まあでも、とりあえず話が聞けるくらいには興奮は治まったらしい。
ひとまず落ち着いた妹を近くの椅子に座らせて一時固定する。
気休めだが、座ってる状態なら幾分か気持ちも落ち着けるだろう。
……落ち着けるよな?
「――――」
「――――」
うーん。言って良いのかなぁ。
早く言えとぐさぐさ視線を突き刺す妹を前に、ひよって喉が詰まる。
大体の返答が予想出来たからだ。
「……怒らない?」
「お母様との約束なのに、わたくしが何に怒るというの」
静かに告げた妹の口調は至って落ち着いたものだった。
さきほどの暴れっぷりが嘘のようである。だからこそ怖いのだが。
「――もしも父さんが、きっちり愛人全員と別れて実家に帰ってきたら日記を読ませてもいい、って……」
言いながら、女の子としてはしてはいけない凄い目と顔をしだした妹から顔を背けた。
ちらっと窺う。こわっ!
「それが、お母様との、約束……?」
「う、ん。まあね……」
単語を区切るように確かめてきた妹の圧力に屈して頷く。
こうなる気はしてた。
次なる衝撃に備えて、俺は近くにあったクッションを手に取った。
「――ふざけんじゃないわよッッッ!!!!」
「ぴゃっ」
細い腰回りのどこから出したのか、腹の底から轟くような大音声が妹の口から飛び出した。
やはり怒り心頭である。
「たとえそれがお母様との約束であったとしてもッ! そんな容易い条件で許可を頂けたのだとしてもッ! 憚ることもなく図々しくも読もうとするだなんてッ!」
「うーん」
まあ、ちょっとは遠慮してたよ。気のせいかもだけど。
「なんて恥知らずな……ッ! お母様は許しても、わたくしは許さなくってよッ!!」
「うん。もうそれでいいんじゃないかなあ……」
キッ! と疲れて適当に返した俺を妹が睨む。
……俺のせいじゃなくない?
ドンッ!
腹いせのように、去り際に妹が俺の机を蹴っていった。
だから俺のせいじゃないって……はあ。
「……兄上。大丈夫ですか」
「――ああ、エドワード。聞いてくれ。俺の机が大丈夫じゃない。見ろ! ぽっかりとへこんでる! 重症だ!」
「大丈夫そうですね」
「いやいやいや、本気でこれを見て見ろって!」
「普段のヴィクトリアからすれば可愛いものです」
「うーん。確かに」
納得した俺は、薄情にも今頃になって顔を出した弟に席を勧めた。
色彩は母譲りの黒髪に銀蒼の瞳を持つ弟は、残念ながら顔はそっくりそのまま生き写しのように父似だった。
弟は性格も母譲りだからか、特に自分の甘やかで締まりのない華やかな父似の顔が大嫌いだ。
どれほど嫌いかといえば、伊達眼鏡でなんとか誤魔化そうと可愛い努力をするくらいには嫌っていた。
伊達眼鏡をすることで、余計に女の子たちの視線を集めているのだとは本人だけが気付いていない。
俺は印象の格差というやつが良い感じに作用してるせいだと思ってる。
「それで? 薄情な弟よ。今頃登場してどうしたんだ」
「……ヴィクトリアが兄上の執務室に突撃していく姿が見えたので」
「なるほど。それを見てお前はどうした?」
「ほとぼりが冷めるまで、少々遠回りを」
「うんうん。なんでも素直に言えば良いってもんじゃないぞ」
じと、と弟を見つめるとさっと視線を逸らされた。
「……兄上はともかく。俺の顔だと余計に刺激するだけなので」
「ああうん。それはもっともだ」
俺は弟とは逆だった。
色彩は薄金髪に紫水晶の瞳なのに、顔はそっくりそのまま母譲り。
性格はどちらかといえば不本意ながらちゃらんぽらんな父似だろう。
なのに母の顔はどこか冷たい印象を与えるものなので、母に似ている俺の顔で普段の喋り方をしていると初対面のやつには必ずぎょっとされる。
ちょっと心外だよねー。なんて。
「それはそうと、他にはないのか?」
「他には、とは」
弟が不思議そうに首を傾げた。
いやいや、わざとか?
