25 夢見る少女の手を取って(1)
二週間と少し前、ウチのギルドに今年に入って二人目の新人が加入した。
妙齢というにはあまりに若く、少女と呼ぶにはいささか大人びているその子は、なんだかちょっと不思議な子だった。
この辺りでは珍しい黒い髪に、涼しげな雰囲気の灰色の瞳。
肌も髪もしっかりと手入れされているのがわかる滑らかさで、手荒れを知らない美しくやわらかな掌は良家のお嬢さんそのもの。
一体どこの貴族の娘かと思ったけれど、そのわりには些細なことにいちいち礼を言うし、謝るし、当たり前のように市井の暮らしに馴染んでいる。
ちょっと世間知らずなところもあるけど、そこもまた可愛げがあるっていうか。
知らないこと、初めて見るものに目を輝かせ、無邪気に笑うあどけない姿は、青い血を引く人間とはとても思えない。
何より、アタシのことを慕って追いかけてくるところとか、声をかけただけでパァッと笑顔になるところとか、なんだか子犬に懐かれてる感じがして、妙にこそばゆかった。
女は家庭に入るもの、という古臭い価値観が根付いたこの土地に女冒険者はアタシ一人だけで、ヴィルが入るまで後輩だっていなかった。
だからその、なんていうか、初めてできた同性の後輩が可愛くって仕方ないんだと思う。
不思議なところも、あべこべなところもひっくるめて、アタシに真っ直ぐな好意を向けてくれるヴィル。
パトリシアから気にかけてやってくれと言われていたけど、たぶん、そう言われなくても目をかけるようになっていただろうと、今は思う。
『月夜の滴々』は年に一人、新人がいれば良い方の田舎の冒険者ギルドだ。
とはいえ、王都や領内の主要都市から遠く離れた山間にある冒険者ギルドなんて大抵そんなもので、ギルドが抱える冒険者は三十代から四十代の高齢者が多い。
……ま、この場合の高齢者っていうのは、冒険者としては、という但し書きがつくんだけどね。
王都みたいに栄えた土地のギルドは逆に、十代から二十代の若者が多く、時には十代に満たない小さな子どもさえ所属していることがある。
なにぶん冒険者は身体が資本で、活動的に動けなければならないからだ。
今でこそ植物採集や鉱石採集、配達といったお使いみたいな依頼もされるけど、元々冒険者は各地にはびこる魔物討伐を生業とし、未開の地を切り拓くために欠かせない存在だったと言われている。
だから今でも冒険者は五体満足であること、バリバリに動けて魔物に引けを取らないことが大前提だという認識があって、三十代後半から四十代ともなると引退を考える頃合いなのだ。
それこそ、王都の大規模な冒険者ギルドに所属していれば、ちょっとのミスがすぐに大きなクレームに繋がりギルドの評判に差し障る可能性もあるので、ギルド側から引退の打診をされることもあるらしい。
そんなこともあるのかと、初めて聞いた時はすごく驚いたっけ。
でも、冒険者って仕事は危険と隣り合わせな仕事をするぶん高給取りだし、やりがいもあるし、長く続けられるものなら続けたい……と思う人も少なからずいる。
だけど今と同じギルドでは続けられない、となると、都市部の冒険者ギルドを辞めて慢性的に人材不足な地方の冒険者ギルドに流れてくることが多い。
ウチのギルドも例外ではなく、所属する冒険者の大半はかつて別の土地で活躍していた人たちだ。
彼らは『冒険者を続けるのはもう無理だ』と自分で感じるようになるギリギリまで、ここのギルドで冒険者として活動するんだって意気揚々と語っていた。
……まあ、その気持ちはわからないでもない。
自分の限界を他人に勝手に決められて、口出しされるなんてアタシもごめんだしね。
その点、こういう地方のギルドは冒険者としての活動限界は本人の意思に委ねてくれるので、長く冒険者を続けたい人にとってはありがたい環境なんじゃないかなって思う。
もちろん、大きな怪我をして障害が残ってしまったとか、そういったよほどのことがあればギルドが口出しすることもあるけどさ。
──とまあ、そういうわけで、新人自体が珍しい田舎のギルドに二人も若い子が加入した、というのは結構な大ニュースだったりする。
本人たちにその自覚があるかはわからないけど、かなりセンセーショナルで、ギルド中から多くの注目を集めているのは確かだ。
というかぶっちゃけ、単純に若い子たちへの構いたがりが多いってだけなんだけどね。
口数があまり多い方ではなく、人付き合いに不器用なところがある風は男衆からあれこれと世話を焼かれているし、ヴィルはなんか……なんかこう、なんだ……? 遠巻きに可愛がられているというか、ほどほどの距離感を保って接しつつ、ヴィルが振りまく愛嬌に年甲斐もなくはしゃいでいる感じ……?
とにかく、ろくでもない婚約者から逃げてきた、というあの子に良い意味で気を遣って接している。
この辺はやっぱり年の功っていうのかな、みんな割と上手くやってるなと思う。
風もヴィルも、嫌がっている様子を見せたことはないからさ。
後輩たちがギルドに上手く馴染み、気持ちよく過ごしているのを見ると、こちらとしても嬉しくなる。
自分にとって大切な場所があの二人にとっても大切な場所になってくれればいいな、と思うのは先輩として当然の心理だろう。
ヴィルを気にかけて欲しい、とパトリシアがわざわざ言ってきた理由は、二週間経ってもわからない。
でも、それはきっと、ヴィル自身が他人に知られたくなくて隠しているか、ギルド側が意図して隠しているからだってわからないほど、アタシだって鈍くないつもりだ。
そのすべてを知りたいとか、打ち明けて欲しいだとか、そんな自分勝手なことをいうつもりはないけど……いつか、この子が背負う荷物を少しくらい一緒に持てたらいいな。なんて、そんな風に思っている。
ノラさん視点がもう一話続き、『一方、その頃』の別視点で新人編もおしまいです。




