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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
嘲弄編

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12 まもなく開演、ご着席ください。(6)

「ねーぇ、ヴィル」

「なーに、ノラさん?」

「せっかく一ヵ月も頑張ったんだ、ちょっと遠くまで羽を伸ばしに行かない?」

「一緒にお出かけってこと?」

「そ。まあ、あくまでもクエストでの遠征って(てい)だけどね」



「――ヴィルさえ良ければ、王都まで遊びに行こうよ」



 私の気の落ちようを知ってか知らずか。

 ギルドに入ってからの数カ月、頑張りっぱなしだったんだから息抜きがてら遊びに行こうよ! と誘ってくれたノラさんに、私はぱちぱちと目を瞬かせる。



「王都に?」

「ほら、もうじき年末だろ? 王都じゃ新年に向けて屋台が出たり、大売り出しが始まったり、だんだん盛り上がってくる頃だ。新年をあっちで迎えるのは……まあ、賑やかなのも嫌いじゃないけど、こっちでゆったり迎えるくらいの方がヴィルは好きだろうしさ。本格的に盛り上がる前のほどほどのタイミングで、この数カ月、ヴィルがたくさん頑張ったご褒美ってことでぱーっと遊びに行こうじゃないか!」



 ――にこーっと笑うノラさんのプレゼンに、ふと王太子と一緒に城下へ視察に出たウィロウの中で見ていた光景を思い出し、ははーんなるほどそういうことだってばよ! と突然のお誘いに得心を得る。


 というのも、この国は欧米諸国に近い文明・文化をしているだけあって、年越しのイベントもそちらの国々に近しい催しが開催されるのだ。

 クリスマスはないけれど、年末に向けて大規模なマーケットが開かれたり、大晦日にあたる日にはごく親しい家族や友人と集まってちょっとしたパーティがあったり、新年を迎えると同時に花火が打ちあがったり。

 ノラさんが言う『王都が盛り上がる』というのはきっとマーケットのことを指していて、確かに、これくらいの時期はいつも賑やかな王都がさらに活気づいていたはず。

 あれは確かに気分転換にはもってこいだったな、と沈みかけていた気持ちがそわりと浮足立った。


 マーケットは王都全体で行われるお祭りみたいなもので、元々王都でお店を持っている人たちはちょっとしたフェアをやっているし、この時期だけ屋台を出す露店はお祭りの屋台みたいな感じで、こう、ジャンクな感じの串焼きとか鈴カステラみたいなお菓子とか、あとはハンドメイドのアクセサリーとか、ちょっとした小物だとか、露天によっていろいろなものを売り出しているのが見ているだけで楽しかったんだよね。

 ただ、露店商の中には人をだまそうとする香具師(やし)なんかも混ざっているので、普段より王都の治安が荒れやすい時期でもあり、警備の人たちが日夜忙しそうに飛び回っている印象もある。

 なんせ王都のマーケットには国中の人が集まるので、香具師だけじゃなくて、酔っぱらいとか、あとは手癖の悪い人たちとかがとんでもなく増えるのでね。

 城勤めのお役人さんたちと王都のギルドの人たちが協力し合って治安維持に奔走する姿は、年末のマーケットではある種の名物みたいなものだ。

 ウィロウの中から王都のあっちこっちを駆けずり回る人たちを見かけては、お勤めご苦労様です! なんて、手を合わせるのが年末の私の定番だったっけ。


 閑話休題。


 思い出話はここまでにしておいて、さて、王都。

 王都である。

 この時期の、王都。


 ――『この時期』というのは年末云々ではなく、言わずもがな王太子が限界を迎えつつある現状と言う意味での『この時期』である。

 新聞で取り上げられている『王太子自らウィロウを探している』という状況からして、あいつの自滅までもはや秒読みといっても過言じゃない、というのが私の見解。

 だからまあ、私が王都に向かったところでたいした実害はないし、なんなら年内に片が付いたという情報を、あちらにいれば真っ先に知ることができる可能性が非常に大きい。

 ……イグレシアス領は王都からそこそこの距離があるので、情報が届くまでにはどうしてもタイムラグが発生してしまうからね。

 そのタイムラグをなくせる、という可能性は、なかなかどうして魅力的で心が揺れてしまう。



(ただ、問題は、私が王都であの子と出くわしてしまう可能性で……)



 懸念事項にほんの僅か、眉根が寄りかけ――

 はたり、と私は『あること』に気が付いた。



(……それってつまり、私があの子にとどめを刺せるってこと?)



 ドクン、と心臓が跳ねたのは緊張からか、期待からか。

 無意識に生唾を飲み込みながら、歪みそうな唇をキュッと引き結べば、自然と表情筋が強張った。


 そんな私の反応を見て『王都に行くのを嫌がっている』と感じたのか、ノラさんは心配そうな表情を浮かべてやっぱり王都に行くのはやめておこうか、なんて気遣ってくれるけれど。



「ううん。私、ノラさんと一緒に王都に行きたい」

「……無理しなくてもいいんだよ?」

「無理なんてしてないって! 人混みがすごそうだなって思ってちょっとだけ尻込みしちゃったけど、ノラさんと王都のマーケットでぶらぶらしたい気持ちが勝った! ので! ぜひデートのエスコートをさせてください!」

「エスコートって、アンタねぇ……」



 くるくると調子よく回る私の口にノラさんは呆れ半分、安心半分の笑みを浮かべるけれど、一瞬後には打って変わって嬉しそうに、楽しそうに「それじゃあ決まりだね」と日程調整へ話を進めていく。

 美味しいお茶に、お菓子に舌鼓を打ちながら、クエストという名の小旅行に心を躍らせてノラさんとのおしゃべりに興じる私は――五分五分の賭けにどうなって欲しいんだろうと、はっきりしないもやもやした気持ちで胸を詰まらせ、燻る曖昧な感情に戸惑っていた。

来週からは火・木・土の週1~3更新の予定です。

引き続きよろしくお願いします!

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