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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
遠征編

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24 アナザー・プレリュード(4)


 もちろん、ヴィルのそれは純粋な善意だけじゃないこともわかっている。

 ヴィルだって、公言したことはないが俺と同じような『男嫌い』で、男から不用意に煩わされることを嫌がっている。

 その原因は間違いなく王太子であり、訳アリの似た者同士であればそう簡単に裏切ることはないだろう、という打算も含んで、俺にもメリットの大きい取引を持ち掛けてくれたんだと思う。


 ……ヴィルと腹を割って話したことで、俺の憶測がほとんど当たっていることを、遠回しに肯定されてしまったのは頭が痛いが。

 ヴィルは今まで通り知らない・気付いていないふりを最後まで徹底して貫き通してくれるならいい、と言ってくれたので、そのように俺が振舞う限りヴィルも俺を巻き込まないつもりでいてくれるのだろう。


 王侯貴族が軽く吹いただけで飛ぶような存在である俺にはそれが本当にありがたいと思うし、……反面、ひとりで全部抱えて逃げ続けなければいけないヴィルのことが気がかりになってしまったのは、大きな誤算だった。



(だって、仕方ないじゃないか)



 一体誰に言い訳するつもりなのかはわからないが、思わずそんな取り繕うような言葉が浮かぶ。


 実家にいた頃はいないもの扱いが当然で、使用人に混じって仕事をするのが常だった。

 けれども義姉や父の本妻にとって気に入らないことがあれば時々、否、そのたびに俺は憂さ晴らしのために叩かれたり、物で殴られたり、ねちねちと言葉で俺の心の柔い部分を切りつけられていた。

 そんな俺を使用人たちも下に見て、嫌がらせをされたり、鬱憤のはけ口にと暴力を振るわれることが多かった。


 もっとも、仮にも当主の倅なので顔をはじめとした目に見える部分を狙ってくるのは義姉たちだけだったし、男色や両刀遣いが身近にいなかったのは不幸中の幸いというべきか。

 それでも、頼る相手も縋る相手もいない日々は俺にとって決して幸せなものではなかったし、子どもの頃は母と二人寄り添い合って過ごした凍えるような冬の夜の記憶に想いを馳せて泣いた日だって少なくなくて。

 ……まあ、泣いたり笑ったりするとすぐに義姉たちの機嫌が悪くなり、うるさいと折檻されることが多かったので、それも長くは続かなかったのだが。


 そういった環境からついに逃げ出して、ラッセルに拾われ、ただのフォンになって。

 ギルドで初めて自分だけの部屋を与えてもらい、俺を知らない人たちに囲まれて過ごすようになってからというもの、俺は実家にいた頃よりずっと安心して過ごせていた。


 理不尽な理由で俺に手を上げるやつも、怒鳴りつけてくるやつもいない。

 ほかの誰にも侵入されない自分だけの生活空間があって、話しかければきちんと受け答えしてもらうことができて、俺が視界に入っても舌打ちされたり憎々しげな視線を向けられたりすることもない。


 それだけで俺はずっと息がしやすくて、困った時にはなんやかんや言いつつラッセルが手を貸してくれる。

 ほかのやつにとっては『それだけのこと』が俺にはとても貴重で、ありがたくて、……たぶん、幸福なんだろうと思う。母が死んでから初めて、俺はこのギルドで『幸せ』という感覚を思い出したのだ。


 だから――だから、そう、俺がヴィルを気に掛けるようになるのは、遅いか早いかの違いだったのだと思う。


 下手な同情や共感ではなく、受容の姿勢で俺の話に耳を傾け、最後まで聞いてくれたこと。

 ただただ俺の気持ちを、考えを理解しようとしてくれたヴィルの在り方は、おそらくあいつにとっては当たり前の傾聴で。

 けれども俺にとっては非常に得難いものであり、そうした姿勢を貫き通してほどよい距離感で寄り添おうとしてくれるヴィルの言動は、とてもありがたいものだった。


 だから過去の俺が得られなかったものを惜しみなく与えてくれるヴィルに、俺が好感を持つようになったのも当然の帰結というもので、……『おま、ちょっっっろ(笑)』と頭の中のラッセルが指さしてくるのは、同じく頭の中の不機嫌な顔をした俺がげしりと蹴飛ばし、そのまま明後日の方向へ打ち消した。


 ちょろいって言うな。











 腹を割って話して協力関係を築いたからか、俺たちがコボルト討伐任務を終えてギルドに戻るまではずいぶん過ごしやすかった。


 お互いの兄貴分・姉貴分についてあれこれ話したり、今までに受けてきたクエストについてあーだこーだと話したり、ほんの些細な雑談をしたり。

 それまでの会話のなさが嘘のように俺たちは話をしたし、会話のない時間も重苦しい沈黙ではなく、穏やかな空気が流れるようになったのが理由だと思う。


 Aランクのノラと週に一回は同じクエストに赴くだけあって、コボルト討伐も想定以上に円滑に進んだのは思わぬ収穫だった。


 最初に群れに遭遇した時、急所の位置はわかるが隙がない、と相談すれば『オッケー、任された』と軽く頷き、コボルトの関心を俺に向かせないよう立ち回りをしていて。

 涼しい顔……というかむしろ愉しんでいる様子すら見せながら、ひらひらとコボルトを翻弄する姿には俺だけでなく、別のギルドから派遣された冒険者たちも驚いていたほど。


 対する俺はヴィルがコボルトを引き寄せてくれている間に一匹ずつ着実に、一撃必殺で仕留めていき、群れが片付いたら討伐証明を採集。

 それが終わったら、ヴィルと共に新種と思しきコボルトの相手に手こずっている別グループを応援に行く……というようなことを、時間が許す限り繰り返していた。


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