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18 ある雛鳥の話をしよう(3)


「こんなに笑ったのは初めてかもしれない」

「さよか」



 ひたすら笑い袋になっていた風さんが落ち着いた頃には、熱々のお茶も飲めるくらいの温度に冷めていた。


 ヒィヒィと最後の方には若干引き笑いになっていた風さんがしれっと闇を覗かせたような気がしたが、気のせいということにして雑な返事を返す。

 ……いやだってほら、普通に笑う機会はあったけど、あそこまでツボに入る機会がなかっただけかもしれないじゃん?

 風さんって普段から表情の変化が乏しい人だから十分あり得る可能性だと思うんだわ。


 だがしかし、それはそれとして私の失態を見て笑ったことは根に持たせてもらう。

 いつか私も風さんの失態で笑い転げてやるからな覚悟しろ。

 ……私は一体なんの犯行声明を出しているんだ??



「笑ってる間に考えたんだが」

「うん」

「やっぱり話そうと思う」

「何を?」

「俺のこと」

「別に知らなくても私は困らないけど」



 ……あ、でも、何が駄目で何なら平気かは教えてもらわないと困る。


 風さんの意思表明にすげない返事を返したあと、斜め四十五度くらい手のひらを傾けた発言をすれば、なんとも微妙なお顔を返された。

 まあ、そんな表情をされたところで、風さんはたいへんお顔がよろしいので様になるだけなのだが。



「言いたくないこと、話しづらいことを、義理で無理に話すことはないと思うよ」



 ついでとばかりに一言付け加えると、風さんは今度はもにょっとした顔になった。

 表情が露骨に変化することは少ない人だけど、こういう些細な変化は多様な人なんだなぁと、なんとも今更の感想を抱きながらお茶をすする。


 でもまあ、無理に話すことはない、というのは紛れもない私の本心だ。

 私自身、表向きのそれっぽい理由はギルドの人たちに向けてカミングアウトしているが、ウィロウの背負う身の上については完全に秘匿・黙秘している身。

 それが私の、ひいてはウィロウのために必要なことであり、ギルド側も先代様おじいさまの意向でそれを黙認してくれているので、冒険者ヴィルの生活はどうにか成り立っている……と言っても過言ではないのだ。


 そういった複雑かつ厄介極まりない背景を持っている、という自覚があるからこそ、別に話したくないことをわざわざ話す必要はないかな、と思う。

 もちろん必要最低限の情報は共有して欲しいが、そこに抵触しない限りは存分に隠していてもらって構わないのだ。


 誰しも触れられたくないことのひとつやふたつあるものでしょう、例えばそう、私が異世界転生系トリッパーなことだとか。



「……いや、やはり話させてくれ」

「えー」

「こちらだけ情報を握っている、というのはあまり気分が良くないんだ。……ましてやそれが、この国の政治に響きかねないほど大きなものだと知っているとなおさらな」



 身の上話を聞いてほしい、と気まずげ視線を逸らしながら話す風さんが、ぽそりと付け加えた言葉。

 それが意味することを一瞬遅れて理解し、ぱちりとひとつ瞬きをしたあと、私はまじまじと風さんを見返した。



「……風さん、もしかして気付いてた?」

「同じ顔なのにどうしてほかのヤツらが気付かないのか、俺からすればわからないが……まあ、おおよそは」



 こくりと頷く風さんによれば、どうやら初めから気付いていたわけではないようで。

 たまたま同士とクエストに出かけた先で尋ね人の貼り紙チラシを目にする機会があり、ウィロウの顔とヴィルの顔が同じじゃん! ……となったそう。


 よくよく調べてみればウィロウが失踪した時期とヴィルが冒険者登録した時期も近いし、(私がギルドで話した上っ面の身の上話の真偽はともかく)ほぼ本人で確定だろうと確信していたんだとか。



「伝え聞いた性格とか髪の色とか、貼り紙の情報とだいぶ違うなーとは思わなかった?」

「髪は染めればどうとでもなるし、性格は今までの環境から飛び出した反動だと思った」



 うーん、どちらも当たらずも遠からずって感じで大変否定しにくい。

 思わず苦笑いを浮かべれば風さんもそれ以上は何も言わず、けれど代わりに『やっぱりフェアじゃないので話しておく』と強く硬い意思表示をしてきた。


 ……義理とかフェアとかフェアじゃないとかどうでもいいってさっきから私は言ってるんだけど、まあ、本人が『話しても良い』と思っていて、なおかつそれで気が済むのであれば好きにさせればいいかと考えることにした。

 思考を放棄するなって? ほっといてほしい。



「あ、俺は話すがお前は何も話さなくていいからな」

「そうなの?」

「ヴィルの口から実情を聞かなければ『あくまで俺の推測に過ぎない』という逃げ道が使えるだろう。……悪いが俺はお前の事情を抱えきれるほど器の大きな人間じゃないんだ」

「……ふは。貴族お得意の逃げ道を残すそのやり方、私は嫌いじゃないなぁ。風さん案外、貴族社会でも上手く生きていけるんじゃない? 女の人が苦手なのは硬派だから~とか言って誤魔化してみてさ」

「勘弁してくれ……」



 げんなりする風さんににまにまと笑いながら、頭の中ではこの二日間+観察期間の風さんの所作や今の発言を振り返り、ふむ、と一人得心を得る。

 風さんいつ見てもかなり綺麗な所作だったし、ああいう躱し方を知ってるってことは、実は結構いいおうちの出身なのかもな。……なんて、答え合わせをする前に少しだけ心の準備をしておきたいと思うのは、きっと誰しも身におぼえのある心理のはずだ。


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