26 夢見る少女の手を取って(2)
「あーあ、すっかり無防備に寝入っちゃて……」
テーブルに突っ伏するように、赤い顔を組んだ腕にうずめたヴィルが寝息を立てている。 すぅすぅと穏やかな呼吸をゆるやかに繰り返すヴィルの姿は、実年齢よりもっとずっと幼く見えて、思わずクスリと笑みがこぼれた。
今日は一日、本来であればこの子が受けられないランクの依頼に朝から晩まで連れ回したし、依頼を終えてギルドに帰ってきてからもアタシの我儘で厨房に立たせてしまったし、きっとすごく疲れていたのだと思う。
それでもヴィルは嫌な顔ひとつ見せず、唐揚げってのを作ってくれて、アタシの晩酌に酔い潰れるまで付き合ってくれた。
そりゃあ寝落ちるに決まってるわ、と自分の行動を振り返り、内省する。
「……お疲れ、ヴィル」
起こさないようにごく小さな声で囁き、絹のような手触りの黒い髪をそっと撫ぜる。
ヴィルって嫌だとか、断るとか、そういうことをあまり言わない子だから、アタシもついつい甘えてしまうんだよね。
だけどそれじゃあ、この子に要らぬ負担をかけてしまう一方だし、本来ならアタシが先輩として甘やかしてやるべきなわけで。
初めてできた同性の後輩に浮かれるばかりじゃまだまだ未熟だぞ、と己に活を入れる。
「今日は本当に、いろんなヴィルを見たなぁ」
アタシの前にいる時、ヴィルの表情は大抵が笑顔だ。
その笑顔にも色々と種類があって、アタシのことが好きで好きで仕方ないんだなぁって一目でわかるものとか、食事が美味しくて幸せ! って笑顔みたいに子どもっぽいものあれば、ヴィルの反応に一喜一憂する男衆へ愛想を振りまいて翻弄する時のいたずらなものもある。
どれもこれも同じ笑顔のはずなのに、受ける印象はまるで違う。
そんな器用なところが面白いなと思って普段は観察しているんだけど、今日は、それだけじゃなかった。
大役を任されて不安そうな顔。
オークを前に緊張で強張った顔。
さあやるぞ、と気合を入れて引き締まった凛々しい顔。
魔法に関する知識が乏しくてもわかるくらい難しい技術を涼しい顔でこなすところ。
目論見が成功した時に見せた自慢気なしたり顔。
ぶつぶつとひとりごとを呟きながら試行錯誤を繰り返す真面目な顔。
塵と化したオークを見つめる感情のない瞳。
オークの命を弄ぶかのように残酷なことを平気でこなし、実験を繰り返すマッドな顔。
ほかにも料理を任されて焦るところとか、料理中の真剣な表情とか、ショウユとやらに望郷の念を見せたところとか、まだまだ見かけた一面はたくさんあるけど……どれもこれも、アタシが見たことのなかったヴィルの顔だ。
その一つ一つ、すべてがアタシには目新しくて、驚きと嬉しさで胸が躍るようだった。
今日一番の驚きは、あの子の魔法に関する才能の豊かさだろうか?
オーク討伐依頼に同行を頼んだ時の会話から、薄々感じ取っていたことではあるけれど、まさかあんなに器用にひとつの魔法を応用して見せるとは思わなかったな。
あとは……うん、普段の言動からは毛先ほども感じなかった頭のイカれ具合にも驚いたかな。
才能豊かな人間、それもとびきりの能力の持ち主ともなると、大体どこかしらブッ飛んでいることが多いというのがアタシの経験論だけど、恐らくヴィルもそのタイプと見たね。
マッドな研究者と言うべきか、はたまた気が済むまでトライアンドエラーを繰り返さないと気が済まないタイプというべきか、そこまでの見分けはつかないけれど。
まさかこの子にもそういった一面があるとは思っていなかったので、ヴィルが嬉々としてオークを消し炭に変えた時はたまげたなぁ……。
「……、……。……ねぇ、ヴィル?」
もしかしたらアンタは、上手く隠したつもりなのかもしれないけどさ。
飛び級の話をした時、珍しく言葉に詰まってできた不自然な間も、そのあとのわずかに歪んで引きつった顔も、苦しげに吐き出した卑下の言葉も、アタシは全部に気が付いてるんだよ。
どれもこれも、ほんのちょっとずつしか気付けなかったけど、それでもちゃんと気付いてる。
……この『ちょっと』さえ隠そうとしたヴィルが抱えるものは、もしかしたら、アタシが想像する以上に大きいのかもしれない。なんて、そんな風に思ったって言ったら、アンタはなんのこと? ってきっとすっとぼけるんだろう。
アタシの勘違いならそれでいい。
だけど、なんとなく、そんな気がしたから。
だからさ、正直、かなり心配なんだよね。
アタシは一介の冒険者として、自分の勘は大切にすることにしてるんだ。
一瞬の直感が明暗を分ける事態は、冒険者として身を立てていれば、しょっちゅうあることだから。
九死に一生を得る、という状況を、アタシは自分の勘で何度も切り開いてきた。
だからこそ、普段から勘は大切にしている。
それがたとえ、どんなに些細なことでも、プライベートなことであっても。
普段から自分の勘を大切にすれば、いざという時もキッチリ働いてくれる……そんな願掛けを兼ねてもいるんだけど、まあ、今回はそれはどうでもいいか。
「話しておくれよ、ヴィル。Aランク冒険者は伊達じゃないんだ。……ほんのちょっとでもいい。アンタの背負うものを、アタシにも一緒に背負わせてくれないか?」
いつか……いつか、アンタが一人っきりで、誰にも気付かれないで潰れちまわないように。
ちょっとでいいから、アンタの荷物をアタシにも背負わせて欲しい。
気恥ずかしくて面と向かって言えないけど、いっぱいの好きを向けてくれる可愛い妹分のことが、アタシだって大好きなんだからさ。
祈るように、願うように、昏々と眠るヴィルに語り掛ける。
どうか、アタシの気持ちがこの子にちゃんと伝わって、差し出した手を握り返してくれますように。




