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07 グッバイ・メアリー・スー(2)


「……これでよし、と」


 最低限の情報と助けを求める旨を記し、手紙を封筒に入れる。


 このまま郵便に出して先代様に届けてもらう、なんて悠長な方法は絶対にとらない。

 郵便に任せていたら、イグレシアス領の先代様のところへ届くまでに時間がかかりすぎるし、王太子が職権乱用して手紙の内容をあらためないとも限らないからだ。


 そんなリスクの高い選択は、この現状とウィロウの願いを鑑みれば、絶対に有り得ない。


 だから私は手紙へ手をかざし、魔法をかけた。

 ごくありふれた見た目の手紙は魔力の干渉を受け、あっという間に小鳥へと姿を変える。


 手紙を他人に託せないなら、手紙自身に宛先まで飛んで行ってもらおうという計画だ。

 あとはこの子を外に放てば、ばびゅんと先代様のところまでひとっ飛び! というわけ。


 ……余裕があれば転移魔法で送っても良かったけど、アレ、魔力の消費が激しい上に、補助具がないとコントロールも難しいんだよね。

 あとあとのことを考えれば、今はなるべく余力を残しておきたいところだし、変身魔法を使った方が都合が良いのである。


 そんなわけで、小鳥に防水や防火など、飛行中に破損を防ぐための魔法と、一刻も早く届くように願って加速の魔法を重ねがける。

 過不足なく魔法が作用していることを確認し、部屋の窓を開ければ、小鳥はサッと羽を開いて飛び立った。


 力強く羽ばたいて、小鳥はぐんぐんと空の彼方──イグレシアス領の方角へと消えていく。


「よろしく頼むよ」


 王家の監視を誤魔化すための魔法を使っているとはいえ、それもいつまで保つかわからない。

 どうか、どうか、一分一秒でも早く、先代様の元に届きますように。






 ──祈るようにつぶやいた時、コンコンコン、と扉をノックする音が響いた。






「っ……」


 来客を告げる音に緊張感が走り、頭のてっぺんからつま先まで、全身が凍り付く。

 ドクン、ドクンと心臓が恐れを訴えるように、暴れているのが理解できた。


 ここは国が運営する学園の女子寮だから、男子が入ってくることなんて有り得ない。

 だから、そう、私も震える必要なんてまったくないはずなのだ。


 ……実に腹立たしいことに、普通なら、という注釈がつくのだけれど。


 繰り返し言うが、ここは国が運営している学園。

 そして婚約者ヤツは、ウィロウに並々ならぬ執着を持つこの国の王太子。


 ……あとは、わかるな?


 アイツが職権乱用してウィロウの見舞いに来ないとも限らない。

 というか普通に来そう。


 外面の良さを存分に発揮してくれやがる王太子が余裕で想像できて、私は、言い表せないほどの恐怖に駆られた。


 ……もしもドアの向こうにいるのが、訪ねてきたのが王太子だったらどうしよう?


 ドア越しの応対で、大人しく帰ってくれるならいい。

 だけど、そうじゃなかったら?


 無理矢理この部屋に押し入られるような事態になれば、きっと、アイツは自分がかけた魅了が解けていることに気付いてしまう。


 そうなってしまったら、一巻の終わり。

 私の負けで、完全な詰みゲームオーバーだ。


 自力で魅了を解除する術がなければ、それを防ぐ術も持たない私は、あっけなく王太子のお人形にされてしまうだろう。


 ……否、考えてみれば、それで済むかどうかも危うい。

 なにせ、ドア越しのやり取りができない、ということは、私がアレと直接やり取りするということなのだから。


 ウィロウのふりをしてやり過ごせればと思うけれど、なにぶん相手は、あの子に対する執着が振り切れて依存の域に達している王太子。

 些細なことから私がウィロウではないことに気付き、暴走しないとも限らない。


 もっと端的に言うなら、私を殺してウィロウの死体を愛でる──みたいな、頭のとち狂った所業を普通にやらかしそう。

 ……なんて、そんな縁起でもない予想をしてしまったものだから、さっきから悪寒と鳥肌が止まらない。


 いやもう、本当に無理。怖すぎる。


 あの執着を向けられていない私でさえこれほど恐ろしいのだから、当事者であるウィロウはもっとずっと怖かったに違いない。

 そう思うと、何もしてあげられなかったことがやっぱり悲しくて、無力さに胸を搔きむしりたくなった。


 ……本当に、本当にごめん、ウィロウ。

 私はずっと君の中にいたのに、守ることはおろか、支えになることもできなかった。


 たった一人でも、唯一絶対の味方がいるってわかれば、それだけでも心の持ちようが変わっただろうに。

 君がアイツから逃げ延びるために、私は全身全霊で助言と計画の立案をしてみせたのに。






 ……ああでも、私はやっぱり、自分のことと同じくらい王太子が許せないな。






 そんな思いがふと浮かび上がった刹那、恐怖を凌駕する勢いで急速に燃え上がる。


 ……そう、そうだ。

 私はアイツが腹立たしくて、憎らしくて、恨めしくて仕方ない。


 狂った執着を怖がる心の奥底から、ふつふつと憎悪が湧き上がる。

 恐怖心による全身の震えは、いつの間にか、憤怒によるそれへと変貌を遂げていた。


 王太子の野郎、女子寮に来られるものなら来るがいい。

 ドアを開けた瞬間、お前のすまし顔を一発、渾身の力を込めてぶん殴ってやる!


仮にも王太子相手に殺る気満々な転生者。

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