21 アナザー・プレリュード(1)
今回から風視点が数話続きます。
Cランクに上がって初の遠征クエストが女との合同クエストだと知らされた時、嘘だろ、と愕然としてしまった。
……それこそ、足元の地面がガラガラと崩れて奈落の底へ落ちていくような、そんな深い絶望感をたったそれっぽっちのことで俺が感じていただなんて、きっと俺以外の誰にも理解してもらうことのできない感覚なのだろう。
ヴィル本人には、そこまでの嫌悪感があるわけではなかった。
元々、うしろ姿だけで男だと判断して声をかけてしまったこともあって、性別を間違えてしまったという申し訳なさもその一助なのだろうが。
それ以上に、髪や瞳など、あまり馴染みのない色彩に囲まれる中で唯一俺と同じ黒髪を持つこと――目に見えた共通項がある、という点は流されるまま異国で身を立てることになった俺にとって、言いようのない安心感をおぼえることだった(もっとも、本人にとっては迷惑でしかないのだろうが)。
ヴィルはなんというか、型破りな女だな、というのが第一印象だった。
俺と同じ黒色の髪は男と見紛うほど短く、同色のまつ毛に縁どられた灰色の瞳はいつもどこか警戒したような色を宿して周囲を見渡していて。
それを持ち前の愛嬌と整った顔立ちで綺麗に覆い隠している器用さは俺にはないものであり、ろくに人付き合いの経験がないせいで発言することに慣れていない俺にとって、羨ましさすらおぼえるほどの特技だと思う。
ただ――そうしたヴィルの処世術だけは実家の義姉たちを彷彿とさせたが、口の悪さだとか、自分より図体のデカい男にも平気で突っかかっていくはねっ返りぶりだとか、そういった点は大きくかけ離れているなとも感じていた。
今までに出会ったことのないタイプの人種で、一挙一動がやけに俺の目についた。
そんなヴィルの警戒も、ほんの一握り……ノラやパトリシア、ナタリーといった同性の中でもひときわ親しい相手や、ノラについて熱心に語り合うほど仲の良いラッセルと話している間だけはほんのり和らいでいることを知ったのは、『あいつの真似をすればもっと人付き合いがうまくなるのではないか?』とこっそりヴィルを観察していた時のことだ。
その時ばかりはヴィルも年相応の顔をして笑っているというか、なんとなく普段よりも親しみやすい表情がくるくると浮かんでいて、そういえばヴィルは俺よりも一つ年下らしいとラッセルが言っていたな……と思い出した。
悪意のある笑顔に種類があるのは知っていたが、そうじゃない笑顔にも種類があるのだな、ということに気付いたのは間違いなくヴィルを観察していたからだろう。
そうしてヴィルを観察する俺を茶化してくる連中もいたが、普段の言動から鑑みて真っ先に茶化してきそうなラッセルはなんとなく理由を察しているようで、特に何を言うでもなく好きにすればいい、というスタンスを取っていた。
それどころか、練習に付き合ってもらったらどうだ、なんて言ってくるものだから、とんでもない! とブンブン首を振る羽目になった。
いくらラッセルと話す様子を遠巻きに見て『なんだかとっつきやすそうだな』と感じたからといって、あんなにも警戒心の高いヤツに好き好んで絡みに行きたいとは思わない。
なんせヴィルは特に男を相手にしている時ほど警戒心を強め、猫のように毛を逆立てているような印象を受ける。
本人がそれを上手に覆い隠しているので気付かずに話しかけに行くヤツが多いのだが、知っている身としてはどいつもこいつも怖いもの知らずだな……としか思えないのである。
あいつらはヴィルがギルドに来た日、よその冒険者相手にプレッシャーをかけていたことをもう忘れてしまったのだろうか……?
――ともあれ、そうしてヴィルのことを観察していたおかげか、あいつは義姉たちや……俺の婚約者、としてあてがわれていた父のお気に入りの女とは違うことだけは、重々、それはもうようくわかっていたのだ。
そしてその結果が『女という性をもつ相手への警戒を捨てきれずともヴィル個人への嫌悪感はない』という、我ながらなんとも面倒な自己分析であり、同時にCランクに昇格して初の遠征への懸念でもあった。
……個人としては問題ないが個人を構成する要素が駄目、などという厄介極まりない事態に、思わず頭を抱えたくなったのは言うまでもないだろう。
偉そうなことを言えるような立場でもなければ実力だってないのに、なんたって俺はこんなえり好みするような好き嫌いをしているんだ……???
「いいじゃねぇか、風。お前、ヴィル考案のメニューは嫌いじゃないだろ? 遠征中は食わせてもらえるかもしれないぞ?」
「それはそうだがそうじゃない」
「痛ェ!?」
出発前夜、ヴィルとの合同クエストについて相談しに行ったところ、お前は色気より食い気だろ? と言わんばかりの恩人の反応に俺がイラっとしてしまったのは悪くない。
確かに、ヴィルのおかげで時々懐かしい料理が食堂で提供されることになったのは紛うことなき事実だが、事実と不安とはまったくの別問題である。適当も大概にしろ。
抗議のために軽く叩けば、大袈裟なまでのリアクションを返される。
筋骨隆々とまではいかずとも、それに近い体型をしているくせに、痛い痛いと大仰に騒ぐラッセルをあまりにもみっともなく――あの日、驟雨の中で実家から逃げ出した俺の手を引いてくれた頼もしい恩人と同一人物なのか? と疑いたくなったし。
思わず白い目を向けてしまったこともまた、やっぱり仕方のない話というものだった。




