06 グッバイ・メアリー・スー(1)
私が協力者を選ぶにあたって、基準にしたことはいくつかある。
まず第一に、王太子に対する心象が悪く、何を言われても絶対にアイツの味方に回らないこと。
第二に私を──ウィロウ・フォン・イグレシアスを決して裏切らないこと。
第三に、ウィロウと関係がある人の中で、逃亡との関与が疑われにくい人物であること。
それから最後に、自分で自分のことを守る力があることだ。
第一、第二基準の理由については、あえて説明するまでもないだろう。
なにせ、王太子から逃げたい私にとっての最重要事項であり、逃亡の成功率を大幅に左右する要素だからだ。
そこが保証できない人たちは身内であれ、バッサリと切り捨てる所存でいる。
両親や現国王夫妻、第二王子のアレクシス殿下なんかはまず絶対に頼れない、大論外の面子である。
第三基準はもちろん、遅かれ早かれ現れるであろう追手の追跡をかわすため。
ウィロウにとって身近な人や親しい人ほど、王太子から逃亡に手を貸したと疑われやすいのは自明の理。
ならばなるべくウィロウとの関わりが薄く、疎遠である人物が好ましい。
加えて第四の基準についてだが──まあ、言葉の通りとしか言いようがない。
万が一、王太子が実力行使に及ぼうとした時、きちんと身を守れる人物じゃないとアッサリ死にかねないよなって。
私の逃亡に手を貸したことで王太子に殺される人がいたらとか、想像しただけでものすごく気分が悪いじゃん?
しかもその上、死んだ人の身内から恨まれて憎まれたらとか、考えただけで億劫じゃん?
だったら最初から自衛できるだけの力を持つ人を選定基準に加えておいた方が、後腐れなくていいと思った次第である。
そこで私が白羽の矢を立てたのは、ウィロウの祖父──現在は領地でひっそりご隠居中の、先代イグレシアス侯爵だ。
先代の国王に仕え、国政の中枢で辣腕を振るったと名高い賢人。
文武両道のご仁で、先王陛下の側近として重用されたとは現侯爵であるウィロウの父親の弁だ。
ウィロウの魔法の才能はおじいさま譲りね、と侯爵夫人ことウィロウの母親が言っていたので、きっと相当な使い手なのだろう。
……あの子と王太子が婚約してからはひと騒動あって疎遠になり、とんとご無沙汰なので、後半は私の推測でしかないのだけれど。
王太子と婚約するまでは、あの子と先代様とはものすごく仲のいい関係だった。
下手をすれば父親以上に祖父のことを慕うおじいちゃんっ子で、年に数度、先代様に会いに行くと四六時中べったりになるくらい。
先代様の方も、自分を慕ってくれる孫娘がかわいくて仕方ないといった様子で猫かわいがりするものだから、実の父親の方が涙でハンカチを濡らす珍事が慣例化していたっけと、ふと思い出した。
しかし、そんな関係も魅了の魔法を使われたあの子が領地に戻り、先代様と会った時のひと騒動……前代未聞の大喧嘩をして以来、それっきりになってしまったのである。
いやまあ、正確には大喧嘩というより、先代様が一方的にウィロウを怒鳴りつけて「二度と敷居をまたぐな!」って屋敷から叩き出したって感じに近いんだけど。
王太子への魅了状態に陥っても、変わらずおじいさまが大好きだったウィロウにはそれがすごくショックで、悲しくて。
大好きなおじいさまに怒鳴られたことが、たまらなく怖かったようだ。
その一件がトラウマとして色濃く残り、あの子はすっかり先代様の邸宅に近寄らなくなったし、両親や使用人たちも先代様の尋常じゃない様子に戸惑って、何も言わなくなった。
そんなわけで、今のウィロウと先代様は、ほとんどまったく関係がないに等しい。
だからこそ、私も協力者候補として真っ先に選んだのだが。
だって私、知ってるし。
王太子の魔法で魅了状態にされたウィロウに、先代様がひどく狼狽していたことも。
精神を犯された孫娘を見て嘆き悲しみ、どうにか目を覚まさせようとした結果が、あの大喧嘩の顛末だということも。
あの頃の私は、ウィロウに魅了の魔法をかけた王太子の思惑を見抜こうととにかく必死で、常日頃から人間観察に全霊を注いでいた。
そのお陰で、あの時の先代様の考えていること──までは流石に無理だったけど、どんな気持ちでいたのかはなんとなく察することができたのだ。
そして、先代様の様子から察した感情と、ウィロウに浴びせかけた怒声の内容から、彼が魅了に気付いていることを理解した。
先代様はウィロウにかけられた魅了を解きたくて、でも、その方法が見つからなくて。
自分にはどうにもできないことを理解しながらも、どうにかしたくて仕方なかった。
……その気持ちは、私には、痛いほどよくわかる。
私も、先代様も、ウィロウを助けられない無力さに臍を噛むことしかできなかった。
だからきっと、ウィロウの魅了が解けた今、彼はきっと力になってくれる。
王太子からウィロウを逃がすために手を貸してくれる。
そんな確信にも似た予感が、しっかりと、私の中に芽生えていた。