09 グッバイ・メアリー・スー(4)
イルゼちゃんはあくまでも、王太子とは適切な距離を保つつもりでいただろうし、実際そのように振る舞おうとしていた。
それは、ウィロウの中でイルゼちゃんを観察していた私がよーく知っているので、疑いようもない事実だと言える。
だがしかし、お察しの通り、そこでやらかしたのが王太子のあんちくしょうである。
魅了のせいで王太子にぞっこんラブ──べた惚れ──メロメロ──ああくそ、どの表現を選んでもムカつくなぁ!
……ええと、だから、つまり何が言いたいのかっていうと、アイツはイルゼちゃんを使ってウィロウを嫉妬させ、『自分がウィロウに愛されている』という実感を得ようとしたってことだ。
方向性は少し違うが、虐待を受けていた子どもが大人に行う『試し行動』みたいな感じだろうか?
まず、王太子は王族の権力をちらつかせて、イルゼちゃんを自分の言いなりにさせる。
すると、まかり間違っても王族に歯向かえるはずのないイルゼちゃんは、王太子に言われた通り、ウィロウの嫉妬を煽る言動を取るしかないわけだ。
そして、目の前で繰り広げられる王太子とイルゼちゃんのイチャイチャ()に、魅了のせいで王太子を恋い慕うウィロウは嫉妬し苦しむことになる……と。
概要をまとめてしまえば、大体そんな感じ。
ちなみに、思惑通りに事を運んだ王太子はというと、利用したイルゼちゃんには見向きもせず、嫉妬で苦しむウィロウを見て愉悦し恍惚としていたことを報告しておく。
この一連の流れに気付いた時は、正直、怒りを通り越してドン引きした。
お前マジでその倒錯趣味はやめろよって、わりとガチ目のトーンで呟いてしまったくらいだ。
……まあ、呟いたって言っても、私以外の誰にも聞こえてなんかいないのだけど。
というわけで、イルゼちゃんは王太子の倒錯趣味に付き合わされた、とっても可哀想な女の子なのだ。
しかもその上、王太子の婚約者であるウィロウには睨まれてしまうしで、なんかもう本当に気の毒すぎる。
不運と言えばよいのか、星の巡りが悪かったと言うべきか、結構な悩みどころだ。
……運が悪かったといえば、そこまでではある。
だけど、なんだかんだイルゼちゃんもウィロウと同様、クソ王太子の被害者の一人なのは確かで、ちょっぴり同情的な気持ちもあったりなんかして。
それこそ、いつかあのクソ王太子の護衛から解放されて、どうにか想い人のアレクシス殿下と幸せになれるようなご都合主義が起こってくれないかなーと思うくらいには、肩入れしている自覚がある。
……魅了が解けたあの子も、王太子の倒錯趣味に付き合わされていたイルゼちゃんに、少なからず申し訳なさを感じていたようだし。
閑話休題。
そろそろ、目の前のイルゼちゃんに話を戻そう。
門前払いを食らうとは思っていても、まさか、私がドアを開けるとは思っていなかったんだろう。
食事の盆を持ったまま、イルゼさんはびっくりまなこで私を見つめていた。
盆を渡そうとする素振りがなければ、中に運び入れようとする素振りもない。
ただ、私の顔を見て、オロオロと迷うように視線をあっちへやったり、こっちへやったりするばかり。
……まあ、それも当然か。
三日前に魅了が解けるまで、ウィロウはずっと、イルゼちゃんをとにかくとことん厭うていたのだから。
王太子といる時のみならず、たまたまウィロウの目の前を通りがかっただけでも親の仇を見るような目を向けていたほどで、当事者のイルゼちゃんからすれば悩みの種でしかなかったはず。
だからきっと、そんなウィロウが怒気をまとうことも、憎悪を滲ませることもなく、自分と対峙している現状が不思議でならないのだろう。
……とはいえ、私がそれを察しているからと言って、考慮するとは言ってないけどな!
「いつまで突っ立っているつもりなんですか? 早く入ってくれません?」
「っ、はい。失礼します」
ウィロウらしい言葉使いに棘を含ませて、イルゼちゃんを部屋の中へと促す。
そこへ更にじろりと睥睨してみれば、イルゼちゃんはびくりと大きく肩を震わせ、言われた通り素直に私の部屋へと足を踏み入れた。
……いやー、部屋に入れと言ったのは私だし、侯爵令嬢であるウィロウに逆らえないのもわかるけど、あまりにも従順すぎてちょっと心配になるレベルだな、これは。
学園内で唯一の平民である、という要素が思った以上にイルゼちゃんの枷になっていたのかもしれない。
まったく、王様も重鎮の人たちも、もうちょっと考えて欲しいものだ。
イルゼちゃんが学園に編入する時に、どこか、跡継ぎに困ってる男爵家の高齢夫婦でも見つけて養子縁組しておくとか、そういう心遣いがあっても良かったんじゃないのか?
貴族にとっては暗黙の了解というか、不文律というか、養子縁組しているおうちなんてわりとザラなんだから、どこそこの男爵家の娘ですって言っても言及するお馬鹿さんはいないし。
それだけでも、学園生活での心持ちがだいぶ違ったと思うのだが。
余計なお世話と言われてしまえば、まあ、そこまでのことだけれど。
そんなことを考えながらドアを閉め、部屋に防音の魔法を、イルゼちゃんには認識阻害の魔法を使う。
これで会話の音漏れと盗聴を防げるし、仮に王家の監視があったとしても、私が話している相手の印象はぼんやりとしか頭に残らないはず。
……まあ、私の逃亡準備がバレないように細工済みなので、要らぬ心配かもしれないが。
何もやらないでおくよりは、駄目押しでも何かしらやっておいた方がマシだろう。
そうしてさくりと秘密のお話ができる場を整えたところで、所在なさげに佇むイルゼちゃんに向き直った。
王太子はやべーやつ。はっきりわかんだね。
次回、次々回はイルゼとの『お話』回です。
その更に次からは、ちょっぴりイルゼ視点を挟みます。