14 似た者同士の君と僕(4)
「あー……っと、それで、ですね」
「?」
「肝心の本題なんですが……風さんは『女性が嫌い』って聞いてたんですけど、たぶん、女性に対して苦手意識があるって言った方が正しいんですよね?」
どういう言葉選びをしたら今の空気を壊さずに会話を続けられるかな、と考えながら口を開いたものの、結局、ひねりも何もあったものじゃないドストレートな質問を投げかけてしまった。
やばい、と思ってもあとの祭りで、今さら言葉は取り消せない。
……体感温度が狂って暑いのか寒いのかわからなくなった上、ぶわわ、と嫌な汗が噴き出すような感覚がするのは一体何故だろう。
というかそもそも、なんで私、こんなに風さんに気を遣っているんだっけ? ……なんて、自分から話を切り出したくせに、目的がスポンッと頭から抜け落ちたように答えのわかりきった疑問が頭の中を占めている。
でも、風さんに気を遣う理由が『クエストのため』だとしたら、本当にそれだけなら、なんで私はこんなに焦って取り乱しているんだろう。
クエストをきちんと成し遂げるためとか、まるで幼稚園児を見守る親のように心配してくるギルドの人たちを見返すためとか、それっぽっちの理由で動くにはいかんせん風さんに心を砕きすぎているんじゃないか?
(――ウィロウに何も関係のないことなのに)
突如ぐるぐると支離滅裂な思考の迷路に陥って黙りこくった私に対し、風さんは目を丸くして固まっている。
これまでの私は言葉選びも話題選びも気を回しまくっていたので、まさかああもドストレートに指摘してくるとは思っていなかったのだろうな、と察するのはあまりに容易で。
しかし、だからといってこちらから助け舟を出してやるような優しさは見せない。
見せないっていうか、むしろ今はそんな優しさを見せている余裕がない。
お客様がお探しの精神的余裕は現在品切れ中です。
……メンタルに余裕がないとどんどんおふざけの方向へ思考が流れていくのは、果たしてどうにかならないものか。
「……」
「……」
数時間ぶりの沈黙が落ちる。
日が暮れて夜の帳が落ちてから特有のしんとした静けさと、ぱちぱちと音を立てる焚火の音に、時折混ざる風と木々のこすれる音。
それらがかろうじて沈黙の間を繋いでくれているものの、私も、風さんも、お互いに口を開くことができなくて。口火を切る気にはとてもじゃないがなれなくて。
カップの中で揺れる琥珀色をじっと眺め、ぐちゃぐちゃになった感情をリセットさせるべくひたすら無心になることを念じている、
――と。
「そういうお前は、」
「……?」
「……男のことが苦手だろう? 俺とは違って嫌悪や厭悪に限りなく近いようだが、見て、接した限りでは、憎悪とは明らかに種類が違う。何か――そう、色々なものが複雑に絡み合った結果の『苦手』だと思ったが、……違うか?」
ぱちり、と。
今度は私が、驚きに目を瞬かせる番だった。
それは例えば、こちらの顔色を窺っていることの多い風さんが、私が明らかに『話しかけるな』オーラを出しているにもかかわらず話しかけてきたことだとか。
今まで誰も――それこそ、ノラさんやパトリシアさんやナタリーさんだけでなく、同士でさえもわざわざ言語化して突っ込んでこなかったことに切り込んできたことだとか。
はたまたあるいは、私の感情を正確に読み取ることができるくらい、風さんが実は私のことを観察していたらしいことだとか……なんというか、あまりにも彼の言動が『意外』すぎて、事実を言い当てられたことよりもそちらの方が驚きだった。
どうだ、驚いたか? ……なんて言いそうにないタイプの人だけど、風さんによって二重三重の驚きを提供されたのは事実。
おかげさまでと言うかなんというか、驚きと衝撃のおかげでぐちゃぐちゃだった脳内は一度、綺麗さっぱりリフレッシュされたらしい。
びっくりしすぎて考えていたことがまるっと吹き飛んだだけとも言うか、まあ、どちらにしても同じこと。
ぱちぱちと数度瞬きを繰り返した私は、相変わらず窺うように視線を向けてくる風さんに口を開いた。
「……おっどろき。まさか風さんがそこまで私のこと見てるとは思いませんでした」
「初めてできた後輩だからな。少しくらいは気になるのが普通だと思うが?」
「でも私、貴方の苦手な女ですけど」
「ならお前はどうして俺を観察していたんだ?」
「色々ありますけど自己保身のためですかね?」
「いきなり明け透けになりすぎじゃないかお前……?」
突然、被っていた猫をべりっと脱いだせいか、風さんは目を白黒させているらしい。
その様子に、やっぱり相手に翻弄されるよりも私が振り回す方がいいなぁと思いながら、私はふふふと笑って。
「お互いにお互いの弱みを握ってるようなもんですし、だったらわざわざ隠す必要がないなーと思ったから言っただけですよ。……それにほら、腹を割って話そうって言うんですから、ちょっと明け透けなくらいがちょうどいいでしょう?」
「そういうものか?」
「そういうもんですよ、たぶん」
特に私みたいに隠しごとや言えないことが多い人間なら、話すぞ、と決めた時くらいはね。
もちろん箝口令が敷かれるほどの極秘事項は伏せておくにしても、それ以外の話せる部分はちゃんと話す、というのが、秘密主義なりに誠実さを示す手段なわけで。
相手の信用を得て協力関係を築きたいなら『それ』が最低限当然で必要なマナーだと思うからこそ、きっかけ作りをするのは言い出しっぺの責任だよなぁと行動に移したまでの話。
……マ、こっちが取り繕うのを辞めたせいか、風さんもちょっと肩の力が抜けた? 拍子抜けした? みたいだし、このままおしゃべりに興じさせてもらうとしようか。
(気の遣い合いを続けるのは無駄に疲れるだけだから、そろそろ終わりにしたいところだったんだよね)