09 ぎすぎすクエスト(4)
そんなこんなで、コボルト討伐クエストのためにホームタウンを出発した私と風さんは幸先不安なスタートを切り――隣の領地の最寄りの町まで向かう道中、早くもその二日目を迎えたわけなのですが。
「……」
「……」
……懸念した事態が見事に発生していて、なんかもう、やっちまったな感が尋常じゃないね!
いや別に、先に言った通り沈黙自体はこれといって苦ではないのである、本当に。
というのも、会話が苦手と言うつもりはないものの、四六時中話していられるほどおしゃべりが好きでもないし、どちらかと言えば黙っていたり、聞き手に回っている方が性に合っているから。
初対面の相手と二人きりで沈黙が続いてもこれといって気にしない・気にならないメンタルは一応持っている。
でも、居心地の悪い空気はなんとなく精神衛生上よろしくないと言うか、なまじっか『風さんとは完全な初対面ではない』という点がどうにも引っかかるというか……。
(……否、一番の理由はどう考えても同士だわ)
風さんの半歩後ろを歩きながらうんうんと考え込んでいたが、ふと思い至った結論にスンッと表情が抜け落ちる。
ああうん、そうだ。同士のことがなければここまで思い煩う理由がないもんな。と一人納得したとも言う。
私個人が風さんに思うところがあるとすれば、彼の容姿が日に日におぼろげになっていく前世の記憶をかすめて懐かしさを感じることくらい。
だが、そこに同士の存在が加わるだけで、風さんは同士が気にかけている可愛い後輩、というフィルターが加わるので、同士に余計な心労をかけないためにももう少しだけ良い空気感にしておきたいな、そういう空気感にしておけたらいいなぁと思うのだ。
……え、どうせ普段から心労をかけてるんだろって?
いやいやまさかそんな、私たちのノリはいつもあんなものだし、同士だってあれくらいで心労を感じるほどヤワじゃないよ。
ガチムチとまでは言わずとも、同士だってなかなかのタッパがあって現役で冒険者やってる男なんだから。
(でもなー、今回の件で胃痛くらいはやるかもしれないよなー)
ノラさんガチ恋のせいで私にからかわれるなんてしょっちゅうだし、ノラさん推しの同士であるがゆえに、雑な扱いをお互いにしているわけだけれど。
それでも同士はファーストインプレッションが最悪だったであろう私のことを嫌うことなく構ってくれるし、なんだかんだ言いつつ気にかけてくれていることも知っている。
そして、そんな同士がことさら目をかけて面倒を見ているのが風さんなわけで……始終ギスギスした空気のままギルドに戻ったら、いくら図太い同士と言えども胃を痛めそうだなと思う。
……いやまあ、身体が資本! なんて言って普段からバカスカと鯨飲馬食の勢いで飲み食いしてる同士だし、鋼の胃袋を持っていそうな気もするから、なんとなくそんな気がする~くらいの感覚だけどさ。
(……救いがあるとすれば、完全に会話がゼロじゃないってことくらいか)
もちろん救いと言っても私ではなく、同士にとっての救いであるがそこはまあいい。
休憩にしようとか、そろそろ今日はこの辺りで休もうとか、かろうじてそれくらいの会話はあるのだ。
それすらなければ私もいよいよもって頭を抱えたかもしれないが、最低限、相手も私と意思疎通を図ろうとしてくれていることが理解できているので安心している節はある。
ただ――そこに何か問題があるとするなら、ああいった会話を切り出すのが決まって私ばかりで、風さんは基本的にだんまりを決め込んでいる、ということ。
なんか、……なんだろう?
風さんがどうもこちらのことを気にしているのはわかるが、それだけで何も言ってこないこの感じ。
共同クエストをつつがなく終えたい、と思う気持ちは同士の胃に優しい結果を……という考えがあるからこその思いなのは確か。
ただ、こうして風さんのよくわからないスタンスが、なんかこう……常に神経にカリカリと爪を立てて引っかかれているような、なんとも言い難い不快感があるのだ。
……気になることがあるなら直接言って欲しい、と思う。
確かに私が同士と親しいのは事実だけれども、だからと言って、同士が目にかけている貴方の保護者にまでなったつもりはないのだ。
しかもこの場合、同士がもう一人の保護者枠――基、パパ枠におさまるという結果になってしまうので、そこも含めて『ない』と言わせてもらおう。
(あらゆる意味で解釈違い起こして頭が爆発しそうなんだよなぁ!)
側を歩く風さんの存在があるので、ため息にならないように気を付けながら、そぉっと深く息を吐く。
その程度の気休めで胸の中のもやもやしたものが消えるわけではないけれど、多少マシになってくれないかなーと期待して……結局、失敗という結果に終わりますますもやもやが増えていくのだから、これは完全に負のスパイラルに陥っているやつですね間違いない。