「父さんのことに決まってるだろ。ついさっきヴィクトリアを見たばかりだろうに。どうせ声も聞こえただろ?」
「大体は」
淡々と冷静に返す弟の返答を聞きながら、ヴィクトリアとエドワード、足して割ればちょうどいいのではなかろうか……と益体も無いことをついつい考えてしまう。
……いやほんと、そうなれば俺の今の苦労が半分以上は減りそう!
「で?」
「で……?」
やっぱり不思議そうに首を傾げる弟。
おいおい。ここまできてそれはないだろうに。
「何か言いたいことはないのか、弟よ。今なら特別に兄さんがどんな文句でも受け止めてやろう」
「別に」
「……別に、なんてことはないだろう」
ふい、と弟が視線を下へ向けた。
「我慢することはないんだぞ」
「我慢も何も、父上の言動理由についておおよその見当はついてますから」
「見当?」
俺の疑問の声を無視して、弟が結論を勝手に語り出す。
「――そもそも愛人を囲ってたのだって、ただの幼稚な試し行為だった。母上からの愛を父上が信じたくて、でも結局怖くなって信じられなくてしていたことだった。膨れ上がる愛人の数は、母上には絶対に裏切られたくないという父上の強い想いが翻ってそうさせていた結果なのだと思う。だから父上は臆病で可哀想な人で、母上もそれを理解して納得して自ら受け入れていた。その上で、お互いに了承している関係だったのだから、実の子とはいえ俺たちがそれに関して何か口出しする権利は無いと思う」
「……俺、お前のそういう可愛げのない冷静な部分、嫌いじゃないぜ」
「ありがとう」
「おう。母さん譲りで何でも前向きな部分もな!」
弟は嬉しそうにはにかんでそのまま退出していった。
なんだかんだで俺を気遣ってくれたのだろう。
俺にはもったいないほどに出来た、素晴らしい弟だ。
「……試し行為、か」
言い得て妙だとは思う。
むしろその通りなんだろうな、と合点がいく部分も多々ある。
「でも、きっとそれだけじゃあないんだろうなぁ……」
そうでなければ、ここまで歪に関係がねじくれたまま最期まで貫き通すだなんてこと、あるわけがない。
――だってそうだろう。
そうでなければ。
他にも要因が無ければ。
死んでからでないと相手からの無償の愛を信じられないだなんて、そんな悲しいことがあってたまるものか。
世間一般的な夫婦としては最悪に見えたかもしれない。
でも実際はどうだ。母は間違いなく幸せだった。
内情なんて、当人にならなければ理解出来るはずもない。
『この封筒。私からの最期のあの人への手紙。渡すかどうかはあなたが決めていいわ』
そう言って静かに差し出されたのは、どれほどの時間を掛けて書き上げたのか、いつ頃から用意を始めていたのか、色差に注視しなければ気付かないくらいに前から用意されていた分厚い封筒だった。
――いったい、どれほどまでに……。
『ふふ、嫌そうね? ――いいの。どうせ私からは直接渡せないもの。それにあなたは、お母さんがどうにも大好きなようだから。……たとえ、それで渡してくれなくったってあなたは恨まないわよ』
正直言えば、当時の俺は絶対渡すものかと考えていた。
母もそれを察していたはずだ。
続けてなされたいくつかの約束事は、必要ないものだと思った。
なにせ、果たされる可能性の低いのものだったからだ。
これは人として、当たり前の判断だろう。
むしろ何故、母は俺に託せば渡すと思ったのか。
母が亡くなったと伝えても、葬式の直前まで会いに来なかった男だ。
我が父ながら、こんなやつの血を引いてるのかと憤ったものだ。
――あなたは恨まない。
妙な言葉だ。
それの意味を知ったのは、母の葬式が順当に進み灰塵と化した頃。
忙しい合間を縫って本邸に戻り、偶然にも父の姿を見つけたのだ。
「うわぁ!?」
びっくりした。
まるで幽鬼のような佇まいで気配も無くぼんやり突っ立っていたのだ。
声を掛けても反応は僅かばかりにも無かった。
恐る恐るつんつん突っついても反応は無かった。
――まるで抜け殻だ。
「おーい。おーい!」
だめだ、こりゃ。
俺の判断は早かった。
よっぽどの馬鹿でも無ければ、父の様子に察するものがあるだろう。
あれを見てしまうと、どうにも怒りよりも呆れの感情が大幅に上回ってしまった。
――父さんがああなること、母さんは期待してたのかな?
