12 スワロウライダーの受難(1)
今日も今日とていつも通りの一日だった──そんな面白味のない一文で締めくくられると思っていた一日は、山の向こうに沈んでいく太陽の残光も終わりに差しかかった頃、急展開を迎えた。
なにせ、一年に一人の新人を獲得できれば御の字な片田舎の冒険者ギルド『月夜の滴々』に、今年に入って二人目の新人(暫定)が現れたのだ。
しかもその新人はうら若い年頃の女の子という、二重の衝撃……。
ただでさえ希少な女冒険者をゲットできるかも、という期待に胸が膨らんだのは、きっと私だけじゃなかったと思うのよね。
きっかけは、そう、女嫌いと名高いウチの新人・風が女の子を連れてきたこと。
風曰く、正確にはちょっと違うらしいのだけど、本人の希望で表向きは『女嫌い』ということになっていて──だからこそ、『風が女の子を連れてきた』のは、私たちギルド職員にとっても同じギルドの冒険者たちにとっても、非常に注目度が高い事柄だった。
……まあ、当の本人たちはというと、そわそわする私たちにまったく気付いていなかったんだけどね。
風は注目されていることを気にする余裕がなさそうだし、女の子の方は視線よりもギルドの中に興味深々といった様子。
そんな二人の姿を見るに、女の子が冒険者登録の希望者で、風はギルドの前で立ち往生する彼女を見かねて声をかけた──というのが顛末だと察せられる。
『女嫌い』で通しているのに詰めが甘いんだから、と思う反面、そこが風の良いところで、可愛い部分なんだと思う気持ちもある。
だからつい、ふふ、と笑みがこぼれてしまった。
ああ、あの二人がやかましい酔っ払いどもに絡まれずに、受付まで辿り着けると良いのだけど。
すぐ近くでギャンギャン騒ぎ立てる他所の冒険者たちを視界の端に捉え、ハラハラしながら新人たちの訪れを待った。
こういう時にこちらから出迎えに行ったり、声をかけたりして周りを牽制できないのは、心の底から歯がゆいのよね……。
特にあの酔っぱらいたちは風やノラに悪絡みしたり、ウチの備品を壊したりという前科があるため、ギルド職員・冒険者ともに目を光らせている相手。
あと一回、あいつらが騒動を起こせば晴れてブラックリスト入りを果たし、ウチのギルドを出禁にする措置が取れるのだけれど──その『一回』の相手に、あの二人が選ばれないことを祈るしかない。
だってほら、ああいう手合いの輩をあしらうのが得意な人に対処してもらう、というのが私たち職員にとっても、風のように適当にあしらうのが苦手な人にとっても理想だもの。
何より、風が連れてきてくれた私たちの新しい仲間に、早々に嫌な思いをして欲しくはなかった。
せっかくの門出の日に泥を塗られるなんて、そんな悲しいことはないし、ギルド職員として許せないじゃない。
けれど、そんな私の願いも虚しく、連中は二人に絡みだした。
女の子の腕を掴んで無理やり引き止め、自分勝手な言い分を並べ立てる酔っぱらいたちはどう考えても害悪だわ。
大体、他所のギルドで揉めごとや問題を起こさないのは最低限のマナーじゃない。
それすら守れないあの男たちについて、所属するギルドへ正式な抗議を入れてもらうように上司に進言しておきましょう。
……いえ、そんなことより、今は風たちを助けなくちゃ。
男たちは風に注意されてもまともに取り合わないし、『ギルド側としてはこれ以上の看過ができない』という体で割って入るべきね。
今いる面子から迅速に適役を選んで、行動に移してもらわないと──そう、考えていたら。
「おっと失礼、もしかして聞こえなかった? こんなに近くにいるのに? それなら改めて、今度こそちゃんと聞こえるように、酔っぱらいのボケた頭でもわかりやすく言ってあげようか。……お前らの汚い手で触んなって言ったんだよ、飲んだくれのクソ野郎」
「……あらまあ」
にっこり素敵な笑顔で男たちに悪態をついて煽る女の子に、ギルド中の空気が凍り付いた。
さっきまで楽しそうにギルドを見渡していたのに、世間知らずそうなふわふわした雰囲気が一転して消えている。
今の彼女にあるのは、研いだばかりの鋭いナイフのように触れただけで切れてしまいそうな剣呑さだ。
酔っぱらいたちの要求にたじたじになるでも、怯えるでも、流されるでもなく放たれた粗暴な拒絶からは、彼女が普通の女の子の枠から外れていることを感じ取らせた。
……ふふふ。それにしても、綺麗な顔して言うことは言うのね?
彼女の顔を見るに、アレで終わりではないのだろう。
ああ、次はどんな言葉を投げつけるのかしら?
どうせなら、あの酔っぱらいたちをこてんぱんにして欲しいわ!
……なんて考えてしまうのは、ギルド職員としては失格かもしれないわね。
でも、それも仕方がないじゃない?
私たちだって、アイツらの乱痴気騒ぎにはうんざりしてるんだもの。
今回からはパトリシアさん視点のお話。
前編・中編・後編の三部構成です~。




