07 まもなく開演、ご着席ください。(1)
もしかしたら忘れている人も多いかもしれない、いつぞやの出来事。
私が……というか、ウィロウ失踪後の王太子の動きについて予測したものを手紙にしたため、アレクシス殿下とイルゼちゃんに届けたことをおぼえているだろうか。
元々は私が寮から逃げ出したあと、どうにか秘密裏に彼らの元まで届けようと思っていたところ、見送りに来てくれたイルゼちゃんに偶然託すことができた幸運の産物だ。
どうにか秘密裏に、と言っても完全に痕跡を消して届けることはどうあっても難しいわけで、あれは本当にありがたい巡り合わせだったと今でも思うほど。
さて、ものすごく今更の話になってしまうけれど、いったい私がどんな予想を立てて手紙にまとめ、アレクシス殿下たちに送ったのか、その概要をここらでざっくりと共有しておこうと思う。
二人の手紙はそれぞれ、特に力を入れて重点的に書いてあることは違うけれど、おおむね基礎になる内容は同じ話題。
そこで、ざっくりその話題をまとめてしまうと、大体こんな感じになる。
まず第一に、『ウィロウの失踪直後はギリギリ自分を取り繕う余裕があるはずなので、たとえ動揺しても気丈に普段通りに振舞おうとするだろう』ということ。
ただ、その振る舞いはしょせんは強がりでしかなく、そう時間を置かずして限界を迎えるはず。
ウィロウという精神安定剤を欠いたことによる不安が一気に膨れ上がり、さらには『婚約者の失踪』というビッグニュースによる注目も相まって、あっという間に取り繕えなくなることが予想される。
……おそらく失踪後一週間以内をめどにその兆候が出始めると思う、と私なりの見解を手紙に書き添えておいたのは、いずれ兄の尻拭いに奔走する羽目になるアレクシス殿下へのちょっとした気遣いのつもりだけど。果たしてこれが役に立ったのかは、私のあずかり知らぬところだ。
第二に、『前述の兆候が出始めたあと、彼はきっと王太子としての仕事をほとんどこなせなくなるだろう』ということ。
一人でもくもくとこなせる書類仕事なら、これといった支障も問題もないかもしれない。というかきっと、ほとんどない。
でも、元々生まれ持った気質なのか、王太子は他人の感情の機微に鋭敏すぎるほど敏く、同時にそれを気にしない――他人事として自分から切り離すということができない性質だ。
となれば必然、他人とのやり取りを必要とする仕事で精彩を欠くことは、まず間違いないわけで……。
精神的に弱くて傷つきやすいのに、そのくせええかっこしいのプライドを捨てきれないものだから、持ち前のスペックの高さでなんとかその場しのぎはできるかもしれない。
だけど、ほら。それはあくまでも一時的な対症療法みたいなものであって、根本的な問題の解決にはなってないじゃない?
あの子が王太子という立場である以上、ストレスの原因はなくならないし、ウィロウ不在の今はストレスを解消する手段もない。
だからきっと――ううん、間違いなくそう遠くない未来に部屋に閉じこもりがちになって、何かにつけて言い訳をして、他者との関わりを断とうとするはず。
ここまでは……うーん、そうだな。
一ヵ月も保てたら、まあ、あの子なりに頑張った方だと認めてあげてもいいかもね。
……それから、最後。
第三に、『部屋に閉じこもりだした王太子と接触する際、細心の注意を払うように』ということ。
王太子は人並み以上に繊細な心の安寧を保つため、何年にも渡ってウィロウを利用してきた。
小さな頃に道を踏み外し、誰にも叱られず正されないまま、魅了されたあの子に依存することでしか自分の心を守れなかった。守らなかった。
だから王太子は、ほかにどうすれば自分は安心できるのか、何が自分の気持ちを落ち着かせてくれるのか、そういったことを未だに何も知らないでいる。
十年という決して短くない期間があれば、誰しもひとつやふたつ方法を見つけられそうなところだけど……王太子の場合、ウィロウに依存する手軽さだとか心地よさだとか、そういったものに目がくらんでなまけてきたからね。結果的に、そのツケが今になって回ってきたことになる。
――それがどうして三つ目の忠告に繋がるのか? という話はここからだ。
再三言った通り、王太子は自分の心の安寧を保つ術を魅了状態のウィロウに依存する方法しか知らない。
けど、いくら魅了の魔法が使えたところで、肝心かなめのウィロウが傍に居なかったら結局のところどうしようもない。
……それじゃあ、どうする?
欲しいものがない。
大切なものが見つからない。
どれだけ手を尽くしても帰ってこない。
――だったら、見つかるまでの間、代わりのものを用意するしかないよね?
ウィロウを欠いて精神的に不安定になったあの子はいずれ、普段の冷静さも、思慮深さも何もかもどこかへ放り出して、その結論に至るだろうという確信が私にはある。
だってほら、私がウィロウの次に見てきたのは誰あろう王太子だからね。
行動や思考のパターンも多少は読めるってものですよ。
そんなわけで、精神安定剤を失って鬱一直線な王太子が『代わり』を求めて暴走するだろうからご注意くださいね、というのが件の忠告の中身である。
具体的には手当たり次第、身の回りにいる人・身近な人に魅了の魔法をかけて、自分の周りを全肯定botで固めようとするって感じかな。
この推測に私は全財産を賭けてもいい。
そう言い切れるレベルでの確信を持っている。
……マ、言うてウィロウがそうだったように、イルゼちゃんさえいれば簡単に無効化できちゃうんだけどさ。
そんなことも忘れて手当たり次第に魅了の魔法をかけて、あまつさえイルゼちゃんにすら使おうとしてきたら、あの子はもう限界も限界ってことでしょ。
だってイルゼちゃん、純潔の乙女よ?
全自動弱体化解除の異能者よ?
魅了の魔法なんてかけられたって効くはずないんだから、そんな相手に魅了の魔法をかけようとすること自体、もはや冷静さを欠いているっていうか……ぶっちゃけ正気じゃないよねっていう。
だからもし、そこまでの事態に発展しているようなら、何がなんでも王太子をとっ捕まえて、なんならもう冤罪でもなんでもいいから表舞台から無理やり引きずり下ろすべきだって手紙には書いておいた。
イルゼちゃんがいれば暴走しているかどうかの判断はできるし、なんかこう、王家の秘宝の中を探せば誰がいつどんな魔法を使ったのか証明できる魔道具がひとつくらい見つかるでしょ? たぶん。
それを使ってどうにかこうにか、王太子を早いところ表舞台から消し去ってくれると助かるんですけどね私としては。
(それに――)
魅了の魔法を使って国家転覆を図った反逆者の拿捕に貢献したとなれば、イルゼちゃんがアレクシス殿下と結ばれる未来だって、どうにか手が届くところまで引き寄せられるだろうし。
そう考えると、ここがあの二人にとっての分岐点で、正念場かなーなんて。
迷惑をかけてしまったぶん、あの二人にはぜひ報われて欲しい気持ちがあるので……申し訳ないけれど、もうひとふんばり頑張ってほしいところだなぁと、お節介なおばさんは思うわけですよ。