というより、なんだかんだでどんなに父を嫌ってても、母が大好きな俺には、あのどうしようもない父をどうにも見捨てられなかったのだろう。
そうして俺はまんまと駆け足で例の預かっていた封筒を、母との約束なのだから後で読もうと隠してしまっていた部屋から慌てて取り出した。
「――父さん。これ、母さんから」
そうして息切れを整えてから差し出した封筒に、嘘のように父は反応したのだ。
そんな風になるのなら、なんで――。
「それ、読み終わっていらなかったら俺が貰う約束だから捨てんなよ」
出しかけた言葉をため息とともに呑み込んで、負け惜しみと達観と共に母との約束を告げると、父が無意識なのか素早く受け取って胸に隠してしまった。
……あーあ。なんて書いてあったのかなぁ。
俺の馬鹿野郎。何故渡したし。
これ、絶対戻ってこないやつだぞ……!
そう後悔してると、思い浮かぶのは母の穏やかな最期の微笑だったし、それを目を逸らすこともなく灰になるまで最後まで見続けた父の姿だった。
あーあ。なんでこの夫婦ってこうなのかなぁ。めんどくせぇ。
「「ウィルにぃ」」
「んぇ?」
遠い目の半笑いで在りし日のことを回想していた俺を呼び戻したのは、可愛らしい子どもたちの声だった。
……双子も来てしまったか。
「リアねぇ、おこ」
「おこおこ」
「うんうん。君たち天使? 可愛いね。可愛い子にはこうしてやろう!」
「「きゃあああっ」」
棒読みで悲鳴を上げながら逃げだした我が家の天使たちを、ヴィクトリアが見れば殴り飛ばしそうなくらいに崩壊したでれでれの顔で追いかける。
……結局、弟妹全員がやってくるとは。
よほど父さんが家にいることが落ち着かないらしい。
……やれやれ。先が思いやられるな。
――こうして少しづつ、父と俺たちの前途多難な交流は開始したのだった。
兄、かるーい。なんか色々、かるーい。のにおもーい!
な感じで、
どうにもシリアスが続いたり続かなかったりな長男、ウィリアム君のやれやれ話でした(?)。
そして今後も、一癖も二癖もある、父や弟妹たちのことで一番の苦労を背負い込む宿命の息子です。
頑張れ、ウィリアム! 負けるな、ウィリアム!
……という感じで、ウィリアムを応援してくれる優しい方はこのお話に是非「いいね」を!
あ、でもなんだかんだみんなお兄ちゃんが好きなので、余計なお世話かもですが。
……そういえば、こんな状況で結婚式はいつになったら出来るんでしょうね?(目逸らし
やれやれ系だから、すぐには難しいかも……(ぼそっ
何はともあれ!
次回、「長女の場合」
お兄ちゃんにガンつけて飛び出していってしまった、妹のその後の様子です。
また明日の、同じ時間に予約投稿されます。
あ、忘れずに。
良かったら感想とかもらえたら嬉しいです。
そんな感じで次回もお楽しみに!




