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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
遠征編

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22 アナザー・プレリュード(2)


(しかし――)



 正直なことを言えば、ヴィルに関する懸念事項としてはもうひとつ。

 誰にも尋ねたことがなければ、いざ尋ねても『そんなわけがないだろう』と一笑に付されるに違いない、だからこそ俺の中に秘めておくしかないとある可能性・・・・・・があった。


 ……おそらく、俺以外に気付いている人間はいない、と思う。

 もしかしたらギルドの職員――それも、俺たち『月夜の滴々ムーンティアーズ』の元締めであるギルドマスターならばあるいは、気付いている・知っているのかもしれないが。

 少なくとも、ギルド職員の中でも古参の部類であるパトリシアさえ気付いていない・知らない情報だとすれば、いよいよもってこの可能性が信憑性を帯びてくるような気がして、俺が閃いてしまった推測の真偽を確かめるなんて恐ろしくてできなかった。


 ……何故なら冒険者ヴィルという女が持っているかもしれないもうひとつの顔は、もし仮に俺の予想が当たっていたとすれば、この西の国の政治の中枢に大きく関わってくるほどの重要な人物で――俺のような卑賎の生まれの人間には、本来であれば顔を見ることもできないようなとびきり高貴な血筋の人間なのだから。


 気付いたきっかけはラッセルのクエストに同行するかたちで、王都に出向いた時だ。

 ラッセルは俺が東の国の出身であり、世間知らずな箱入り息子(…不本意な評価だが否定材料がないので甘んじるしかない)だということも知っているので、何かにつけて西の国での見聞を広げる機会を与えようとしてくれる。

 王都に赴いたのもその一環で、俺はあの時、初めて西の国の王都を目にした。


 人も、服も、食べ物も、建物も街並みも、東の国の様式と違うことはギルドで生活する中で少しずつ知っていった。

 知っていったが、そうして俺が知ったのはあくまでも西の国の中でも田舎に類する場所だったからか、王都に足を踏み入れた時は胸が躍るものがあった。


 明るくて、人が多くて、物もあふれている。

 目新しいものばかりで目がチカチカして、だけどそれすらも俺の気分を高揚させる一因になって、きょろきょろとせわしなく視線を動かす俺に『完全におのぼりさんだな』とラッセルはゲラゲラ笑っていた。


 そんなラッセルに箱入り息子なんだから仕方ないだろと開き直るように反論したあと、……宿を借りた王都のギルドで目に留まったのは、見知った顔の描かれた一枚の貼り紙だった。


 尋ね人と記されたその紙には、髪型も髪の色も違ったが、確かに俺のあとに『月夜の滴々』に入ってきた後輩――ヴィルがドレスを纏って微笑んでいる絵が載っていたのだ。


 絵の中のヴィルは俺が知る彼女よりも大人しそうで、穏やかそうな笑みを浮かべていて、一瞬別人かとも思ったが……骨格の感じも顔のパーツもヴィルそのもの。

 他人の空似と言う方がどだい無理な話だと直感するほど、絵の中のヴィル――西の国の王太子の婚約者、ウィロウ・フォン・イグレシアスは瓜二つだったのだ。


 驚きすぎて言葉を失い、硬直した俺にラッセルは変なものを見る目を向けてきたが、まさかヴィルが正当な血筋の貴族のお姫様だ、などと公衆の面前で言うこともできずにその場では口をつぐむしかなかった。


 その代わり、ラッセルとは人目のない場所でヴィルとウィロウは同一人物だと思う、という話をしたのだが……そんなわけねーだろと呆れたような反応しか返ってこなかった。

 あんなはねっ返りのじゃじゃ馬が深窓の令嬢と同一人物だなんてどうして思えるのか? と言われたし、なんならそのあとヴィルに対する嫉妬としか思えないねちっこい悪口が続いたので、面倒臭くなって途中でその場を離脱してしまった。

 ……あの時は確か、まだラッセルがヴィルにこてんぱんに言い負かされる前で、ノラとよく一緒にいるヴィルに妬み嫉みが全開だったのだ。


 まあ、そのあとラッセルも改めて貼り紙のウィロウの姿を確認してくれたらしいが、やっぱり別人だろうという結論に変わりはなかった。

 俺の話を適当に済ませずきちんと確認しに行ってくれたのはありがたいと思うが、俺のヴィルとウィロウが同一人物である、という確信を揺るがせるほどの効果はなく――『やっぱり勘違いだった』というオチを期待して再び貼り紙を見に行き、真逆の結果に肩を落とす羽目になったのはいうまでもない。


 確かに、ウィロウとヴィルは別人だと思いたくなる気持ちもわかる。


 深窓の令嬢として王都で評判のウィロウは落ち着いていて、物静かで、誰にでも分け隔てなく優しくて、魔法の扱いに非常にたけた人物だという。

 生まれながらのお嬢様でお姫様なので話し方も丁寧だし、婚約者である王太子とは理想の関係と謳われるほど仲睦まじい姿を見せていたそうだ。


 ……魔法の扱いにたけている、という共通項やウィロウの失踪とヴィルの台頭の時期に奇妙な一致こそあれど、負けん気が強くてラッセル曰く『はねっ返りのじゃじゃ馬娘』なヴィルと深窓の令嬢であるウィロウは確かに似ても似つかない。

 少なくとも、性格だけに焦点を絞るならまったくの正反対な二人だ。



(――でも、)



 ヴィルがウィロウだと仮定して、どうして名前と身分を偽っているのだろう。


 そんな疑問は(憶測が事実だった時が恐ろしいので)誰かに尋ねるわけにもいかず、俺がひとり、自分で考えるしかない。

 けれども答えの糸口は存外簡単に見つかるもので、今回で言えば、ヴィル本人が暴露したギルドに来るまでの身の上話だった。


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